第9話「セッキン」 ―月島秋穂編―
月島秋穂という同じクラスの女子の事を知っているだろうか。
彼女は成績は中の上で、いつも髪型が変わるオシャレ好きの女子生徒だ。
スポーツ万能で見た目も可愛い方だし、それなりの人気がある彼女。
その彼女から、俺は一つの相談事を持ち込まれる。
それは『恋人の振り』というかつてない相談事だったのだが……。
「それは何の冗談なのかな、お兄ちゃん?」
「おい……俺たち二人を前にしてそれを言うのかお前は」
「だって……何その距離は」
相談事と言っても、実はどっちも恋人がいた経験が全くと言っていい程無かった。
それが原因なのか、どうすればいいのか分からずに距離を詰められない。
いつもの調子で絡もうとしても、『彼氏彼女』という事を意識するとなるとぎこちなくなってしまうのだ。
それは俺も同じで、変に意識し過ぎて上手く話せない状態にあるのだ。
それでどうすれば良いかを妹に相談したのだが――。
「妹のアタシに何で聞くのよ。……先輩も本当にお兄ちゃんで良いんですか?
実の兄になんて事を言ってくるんだこいつは!
若干傷つくぞ、我が妹よ!
「いやだって、他に頼める人もいないし……消去法で」
しょ、消去法?
ソレハドウイウコトカナー、月島サン?
「なんかお前ら、俺に対して扱い酷くねぇか?」
「「気のせいだよお兄ちゃん」」
「何でそこまで息がぴったりなんだよ!それに月島っ、お前は『お兄ちゃん』と呼ぶな!」
まるで話を聞く事は無さそうに見えるし、進展もしそうもなかった。
そもそも、この問題を実の妹に言う事がおかしいかもしれないな。
「そもそも何でお兄ちゃんが、その恋人役?をする事になったの?」
「あ~、えっと、それは……」
妹の質問を聞いて、目を合わせないようにして彼女は答えに迷っている。
説明すると言っても、大した理由という訳ではない。
ラブコメやゲームである、いわゆる『そろそろ彼氏を紹介して来なさい』と言われた事が理由だ。
中学の頃から人気はあったが、俺も彼女の浮いた話など聞いた事がない。
そもそも彼女自身、恋愛に興味はあるのだろうかという疑問がある。
気にならないと言えば嘘になるが、今は俺自身が浮いた話の種になってしまうのだろうか。
なにせ、今は恋人ごっこの最中でもあるのだから……。
「そもそもさぁ、お兄ちゃんに先輩みたいな彼女も居た事無いんだよ?それなのにお兄ちゃんに頼むのって、自殺行為な気がしますけど……」
「おい、遥。お前俺に対して、なんか今日は厳し過ぎやしないか?」
「そりゃ厳しくもなるよ!お兄ちゃんはさ、恋愛についてどう思ってるのさ!」
身を乗り出して、遥はそんな事を聞いてきた。
どう思ってると言われてもなぁ……。
「えっと、学園生活においての青春を謳歌するための必要不可欠でもある材料の一つ?かな」
「青春を謳歌って………何かのキャラクターの真似のつもり?」
「そんな事ねぇよ!?誰が『アプ〇ポワぜ!』とか『キ〇星!』なんて言うかよ!」
「……じー……」
ジト目でこっちを見てくる。視線が少し痛いぞ、やめろ!そんな目で見るな!
「――っていうか先輩、その恋人ごっこっていつまで何ですか?」
急に話を振られて、戸惑ったが彼女は答えた。
「……卒業まで、だけど」
「そ、卒業まで!?じゃあ先輩は卒業まで、お兄ちゃんと日々を過ごすつもりなんですか!?」
「そ、そうだけど……」
「…………」
その事実を聞いて、遥は引きつったような笑みの表情を浮かべている。
そして急に立ち上がり、俺を腕を引っ張ってきた。
「ちょっとお兄ちゃん来て!あ、先輩はちょっと待っていて下さいね」
「お、おい遥?なんだよ、いきなり……」
俺は引っ張られるまま、リビングへと下りて行く。
リビングに入るなり、遥は俺をソファへと押し倒された。
「おい、何だこれは。実の兄を押し倒すのか?お前は」
「違うよ、これはアタシ個人の質問と提案だから」
質問と提案?
