第12話「ホンモノ」 ―月島秋穂編―
彼女とすれ違いのような日が、この所続いている毎日だ。
学校で彼女の姿を見なくなったのは、あの日の屋上での出来事が原因だろう。
『――好きだなぁ』
彼女が言っていた言葉が、俺の頭の中をぐるぐると回転し続けているのだ。
授業なんてのも、当然頭の中に入る事はない。
「おい兄弟、ちょっと良いか?」
「あぁ」
二階堂が話しかけてきて、いつものおふざけモードではないようだ。
真剣な瞳を見て、黙って着いて来いと言われてる気がした。
「何の用だよ、二階堂。屋上に上がる必要あるのか?」
「お前、最近来てないだろ?」
「べつに……」
二階堂の言う通り、俺はあれから屋上で昼休みを過ごしていない。
過ごすのは教室で机に突っ伏しているか、それか
何処かで見ていたのか、何でもお見通しのようだ。
「俺が何でもお見通しな訳ないだろ?俺は俺の思った事をただ言っただけだ」
「そうでもないだろ?お前とも、中学からの付き合いだしな」
中学の頃から、俺たちは3人で一緒にいるという事が多かった。
だけど今はどうだ?
ただ一回すれ違った事で、俺が追わなかった事によって壊れている。
でもあの時追ったとして、俺に出来る事が何なのか分からない。
屋上へ出た瞬間、何か不思議な感覚に襲われた。
誰かが水を撒いたような跡があり、近くの裏山から流れてくる枯葉が纏められていた。
「これって……」
「月島が、お前がやらないから、代わりにやってたみたいだぜ?大事な場所だからってな」
これを彼女がやっていたのか。
あれから教室で見た事がないと思っていたら、俺の代わりに掃除をしていた。
『大事な場所だから』っていう理由だけで……。
「――ははは」
いかにも彼女が言いそうで、やりそうな事だと思い口から笑みが零れる。
俺は溜息にも似た息を吐いて、屋上から回れ右をする。
「何処に行くんだ?午後の授業は、もう始まるぞ?」
「それを聞くのは野暮だぞ?馬鹿兄弟」
「そうかよ、アホ兄弟」
俺と二階堂は、お互いに手を振って叩き合う。
手の平が痺れるほどのハイタッチ音が、屋上全体に響く。
俺は階段を下りて、一気に昇降口へと駆け抜けていく。
授業に出ないし、学校にも来ないというと家にいるだろうと思うからだ。
「――はぁ全く、世話の焼ける友人だよお前らは」
彼は取り残された屋上で、屋上から見える彼の姿を見て呟いた。
誰もいない場所で、フェンスに寄りかかってポケットから携帯を取り出す。
送受信しているメールボックスを開き、彼はこれまでのやり取りを眺める。
そこには、一刀両断されてる自分の言葉と彼女の言葉が残っている。
彼はそれを見て、大きな溜息と共に青く澄んだ空を見上げるのだった――。
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私は今まで、何をしていたのだろうか。
――恋人ごっこ?
何を馬鹿な事をしていたのだろうかと思うほど、私は自分の膝を抱える。
テレビゲームの画面には、『ゲームオーバー』と表示されている。
今まで近づき過ぎないようにして来た反動で、私は多分、自分が望んでいた事をあの日に口走ってしまったのだろう。
自分の口で言った言葉は、もうどうしようも無いくらい……否定なんか出来ない。
否定出来るはずがないのだ。
それは確かに本物で、私の胸の中でその感情が込み上げるのが分かるのだ。
ただ約束していたのは、卒業までの恋人のフリなのだ。
実際の彼氏彼女という関係には、程遠く偽物の感情かもしれないのだ。
本当に私が彼を好きなのかどうか。
それすらも少し分からなくなって来てしまって、曖昧で恐怖を感じるのだ。
♪ブー……ブー……。
「――っ!?」
ベッドの枕元で、携帯の振動が突然伝わってくる。
携帯の画面には、大きく彼の名前が表示されている。
「…………」
この電話に出たとして、あの時逃げた事を言われてしまったらどうしよう。
そんな不安が、私の胸の中に刻んでいく。
一度鳴り終った後、すぐにまたもう一度携帯が揺れる。
私は少し
「……もしもし?」
『――はぁ、はぁ、はぁ、あぁ、やっと出たか』
出た途端、彼の息切れに近い掠れた声が聞こえて来る。
学校にいるのではないかという時間帯なのに、彼は今どこにいるのだろうか?
