第15話「キッカケ」 ―花咲千夏編―

星陵学院の廊下を歩きながら、私は一つの噂を入手してしまった。

それは――。

「え~、他の学校の人との部活動?」

「声が大きいよ、瑠璃ちゃん」

昼休みになってから、友人の彼女を早々に引っ張って中庭で密談する。

「本当にその行事をやるの?この学校が?」

「そうなの。間違いじゃないと思う。さっき先生たちが話してるのを聞いちゃって」

「ふ~ん。それで千夏ちゃんは、反対するの?男の人苦手だし」

「するよ。苦手じゃないの、嫌いなの!」

彼女の質問に、私は迷わず答える。

けど脳裏では、この前の面影を思い出す。

男の人は嫌いだけど、あの人にはお礼をしなくちゃいけないと思う。

でも名前も顔も知らないし、私から声を掛けるにも聞き込みが難しい。

女の子から「男の人を探してる」なんて言ったら節操のない女だと思われる。

そう思われるに決まってる。

「千夏ちゃん?どうしたの?考え込んで」

「あ、ううん!なんでもないよ」

咄嗟に声を掛けられ、現実へと返って来る。

妄想とは淑女しゅくじょとして、あるまじき行為。はしたない。

「合同って、どことやるのか知ってるの?」

「う~ん、そういえば知らない」

「え~?」

「だってそこまで気が回らないもん。男の人がいる学校とだったら、どうしよう瑠璃ちゃん!」

「お、落ち着いてくれないかな?私の友達にも確認してみるから」

「友達?」

「うん。テニス部の試合の時、一緒に練習試合をした事があって、とても仲良くしてくれた子がいるの!今度紹介するね?」

「う、うん!ありがと!瑠璃ちゃん!」

私は良い友達を持ったと心底思う。

思わず抱き締めてしまうほどの幸福感。

♪カーンカーン……カーンカーン……。

昼休みが終わり、私たちは教室へと戻っていく。

この後、私はあの人と再び会うとは思ってもいなかったのだった――。


======================================


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あぁ、まぁな」

遥が俺の傷の具合を聞いて来た。どうやら、心配させてしまっているようだ。

夕飯も終わって、後は寝る時間までくつろいでいるつもりだったが問題ないか。

「珍しいよね、お兄ちゃん。喧嘩とか」

「常識が無かったから、ちょっとムカついただけだ。相手も相当喧嘩慣れしてて、正直疲れまくったけどな」

「あんまり危ない事はしないでよ?今回は女の子を守ったっていう事みたいだけど、また穏便に行くとは限らないんだからね?」

「はいはい」

喧嘩をしている時点で、穏便も何も無いと思うのは俺だけか?

そう思いながら、手元と頬の具合を確かめる。

触ると痛いから、しばらくはこのままだな。

骨折とかしなくて良かったな。

金属バットは流石にベタ過ぎて、びびったけど……。

「大事な用事も終わったんだよね?じゃあ今日はもう、出かけない?」

「あぁ。書類も星陵学院に届けたし。あとはもう個人的に星を見たいから、夜中までいるぞ」

「なんだ。結局、出かけるんじゃん!少しは妹と親睦を深めようとは思わない訳?」

「今更お前と何を深めるんだよ。兄妹の仲は比較的良いと思うけど、違うのか?」

「お兄ちゃんの馬鹿」

「ん?何だよ?」

「なんでもないよ!夜中に出かけるなら気をつけてね!おやすみ!」

クッションを投げられ、自分の部屋へと階段を駆け上がって行く。

元気な奴だな、相変わらず。

「準備してくるか……」

俺もリビングから出て、自分の部屋へと向かった。

そして準備をして、前以って作っておいたスペアキーを持っていく事にした。

「んじゃ、行くか」

俺はそう呟いて、寒空の下で望遠鏡を担いで自転車に乗ったのだった――。


======================================


「ったく、お兄ちゃんの馬鹿!鈍感っ!」

ベッドの上で、枕に向かってパンチを数回繰り出す。

枕を抱えたまま、自室のゲームを起動する事にした。

気晴らしにはちょうど良いからだ。

♪~~……♪~~……。

ゲームを起動した所で、携帯から着信音が響いてくる。

画面に表示された名前を見ると、これまた珍しい人からの連絡だった。

「あれ、瑠璃ちゃん?久しぶりだね!どうしたの?」

『うん、久しぶり!えっと、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?』

「うん、いいよ!兄貴も今いないし、全然平気♪」

『あれ、お兄さん出掛けてるんだ?』

「うん、そうだよ。だから瑠璃ちゃんの貸切状態だよ、アタシ♪」

『貸切って……あはは。それでね?千夏ちゃんの学校って、私の学校と合同する事知ってる?』

「うん、知ってるよ。さっき兄貴から聞いた。あ!聞いてよ、瑠璃ちゃん!兄貴ってば、その合同に使う書類を届ける途中に喧嘩して来たんだよ?信じられなくない?」

『喧嘩って、お兄さん大丈夫なの?』

「ほっぺに絆創膏と片手に湿布を使った程度だよ。でもそれがね?理由を聞いたら、不良に絡まれてた女の子2人を助けたんだってさー。今時、そういう事ってあるんだなぁって思っちゃったよアタシ」

『へ!?不良?喧嘩?へ、へぇ~、そうなんだ……』

耳元から裏返ったような声が聞こえて来る。

どうしたのだろうか。

「――あ、兄貴から何か来た。ごめんね、また今度続き話そうね!ばいばい!……うん、またね!」

渋々瑠璃ちゃんとの通話を切り、表示された兄の名前をタップする。

そして、仕方なく通話に出るのだった――。


一方その頃、通話の終えた瑠璃はというと。

「……あの時のって、千夏ちゃんのお兄さん?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る