「――ねぇお兄ちゃん、本当に『恋人ごっこ』をするの?」
「何でそこを強調して聞くんだよ。する気がないなら、断ってるだろ?」
「そうだけど大事な事だから。もしする気があるなら、アタシからお願いがあるの」
「なんだよ、お願いって……」
遥は真剣な目をして、俺を見下ろしてくる。
それだけで、いつもの妹とは違うと悟った。
「……先輩を幸せにして?」
「は?」
「だから『ごっこ』じゃなくて、本当に恋人になって幸せにしてあげてって言ってるの!」
悟ったはいいものの、俺は妹の言っている事が少し理解出来なかった。
「――えっと、それは本当の恋人になれって言ってるのか?」
「うん、そう!」
「だったら、それはまだ無理だろうな」
俺はソファから立ち上がり、妹の目を見据えた。
「な、なんで?」
「互いにそう思わなきゃ、無理って事だよ。別に俺はあいつが嫌いな訳じゃないけど、お互いがお互いを好きにならなきゃ意味ないだろ?」
「……っ」
俺は何で彼女の事になると、妹が必死になるのかが分からない。
恋愛感情も曖昧で分からないものだが、これも分からない案件の一つだ。
「じゃあお兄ちゃん」
「ん?」
妹は俯いたまま、何かを決めたように口を開いた。
「アタシから提案なんだけど、明日から先輩を名前で呼んで」
「はぁ?」
「恋人の振りをするなら、それぐらい普通でしょ!名前呼ぶくらい簡単でしょ!?はい、そうと決まれば即実行!先輩からはアタシから言っておくから、お兄ちゃんは即練習!おやすみなさい、へたれお兄ちゃん!」
リビングから勢い良く出て行った妹は、階段に足音を響かせて上って行く。
っていうか、誰がへたれだ!
「名前呼ぶなんて、そんな簡単な事でいいのか?」
俺は一人でそんな事を呟いた。
翌日、俺は妹に言われた一言を納得してしまうのであった――。
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私が言った相談事は、遥ちゃんによって強制解散された。
遥ちゃん
何を言われて、彼は何をするのか。
少し楽しみになっている私なのであった。
正直私は、彼と『恋人ごっこ』という事をするとは思いもしていなかったのだ。
そしてそれは、現実となった。まぁ『振り』だけども……。
中学の頃から私は彼の事を知っているけど、彼の浮いた話は聞いた事がない。
ある意味で目立つ存在ではあった彼の事は、一番近くにいた私が良く知っている。
好きか嫌いかと言われれば好きだけど、彼氏にしたい?と聞かれれば迷う所だ。
だって彼は、近くにいても遠いのだ。
詰めれば詰めた距離の分だけ、後ろへと引いてしまうのだから――。
――翌日、私は一緒に登校しようと思って早起きをしてみた。
髪が静電気に負けそうだったが、苦闘を乗り越えて今は家の前だ。
家の前なのだが……。
「(いきなり来ちゃったけど、大丈夫かな……やりすぎかな)」
朝に家の前に来て、『来ちゃった♪』みたいな展開という少女マンガの真似のつもりだったが、これはこれで迷惑行為では無いだろうか。
でも来てしまったものはしょうがない。
今更戻るなんて事は、女子として少女マンガを愛する者として引けない。
「(いやぁ、少女マンガを愛すって変だなぁ私……)」
『お~い遥、戸締りしたかぁ?』
『窓もガスも止まってるよ~、大丈夫~』
「――!?」
家の中から聞こえる突然の声に、私の鼓動が跳ね上がる。
ゆっくりとドアが開き、靴を慌てて履いたような姿が目に入る。
「早くしろよ、遅刻とか勘弁だからなぁ……?」
ドアがゆっくりと勝手に閉まり、私は彼と目が合ってしまった。
「「……あ」」
ほぼ同時に呟いた言葉が、偶然にも重なる。
「お、お前、何でここに居んの?」
「え、えっと、ちょっと早起きしちゃって」
「「…………」」
再びぎこちない沈黙がやってくる。
少し距離が開いていても、聞こえてしまいそうな鼓動が響く。
「あれ~月島先輩?おはようございまーす!どうしたんですか、今日は朝の部活は無いはずですよね?――って、何で固まってんのお兄ちゃん、早く行かないと遅れちゃうでしょ!アタシ一応、日直なんだから!」
『早く行こうよ』と言いながら、彼女は彼の腕を引っ張る。
あの気楽さが、少し羨ましく思えてしまう。
そう促されるまま、私は彼らの後ろを着いて行こうとした。
「――あ、あぁ……早く行こうぜ、あ、秋穂っち?」
「……???」
頬を掻きながら、彼は目を合わせようとしない。
私は昔彼に呼ばれていた名前が聞こえて、少し気持ちが楽になった。
「――え?何て言ったか聞こえないなぁ、彼方っち」
私は追い越しながら、先に行く彼女を追いかけるようにして横を通った。
先に行かなければ見られてしまうかもしれないからだ。
軽い不意打ちで、口元が緩んでいる所を。
「(なるほど、これが第一歩なのか)」
私はニヤけた表情を直そうとしながら、学校へと走るのであった――。
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