『……はぁ、はぁ、すまん!外に出れないか?』
「えっと……」
今会ったら、彼に拒絶されるのだろうか。
すれ違って数日間、私と彼は一度も顔を合わせていない。
そうなってしまったら、もう離れるしかないと思われないだろうか。
『出たくないなら……そうだな。明日の昼間、学校の屋上で待ってるぞ』
「えっと、何で?」
『お前に話があるからだ。大事な話があるからだよ、秋穂』
鼓動が大きく跳ねて、私はやっぱりと自覚する。
また明日と言われて、私の耳元から電波音しか聞こえなくなる。
それから離れていく足音が聞こえ、私は窓の外を眺めた。
離れていく彼の背中が見えた。見えてしまった。
あの通話中に、彼は既に近くまで居てくれたのだ。
「……っ」
私はその瞬間、気づけば家の外へと飛び出していたのだった――。
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完全に息が上がりきっている。
運動不足なのが、情けなくなってきた。
俺は少し走るのをやめて、ゆっくりと学校へと向かって行く事にした。
このまま学校まで走った場合、恐らく漫画みたいに服を絞れるだろう。
絞ったら、大量の汗が出て水溜りが……という場面だろうな。
漫画みたいというなら、今俺の置かれてる状況だってそれに近い物がある。
近いというか、そうとしか思えない気もしなくもないのだ。
「――彼方!」
「……っ」
大きな声が、俺を背中から押してきた。
何があったのかは、振り向いた瞬間理解が出来る。
さっきまでの俺と同じように、肩で息をしている彼女の姿があった。
「あの、待って、くれないかな」
「待つから、ちゃんと息したらどうだ?」
俺は動揺を隠す為、ポケットに手を突っ込んでそう言った。
彼女は頷いて、胸を抑えながら深呼吸をしていた。
深く、深く、ゆっくりと。
「あの、彼方」
「先に俺からだ。何から話せば良いか、まだまとまってない時に来るとは思わなかった」
俺は後頭部を掻いて、彼女にバレないよう小さく呼吸する。
「まずはそうだな。屋上の掃除、ありがとな。天文学部でもねぇのに、面倒だっただろ?」
「そうでもなかったよ。私は掃除好きだし」
「初耳だな。中学の頃、あんなにサボろうサボろう言ってたのにな」
「それは私じゃなくて、アンタだよ」
「いや、お前だって」
「あぁもう!私じゃないから、ぜっっっったいアンタ!」
ズンズンと寄って来て、彼女は指を差して言って来た。
「……ぷっ、はははははっ」
その様子を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「な、何が可笑しいのよ!絶対私じゃないからね?勝手に良い思い出を捏造しないでくれる?」
「はははは……悪い悪い、良い思い出なのか?」
「そうよ、悪い?」
「悪くないよ、俺も同じだ。お前と過ごしてきた毎日は、今となっては大事な思い出ばかりだ」
「~~っ」
急な言葉に照れたのか、彼女の頬が赤く染まっていく。
「――大事な思い出は過去だけで良いと思ってた。正直、この先何も要らないと思ってたしな」
「……そうなの?」
「あぁ。でも気づけば『恋人ごっこ』っていう子供の頃にやったようなのが始まるし、俺は卒業まで何もしないつもりで、何も望まないつもりだったんだけどな」
俺の言葉を聞く彼女は、ハッとして俯いてしまった。
だが俺は勘違いされる前に、言葉を続ける事にした。
弁解などせず、思ってきた事を話続ける。
「――けど、俺はどうやら、あの頃と同じ我慢強くないみたいなんだわ」
「え、ちょ、ちょっとっ!?何、いきなり……」
俺は何も断らずに、彼女を抱き締めた。
「卒業まで、何て言うのはやっぱごめんだな。今の関係は、偽物のようなものだよな?」
「うん」
「だから、なんて事は言わないけど……秋穂、俺と本物にならないか?」
俺は抱き締めたまま、自分の思いを言葉にした。
ただ一言、簡単に伝わる魔法の言葉かもしれない言葉を。
「――好きだ、秋穂。俺の彼女にならないか?」
「……うん。わたしも、すき……好き、大好き!」
今まで何かを我慢していたのだろうか。
彼女は、秋穂は俺の胸の中で、子供みたいに泣いていた。
俺と同じ言葉を繰り返しながら、ただ泣いていた。
こうして俺と秋穂は、恋人同士という本物を得たのだった――。
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