第20話「サイカイ」 ―花咲千夏編―

昔の事をどれくらい覚えている?と聞かれて、全部覚えているというのはあまり無いだろう。

あったとしても、記憶の中ではピースとなってバラバラになっている。

そのバラバラになったピースを組み合わせ、正しく覚えているかの確認をする必要性がある。

例えば、中学生の頃に何をしていた?という質問をされた場合、詳しくは覚えていない曖昧な形となって頭の中に浮かんでくる。

印象的な記憶以外は、奥へとしまわれる為、さらに曖昧になる。

大体の記憶は、脚色された記憶だったりするのがほとんどだろう。

正直な所、俺も完璧に覚えているという訳ではない。

『なんとなく』という意味が許されるのなら、覚えていると言ってもいいぐらいだ。

でもそれだと、もし記憶の相手がはっきり覚えていて、俺の方が曖昧で覚えていたりしたら失礼というものだ。

だから俺は曖昧な記憶を聞かれた場合は、こう答える事にしているのだ。

「あ?昔の記憶?んなもん、覚えている訳ないだろ?」

「まじかよ。俺との大事な思い出もかぁ?おい兄弟ぃ~」

「作業中に抱き着いて来るなよ!準備中に何の用だよ!」

ダンボールを抱えている所、二階堂が足に抱き着いてくる。

「いやな?午前中の準備が終わったら、校舎を一緒に回らないか?と聞きに来たんだよ」

「いやそんな期待した目で見てくるなよ。キモいぞお前」

男子に誘われたって嬉しくねぇよ……。

「ちょっと!準備の邪魔だから、関係者以外は部室から出て下さい!」

そんな事を思っていたら、プンスカと写真部員の花咲千夏が怒り出す。

左右のぶら下がりが、彼女の怒りと連動しているかのように上下している。

あ、ちなみに『ぶら下がり』というのはツインテールの事だ。

命名理由は特にない。

「先輩も何か言って下さい!」

「いつから俺は、お前の先輩になったんだよ。……邪魔だとよ、二階堂」

「……可愛い女の子に囲まれやがって!校門前で待ってるからなぁ!早めに来いよ」

「分かったから。早く行けよ。――はぁ……これで良いか?」

「はい♪」

溜息混じりで言ったものの、意外に良い返事が返って来る。

先日からこいつの様子がおかしい気がするが、部活動ではこんななのか。

『……ねぇねぇ部長、あれはどう思う?』

『いやぁ、なかなか面白いじゃないか。花咲が男を克服したのか?』

『いえ。外ではいつも通りなんですけどね?彼に対しては、何か違う気がするんですよねぇ』

写真部の部員二人が、何やらこそこそと話している。

俺は何か、ひそひそと言われる事をしたのだろうか?

