第8話「セツナイ」 ―月島秋穂編―

俺が月島秋穂と会ったのは、中学2年になったばかりに頃だ。

クラス内が、仲が良い奴と悪い奴が分類される頃合いだと俺は思う。

ただの見解であって、全部が全部そういう流れでは無いとは思う。

だけど俺の場合は、そんな事を思っている時だった。

クラス内では俺も浮いていたが、彼女もまた浮いた存在ではあった。

何をするのも一人で、行動も一人という似たもの同士。

俺はあの日から彼女、月島秋穂を無意識に気にかけるようになっていた。

「おーい、お兄ちゃんや」

「何だ、我が妹よ」

リビングのソファで寝転がっていると、妹の遥が話しかけてきた。

ゲーム風に言うなら、『野生の妹が飛び出してきた』かな。

「ここが分からないんだけど、教えて?」

持っていたのは、数学の教科書だった。

「お前が勉強しているのは珍しいな。分からない所があるなら、限界まで自分で頑張れよ。キツくなったら手伝ってやるから」

「その限界が来たから、教えて?って言ってるんだよお兄ちゃん!少し頭が良いからって、アタシを馬鹿にしないでくれるぅ?」

「教科書を押し付けて来るな。分かったから……お前の部屋に行けば良いのか?」

「うん!早く来てねぇ――るんる~ん♪」

廊下に出て、階段を上りながら鼻歌が聞こえてくる。

何がそんなに嬉しいのか分からないが、あいつが自分から教えてとは珍しいのは確かだ。

俺は左右に体を揺らして、階段を上って妹の部屋の扉を開ける。

そしたらベッドに寝転がりながら、ノートを広げる妹の姿があった。

「おい、勉強はどうした」

「してるじゃん、ほら」

「机でやれよ。汚れるだろ?」

「消しカスはゴミ箱に捨ててますぅ。だから大丈夫ですぅ」

何が『ですぅ』だ。可愛く言っても何もキュンと来ねぇよ!

溜息を吐いて、分からない場所の説明を始める。

さっきまでとは違って、一つ一つ分からない場所の説明を真剣に聞いている。

こいつは不真面目に見えて、意外にも根は真面目な奴だ。

「――よし、このぐらいだな。どうだ、分かったか?」

「うん、助かった。ありがとう、お兄ちゃん♪」

「おう。あまり詰めるなよ」

「はーい」

妹の部屋を出る瞬間、カレンダーに目がいった。

今週の金曜日に赤丸の印を付けていて、『期末テスト』と書いてある。

なるほどね。その為か。

「あ、お兄ちゃん、ちょっと待って?」

「ん?どうした?」

「昨日の部活の時、月島先輩の様子が少し変だったんだけど……何か知ってる?」

「月島が?ふ~ん……」

本当は知っているが、俺は知らない振りをして考える素振りを見せる。

「――まぁお前が気にしてもしょうがないだろ。早く寝ろよ」

「じゃあお兄ちゃんがなんとかしてね。おやすみぃ」

俺はそんな声を背中で受け、自分の部屋へと戻ってベッドへ倒れ込んだ。

「…………」

様子が変、ね。

あいつにまで見破られているんじゃねぇよ、月島。

結局の所、あいつの悩みは部活には関係ない。

だけど現状、あいつの様子が妹にバレている時点でこれは問題だ。

「はぁ、なんとかするか」

妹に言われてしまったし、何が出来るのかは分からない。

だが放置するのも気持ちが悪いので、俺は溜息を吐いて目を瞑るのだった――。


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「行って来ます……はぁ」

朝の6時半。

私は冷えきった空気の中で、白い息を吐いた。

手袋をしていても、マフラーをしても寒いものは寒い。

今年の冬は、相当冷え込むと天気予報でも言っていた。

私は少し憂鬱な気分で、通学路へと向かおうとしたのだが……。

「よぉ、やっと来たか」

「???」

少し進んだ所にある公園の入り口で、手袋もしないで本を読む馬鹿がいた。

「な、なにしてるのよ」

「いやぁ断ったけど、やっぱり引き受けようと思ってな」

「何をよ」

「昨日言ってた事だよ。俺にしか頼めないって言ったのは、お前だろ?仕方ねぇから、協力してやるよ」

「はぁ?何よ、その上から目線!」

「断っても良いけど、困るのはお前だぞ?良いのか?」

私は動揺を抑えようと、渇ききった喉から声を出した。

「な、何でよ?急にそんな事言われても、私にも心の準備が……」

「頼んできたのはそっちだ。心の準備って言われても、相談された時に俺はそんな余裕無かったぞ?」

だけど彼は、皮肉混じりに反論してきた。

言われている一言は、悪意があるように聞こえない。

むしろ私には、彼の優しさにしか聞こえなくて動揺している。

「でも、期間が長いわよ?いいの?」

「良いよ。卒業までなんて、残り一年と少しだ。困った時はお互い様だ」

「わ、分かった。後悔しても知らないからね」

「はいはい。後悔はしないから安心しろよ」

私の言葉を流すように、彼は『行こうぜ』と言ってくる。

憂鬱だった私の心情は、空に浮かんでくる太陽のように晴れ始める。

だけどその隙間で、彼の背中に隠れて思う。

これで本当に良かったのかと、この選択は間違っていないかと。

私は救われた気持ちと一緒に、少し切ない気持ちに襲われていたのだった。

彼と私が始めた事を胸の中で呟きながら……。


――私と彼の『恋人ごっこ』が始まった。

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