第10話「ワズライ」 ―月島秋穂編―

「なぁ兄弟、俺と一緒に――海、行かないか」

「やだ」

教室に入るなり、いきなりそんな事を二階堂に言われる。

まぁ答えは速攻で出たけども。

「なんで!?」

「何でって、今冬だぞ?海なんて行っても、砂浜には誰もいないぞ」

あるのはきっと、風や波で流れたゴミぐらいだろうか。

「じゃあ夏なら一緒に行ってくれるのか?」

「何で今日、そんなに絡んでくるんだよ。後、何で一緒前提なんだよ」

「そんなの相手が居ないからに決まってるだろ」

キランって歯を見せて、グッとサインを出してくる友人の姿が痛い。

ドヤ顔して言う事なのか、悲しくなってくるだろ。主にお前が。

「っていうか大体、そんなに相手が欲しいならさ。クラスの女子とか探して、声掛ければ良いじゃねぇか」

「それで相手が見つかるなら、苦労はしてねぇよ……」

なるほど、もうほとんどの奴に声を掛けたんだな。

「まぁ頑張れ」

俺は二階堂の肩を叩いて、溜息を吐きながら席へ座った。

「――何かあったの?」

席へ座ると同時に、月島が声を掛けてきた。

「まぁな。海に行きたいとか言ってたぞ」

「この季節に?あいつ馬鹿なの」

「馬鹿でしょ、実際」

お互いに鞄や机の中から、授業道具を取り出しながら言葉を交わす。

あれから数日が経っているのだが、俺は彼女と『恋人の振り』をしている。

だがその裏で、俺はまだこれで良いのかと迷っているのだった――。


――午前授業が終わり、午後の昼休みの時間がやってくる。

俺はいつものように屋上へ来ていた。やはり一人は落ち着く。

「あ、ここに居た。隣良いかな?」

数分後に月島がやって来て、俺の答えを待たずに隣に座る。

「今日は購買?」

「まぁな。遥の奴、あれから弁当を作ってくれないんだよ」

「そうなんだ。ふ~ん……」

彼女はそう言いながら、何かを考えているような雰囲気で上を見上げる。

何を考えているのかは知らないが、きっと家の事だろうと俺は思った。

でも、違ったようだ。

「――ねぇ、彼方っち」

「んあ?」

俺はサンドイッチを食べながら、口を開かずに返事をした。

「明日、お弁当作って来ようか?」

「ぐっ……げほげほ……」

急な言葉を聞いて、思わず動揺してしまった。

「だ、大丈夫?」

「あ、あぁ……まじでいってる?」

うわ、全部平仮名だ。超動揺してるわ、俺。

しかもどこの方言だ。イントネーションが不思議だったぞ。

「うん、言ってるよ。お弁当、作ってみてもいい?」

彼女は、覗き込むようにして俺の顔を見てきた。

迫るようにした所為で、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。

「わ、わかった、すきにしてくれ」

「うん、ありがとう♪」

「……っ」

ぱぁっと輝いてような笑顔を向けられ、俺は思わず顔を逸らす。

これ以上はまずいと思った結果だが、傷つけてはいないだろうか。

そう思って、ゆっくりと彼女の方へ視線を先に戻す。

俺は言葉を失ってしまった。

傷つけている訳ではなかったが、彼女は顔を赤らめて俯いていた。

気恥ずかしそうにしている彼女の姿を見た。

その瞬間にストンと何かが俺の中で、彼女へ向けた感情が変わった気がしたのだった――。



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「よし!」

私はキッチンに立った瞬間、両手に拳を作って言った。

エプロンを付けて、目の前に並んだ食材を眺める。

「お姉ちゃん、気合入れて何するの」

「はにゃっ!?」

手元で包丁がくるくると回転して、まな板に突き刺さった。

「気をつけないとダメだよ?お姉ちゃん♪」

秋名あきな、急に声を掛けないでよ」

後ろから聞こえた声の主は、どうやら中学生で妹の秋名だった。

正直、今の光景はあまり見られたくない状態だ。

「ねぇねぇお姉ちゃん、誰かにお弁当でも作るの?もしかして男?男なの?ねぇねぇねぇ!」

面倒になった。

無邪気で可愛い所は持っているのだが、その無邪気さゆえに好奇心が強すぎて『可愛い』を通り越して『ウザい』と思えてしまうのだ。

この子にゲームをやらせた瞬間、彼が心を折られた事があるほどだ。

この場合、肯定しても否定しても意味はない。

どうやり過ごそうか……。

「そ、そうだ秋名。新しいゲームを買ってあるんだ!やってみる?」

「うん、やってみたい!」

グッジョブ私!これでゲームに夢中させれば、何とか今日は乗り切れる。

♪ピコン……。

そう思っていると、携帯の画面に通知が表示される。

キッチンで携帯を弄るのは衛生的に悪いが、通知が来るのだから仕方がない。

何とも都合の良い言い訳だ。さて相手は誰だろうか……。

「えっと……」

通知を開いたら、名前の欄に『清水彼方』と表示されていた。

何の用だろうかと心を躍らせて、私はその表示に指で触れた。

『明日の弁当、楽しみにしてるよ』

『いきなりだね』

『いや、なんとなく気になって』

『なんとなくって何それ?』

『楽しみなのは本当だ』

人が書く文字は人の性格が分かる、というけれど本当だろうか。

こう見てる限り、彼は教室だったり生身と変わらない気がするのだけど。

『という事で、また明日。おやすみ』

『うん、おやすみ』

携帯での会話が終了し、私は何気に緊張していた事に自覚した。

いつもやっていたやり取りと変わらないのに、意識し始めたらこうなるのか。

「(ちょっと困った……)」

「嬉しそうだね、お姉ちゃん」

「あひゃっ!?あ、秋名!?いつのまに」

ゲームはどうしたのだろうと思い、テレビ画面を見たのだが……。

タイトル画面で、止まっていた。

「秋名、ゲームしてたんじゃ?」

「うん、してたよ。そしてもう終わったよ?」

「はい?」

私は秋名の言葉に首を傾げて、画面をもう一度見た。

タイトル画面の右上には、星のマークが表示されていた。

その星マークはクリアではないが、何らかのモードで一位を取ったら表示される。

私は明日のお弁当作成に入る前に、妹のゲーム進行が恐ろしく速い事に驚いたのだった。

兎にも角にも、明日はお弁当を渡す日。

翌日私は、このお弁当を渡すのに苦労するとは思いもしなかったのである――。

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