「先輩、何をボーっとしてるんですか!午前中にこれを終わらせないといけないんですよ!?男子は先輩だけなのですから、しっかりして下さい!」

どうして俺だけやってるんだよ。確かに俺だけだが……。

俺の学校の天文学部は、まともに活動しているのは俺ぐらいで、他の部員は名前だけ書いて出ていない幽霊部員たちだ。

まぁ週に2回しか活動する事がないから、参加してもしなくても同じか。

「先輩!」

「はいはい。分かりましたよ、お嬢様」

天文学部と写真部との合同活動は、午後の夕方からというのが理由。

それがあって、午前中は両学校の書類整理などを任されている。

手が空いている部活は、強制参加という何とも辛いレールの上にいるものだ。

「んじゃこの書類、俺の学校に届けて来ますけど。もうこれで全部ですか?」

再びダンボールを抱えて、俺は写真部の部員全員に顔を見合わせた。

『あぁ大丈夫だよ。ついでに休んでくれて構わないぞ?さっきの友人と回るのだろう?』

「いや、俺はあいつと回る気はないですよ。あいつは多分、頑張ってこの学校の生徒と仲良くしようとしてると思いますよ」


「――あの、一緒に回りませんか?」

『……結構です』

「がーん!!!」


みたいな感じでなってると思うしな。

「――それに女子が頑張ってるのに、俺だけ休む訳にはいかないですよ。じゃあこれ持っていきますね」

そう言って、俺は写真部から出て行くのであった――。


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彼が出て行って、数秒後に私は小さく息を吐く。

「いやぁ、なかなかやる男じゃないか。なぁ花咲」

「何ですか部長、そんなニタリ顔で……椎名先輩まで、何ですか?」

部活の両先輩が、何かニヤニヤしながら私を見てくる。

この二人が揃ってこうなるという事は、ロクな事を考えていない時だ。

「んで?実際どうなんだ?彼とは」

「そうそう!花咲さんが男子と仲良くしてるの、初めて見たからねぇ!これは詮索しないと損!」

「お二人とも、カメラを持ち出さないで下さい!写真部は景色とか撮る部活ですよ!決して情報誌のようなスクープを撮る部活では無いんですから!」

「「分かってる分かってる」」

ほぼ同時に同じ事を言う先輩たち。

これは分かっていない顔だ。そうに決まっているのだ。

実に厄介な事になってしまった。どうしよう、瑠璃ちゃん……。

「先輩たちも、あの人が帰ってくる前にこちらの仕事も終わらせましょうよ!」

「つまらん奴だなぁ。可愛い後輩が、何を悩んでいるのかを聞こうと思ったのだが……あぁ~あ、つまらんなぁ」

この先輩、先輩としてどうなのだろう。というよりかは、部長としてどうなのだ。

「悩みなんて別に無いですよ。あったとしても、先輩たちには絶対言いません」

「あるんだなぁ~?おい、聞かせろよ~!」

「知りません」

私は午後に必要な機材を運ぶ為、部室から廊下に出た。

正直に言えば、悩みではないけど考えている事はある。

でもこれは私の問題で、他の人に聞いても分からない問題だ。

昨日から続いているフル思考は、頭の中をぐるぐると回り続けている。

寝る前から醒める事はなく、どうしようかと思っても良い案が思い浮かばない。

「あ、千夏ちゃーん!」

「あ、瑠璃ちゃん。部活は?」

トコトコとやって来た瑠璃ちゃん。その身体には、ほのかに汗を匂いが漂ってくる。

駆け寄ってくる彼女の後ろには、私の知らないようで見た事ある容姿の人がいる。

誰だろうか?

「うん、終わった所!お昼休憩になるから、千夏ちゃんを誘いに来たんだよ♪」

「お昼かぁ~、じゃあこれ運んだら一緒に食べよ!……それでぇ……??」

「あ、そうだった!紹介するね、この子が前に言った」

手を出して紹介しようとした瞬間、その子はニコリと笑って口を開いた。

「――清水遥です。会うのは初めてじゃないはずだけど、分かるかな?」

「……あ!」

覚えている。咄嗟の事で判断が遅れたが、記憶の中にある人物と面影が一致した。

「えっと、ハルちゃん?」

「うん!そうそう、久しぶりだねちーちゃん♪」

この出会いによって、私の中にあった記憶が復活する。

あの時に出会った男の子。

あの時助けてくれた男の人。

違ったらどうしようかと思ったけど、これで約束は気のせいじゃなかったと思い出せた。

曖昧な記憶の中で、ピースが重なっていく。

後はこれを確かめるだけ……。

でも怖い。もし覚えてくれていなかったら……。

そう思っただけで、身体が震えてしまう。

「ちーちゃん、兄貴には会ってるんだよね?兄貴は多分、忘れてるだろうから、ちーちゃん自身で思い出させなきゃダメだよ!」

肩を掴んで、彼女はそう言ってくる。

「で、でも……」

「私も応援するよ!頑張って、千夏ちゃん!」

「アタシの知ってるちーちゃんなら、出来ると思うよ。だって兄貴、少しだけ思い出してるみたいだし」

その言葉によって、今は救われてしまった。

昔から変わらないらしい。

時間が経てば、人間は性格などが変わっていく。

だけど彼女は、あの舞踏会の時とあまり変わらない笑顔だった。

その笑顔を見た瞬間、私の中で何かが弾けた音が聞こえて来る。

今夜が勝負。彼女は笑顔はそう言っているような気がして……。

「――うん、分かった!」

私はそうやって、彼女との再会を喜ぶのであった――。

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