第5話「タイケツ」 ―水無月雪音編―
「……ふぁぁ~あ」
寒空の下。冷えた教室に入った瞬間に口が自然に開く。
「朝から大きなアクビだねぇ、彼方っち」
「あ~、月島か。うーっす」
「はろはろ~」
軽く挨拶を交わし、俺は自分の席へと座る。
鞄から教科書などの教材を出していき、俺は足早に教室を出て行く。
「あれ?どこか行くの?」
「自販機。時間あるしな」
「またりんごジュースかなぁ、彼方っち?」
「うるせぇよ、何かいるのか?」
話掛けて来るって事は、たいてい月島も何か用事がある時だ。
それは中学の時から何も変わらない。
「うんとねー、私も選びに行っていい?」
「あ?珍しいな。まぁ良いけど、行くなら早く行くぞ。自販機に行って遅刻とか洒落にならねぇ」
「はいはい」
廊下へと出ると隣に並ぶ月島。
朝のHRまで多少時間はあるから、遅刻するって事はないだろう。
明確な用事もあるのだから問題は無いだろう。
『あ、あの……』
自販機で目的の物を購入し終わり、教室へ戻ろうとした時だった。
何処からか話し声のような物が聞こえてきたのだ。
「彼方っち……こっちこっち」
「何だよ」
何故か小声で手招きする月島の方へ、俺は溜息を吐きながら傍へ行く。
「あれって……」
「ん?」
壁から覗き込むようにして、俺たちはその向こう側を見る。
そこには水無月先輩と知らない男子生徒の姿があった。
『好きです……お、俺と付き合ってください!』
これはあれだ。誰がどう見たって告白という奴だろう。
校舎の影になって居て、こうやって覗き込まないと見えない。
良い場所を選んだな、あの男子生徒。
「ねぇねぇ、告白だよ告白ぅ!」
「うるせぇ、声がデケェよ――う、うわっ」
「あ、あれ?」
体勢を崩してしまい、校舎の向こう側へと出てしまう。
その瞬間、先輩も疑問の声が聞こえてきた。
「あ~、えっと……あれ?」
先輩の足の間から見えた景色の中で、足りないものが気になった。
さっきまでいた男子生徒がいないのだ。
「おはようございます、水無月先輩」
「あ、うん、おはよう。――じゃなくて!何でここにいるの?」
それはそうだ。
先輩からしたら無断でプライベートを覗かれたようなものだ。
良い気持ちはしないだろう。
「それで先輩!今の告白ですよね?どうしたんですか?付き合うんですか?どっちですか?」
「やめろ月島っ」
俺はグイグイと迫る月島の襟を引っ張り、興奮する馬鹿を制止する。
迫りすぎてて、思わず先輩が目を逸らしているじゃないか。
「ごめんなさい、先輩。覗くつもりはなかったんですけど、こいつが見つけちゃったもので」
「あ~、彼方っち、私の所為にする気でしょ?私は無実だ」
「何を言ってるんだ。早く戻るぞ、先輩すみませんでした」
俺は改めて謝罪し、教室へ戻ろうとしたのだが……。
「彼方っち、ちょっと先に行ってて?」
「あ?遅刻する気かお前」
「いいからいいから、さっさと行った行った」
手でしっしと払われたので、俺は何だか分からないまま再び教室へと戻った――。
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「さて、先輩。ガールズトークと行きましょうか」
彼の背中が見えなくなった所で、彼女はそんな事を言ってきた。
「え、えっと?」
「決まってるじゃないですか。どうしてですか?」
聞きたい事は分かっている。
さっきの告白の事だろう。
分かり切っている。
でもこれは答えていいのだろうか。
これは私の問題であり、私とあの生徒の問題なのだから。
「はぁ……聞き方を変えますね――」
「え?」
溜息を吐いて、彼女の目の色が変わった。
さっきまでの陽気な彼女ではない雰囲気を纏っていた。
「――どうして断ったのか、聞いて良いですか?」
「……っ。どうしてって、それは――」
彼女は知っている。
知っているからこそ、その答えを聞こうとしているのだろう。
他でもない、私の口から。
明確な答えを自分の中で出していいのか。
私には答えを出すのが、とても恐怖に襲われているのだ。
迷いにとして……。
「どうしても言えませんか?じゃあ水無月先輩にお節介を一つ……」
「…………??」
彼女の冷たい雰囲気が刺さり、私は金縛りにあったかのように動けない。
目を逸らしてはならない。何かに言われているかのように。
彼女は私に近寄り、肩から自分の方へ引き寄せた。
そして、そっと耳打ちしてきたのだった。
「脈はあると思いますよ」
「……それって」
「お節介はここまでです。もし先輩が勝負に出ないというなら、今日の放課後は彼をいただきます。早く心の準備とやらをしないと、彼方は私が貰います」
彼女は早々に離れて笑みを浮かべてそう言った。
その姿は、コウモリの羽が生えた小悪魔のような仕草だった。
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♪キンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り響いて、今日も一日が始まる。
予鈴がなったと同時に月島の奴は戻ってきたが、何やらやたらと笑みを浮かべていたが。
あれは一体何だったんだろうか?
「ん?」
授業中に足から携帯の揺れが伝わってくる。
誰だ、こんな時間に。今は授業中だぞ。
俺は内容が気になったので、仕方なく携帯をズボンから取り出す。
机の中で隠しながら見るという、何とも見たことある姿だろう。
これが周囲を警戒していればなかなかバレない。
まぁバレたらかなり怒られるのだが……。
携帯の画面には『メール2件』と表示されていた。
一度しか通知が来なかったから、妹がふざけて送っていたのだと思っていたが違ったようだ。
俺は首を傾げてそのメールの中身を開いた。
二件一気に開けるから、この携帯機能は割りと気に入っている。
開いたところで、俺は顔を上げてその発信元を見た。
さらにもう一件も驚くことに内容が一緒で面を喰らったのだった――。
『今日の放課後、デートしませんか?』
『今日の放課後、デートしない?』
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