第17話「コウハイ」 ―花咲千夏編―
俺はその日、夢を見た。
他校との合同行事を控えた前日。
顧問に使い回された挙句に、家での雑用を押し付けられた日。
その日の疲労した夜に見た夢は、妙に見覚えがあって懐かしい夢だった。
中学生の頃の出来事だ。
親父の仕事の都合で、家族全員で参加した舞踏会。
中学生で着る事がないスーツを着て、社交辞令のような雰囲気で堅苦しい雰囲気。
その雰囲気が嫌いで、俺は会場の隅っこで飲み物を飲んでいたんだ。
緊張しすぎて、食べ物は喉を通らないし遊ぶ相手もいない。
ましてや警戒ばかりしてる俺に話し掛ける相手など、あの空間にはいなかった。
その時だ。名前も知らない女の子が、不満そうな顔でケーキを食べていた。
視線を張り巡らせて、俺と同じ退屈そうな顔をしていたのだ。
「……あの」
「……はむはむ……ふぁひ?(なに?)」
「(食べるの止めないんだなぁ、この子)え、えっと……君、何年生?」
「……はむ……ゴク……初対面で年下の女の子をナンパですか?スゴいですね」
「あまり褒めてないよね……」
「あまり乗り気には見えないですね。あなたも親の都合か何かですか?」
初対面の少女は、話し方がしっかりしていて、俺と同じ中学生とは思えなかった。
だけど小さいし、俺より年下なのは自分で言っていたから本当なのだろう。
「そう。親の都合で、行きたくもなかったパーティに呼ばれてこの有様だよ。君は違うの?」
「私は……どうなんでしょうね。退屈ではありますけど、嫌とは思ってないと思います。面白い物が見れますし、ご飯も美味しいですし」
「ケーキも頬張れるから?」
俺は口にクリームが付いているよと指摘しながら、そんな事を言った。
それから何かを話した気がするけど、俺はやがて現実世界に戻されてしまった。
「――起きろ~、駄兄ぃ~」
「んん……お前、重たいから乗るなよ」
「まだ嫁入り前の女の子に乗られて嬉しい癖に」
「お前のそれオヤジっぽいぞ。っていうか嬉しくねぇし」
「へぇ~、朝は元気な癖にぃ」
布団の上から、太もも辺りを触ってくる妹。
こいつは朝から何をしているんだ。
兄妹とはいえ、流石にこの体勢は誰にも見せられないな。
「それ以上触るなら、もう何処にも遊びに行かないぞ?」
「うわ~、卑怯な手を使ってくるなぁお兄ちゃんは。アタシが居ないと朝も起きれない癖に」
「さっきから『癖に』しか言ってねぇぞお前」
「男子は罵られるのが好きなんでしょ?だからお兄ちゃんで実験♪」
それで喜ぶのは、一部の人間だけじゃねぇか?
こいつは俺の事、どんな兄だと思ってやがるんだよ。
「いいからどけよ。流石に腹の上に乗られてるともう限界だ」
「あ、ごめん。じゃあお兄ちゃん、後でね♪」
そう言って、やたら上機嫌に部屋を出て行った。
俺は溜息を吐きながら、制服に着替えるのであった。
今日は合同行事当日。
午前中から準備があって、夜から俺は忙しい日である。
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「…………」
「今日もバス混んでるね、千夏ちゃん。千夏ちゃん?」
「……あ、ん、何?」
「朝から大丈夫?夜更かしでもしたの?」
真横であくびをする私に、瑠璃ちゃんは覗き込むように言ってくる。
確かに寝不足だったのだけど、自然と目が醒めてしまったのだ。
しかも夜中に……。
それは一つの夢を見たのが原因である。
「そういえば、千夏ちゃん」
「なに?瑠璃ちゃん」
「この前助けてくれた人の事、分かったんだけど聞く?」
「――聞く!!」
私はその言葉を聞いた瞬間、考えていた事が全て飛んでいった。
ついでに眠気も吹き飛んだようだ。とても視界がクリアだ。
「(そ、即答するんだ……)」
「……わくわく……わくわく……」
「た、楽しみにしてくれるのは嬉しいけど……それほど大した情報じゃないよ?」
「それでも良いよ!お礼が出来るなら、なんでも聞くよ?私!」
「(あ、圧が強い……)え、えっとね?私の友達に遥ちゃんって子がいるんだけど、千夏ちゃん覚えてるかな?ほら、他の学校のテニス部の人で……」
「は、遥ちゃん?……?」
急に言われた人物名を、頭の中で検索を繰り返す。
顔は覚えていないが、名前が覚えている。またはその逆の感覚だ。
非常に気持ち悪い感覚で、頭の中を数回巡っていく。
「あ~、んん?合ってるか分からないけど、多分思い出したかもしれない。その子がどうかしたの?」
「思い出してないよ?それ……。うーんとね、その子のお兄さんが、千夏ちゃんの探してる人だよ?」
「ん?」
いま、なんと言ったのだろうか?
「えっとね、だから、その遥ちゃんのお兄さんが、私たちを助けてくれた人だよ?」
「ほんとにっ!?じゃあすぐにお礼言いに行こう!すぐ行こう!」
「(うわ~、千夏ちゃんのエキサイトモードだぁ。久々に見たなぁこれ)」
何を困惑しているのかは分からないけど、私にはお礼をするという義務がある。
助けてもらったのに、お礼を言わないなんて
そんな事になれば、両親に顔向け出来ない。
そう思った途端、私はバス停から歩く速さが上がった気がする。
合同行事で会えるなら、と思えば足取りは自然と軽くなったからだ。
瑠璃ちゃんの友達のお兄さんって事は、私は後輩になる訳ですね。
ちゃんと礼儀正しく行かなければ、相手に失礼ですからね。
ここはしっかりと……。
「千夏ちゃん、前前!」
「ほよ?――ふぎゃっ!?」
「――あ、やべ。すまん、余所見しちまった。怪我無いか?」
ダンボールを抱えていた人から、手を伸ばされる。
私は尻餅をついてしまい、自然と見上げる形になった。
その手を始めに見て、なんだか見覚えのある手だと思って顔を上げるのだった――。
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