第11話「フクザツ」 ―月島秋穂編―

朝早くに起きてしまった俺は、習慣にした事のない散歩をしてみた。

今日の昼休みが案外楽しみで、早く目覚めたなんて言えない。

『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ』

公園に付くと、一生懸命ランニングしている女の子の姿があった。

「へぇ、速いな」

『ん……覗きですか?』

目が合って、第一声にジト目でそんな事を言われた。

『――嫁入り前の女の子の容姿をジロジロと見るなんて、男の人はやはり変態さんなんですね』

敬語があるのだが、言葉の端々から冷たい棘が刺さってくる。

ジロジロは見てないとも否定出来ない場面だから、どうしたものか。

「……あー、えっと、ごめんな。こんな早い時間に人がいるとは思わなくてな。毎日、走ってるのか?」

『……じー』

警戒されてるのか。なんか昔の妹を見てるみたいだな……。

「えっとだな、俺は清水彼方って言うんだ。早起きし過ぎてな、散歩をしていた」

『しみず、かなた?――え?アナタが?』

反応があったが、妙な反応をし始める。

「まぁいいや。他意は無いんだ。邪魔して悪かった。寒いから身体冷やさないようにな」

俺はそこから離れるようにして、家に戻る事にした。

『あれが噂の清水彼方さん、ですか』

少女はまた走って、公園から姿を消したのだった――。


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「黒髪ツインテの女の子?」

「あぁ、朝に会った。ランニングしてたから運動部かと思って」

昼休みになって、屋上へと向かいながらそんな事を言ってきた。

運動部にツインテの子はいくらでもいるけど、朝5時にランニングしているならこの辺の子なのかな。

っていうか――。

「その子が気になるの……?」

私は疑うような声色で、彼に問い詰める。

だが彼は何食わぬ顔で淡々と答えた。

「いや、なんとなくは気になったけどな。そもそもスポーツウェア姿だったし、この学校の生徒じゃないんじゃないかな。まぁそのぐらいかな」

「そっか!」

「ん?何か嬉しそうだな、何かあったのか?」

「ううん、なんでも」

こんな小さい事でも、嬉しくなれるのかと思った。

彼が本当に何を考えているのかは分からないけど、他の女の子が現れたりでもして、それが可愛かったりしたら気が気じゃない。

「それより弁当だな。待ってたぜ」

「楽しみにしてくれるのは嬉しいけど、正直自信なんてないからね?」

謙遜けんそんなんてしなさんな。中学の頃に食った事あるけど、美味かったからな。あれから時間経ってるし、上達もしてるだろうから楽しみだよ」

――うわー、良く覚えてますなぁこの人。

しかも弁当を渡された瞬間、私も中学の頃の記憶が蘇った所も同じなのだ。

それだけでも気恥ずかしい感じだ。

「んじゃ、いただきます」

「うん、召し上がれ」

箸を持ったまま、両手を合わせる彼に私は言った。

最初につまんだのは唐揚げで、一口食べた後に勢いが増したようだ。

私は横に座って、自分の膝で頬杖をして眺める。

こうして眺めている時間が、今は一番幸せだなと思う。

笑顔が好きで、声が好きで、顔に出る素直さが好きで。

この人と一緒にいるこの時間が……。

「――好きだなぁ」

「……っ……」

何故か彼の箸の動きが止まっている。

こっちを見て、目を見開いているようだけど何かあったんだろうか。

「お……お前、いきなり何言ってんだ」

「へ?」

「へ?じゃない!お前今、好きだって……」

彼は頬を赤くしながら、視線を逸らしてそう言った。

彼の言葉が脳裏に焼き付けられて、私は自分が何をしたのかを理解出来た。

私は今、思った事をそのまま口に出してしまったという事を。

「はっ!え、えっと、ご、ごめん!私、用事を思い出しちゃって……」

「あ、あぁ」

ドギマギしながら、私は逃げるように屋上を飛び出してしまった。

階段を駆け下りて、私の胸は破裂しそうに鼓動が響いている。

「……っ……(私は、言ってしまった)」

廊下を走って、生徒の間を駆け抜けていく。

一目散に女子トイレに入って、私は個室の鍵を閉めて一度遮断する。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

どうしよう。言ってしまったのだ、私は。

私は何も考えられず、その場に座り込むように崩れ落ちた。

「辛いよ…………やめたいよ、『ごっこ』じゃ、やだよ……」


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屋上で一人、吹き込む風に当たって空を見上げる。

両手に乗る空になった弁当箱は、まるで俺の心のように空っぽだ。

何も出来ないまま、あいつを走らせちまった。

♪キンコーンカーンコーン……。

鐘の音が鳴り響き、昼休みという時間が終わる。

彼女の日常が終わった鐘な気がして、俺は空を見上げたままその場に寝転がった。

「あ、お兄ちゃん、お母さん帰って来てるけどご飯食べ……何かあったの??」

「いや、何もないよ。飯は今日はいいや。少し、考えたいから」

「お兄ちゃん?」

俺は妹と少ない会話を交わし、部屋のベッドに倒れ込む。

制服のまま、皺になったら怒られるだろうが今はどうでもいい。

「逃げられるとは、思わなかったなぁ」

屋上での出来事を思い出し、俺は自分の目を腕でおおう。

携帯が鳴り響き、画面を見る。

「もしもし、何だ?」

『あぁ、やっと出たな兄弟!』

「なんだよ、今はそんな気分じゃないぞ」

しばらくの沈黙がやってくる。

二階堂と会話が途切れるのは、中学の時以来だな。

『……なぁお前、月島に何かしたか?』

そう思っていた所、俺はその言葉で起き上がった。

「何も、してないと思う」

『本当か?本当に何もしてないなら、何でお前らは午後の授業を揃って欠席なんだ?』

「それは……」

『答えなくても良いが、俺はお前らが仲が悪いままなのは御免だぞ』

そう言って、俺の耳元でブツっと切れる音が聞こえて来る。

ツーツーと鳴り続ける音は、俺の心を揺らし続けるのだった――。


翌日、月島秋穂は学校を欠席した。

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