水無月雪音ルート

第1話「センパイ」 ―水無月雪音編―

水無月雪音という女子生徒の名前は、知らない人はいないほどの有名な生徒だ。

夏と冬に行われるイベントで、ミスコンの首位を連覇するという逸材である。

彼女の性格はとても親しみ良く、誰とでもわけへだてなく接する。

その行動を生むのか、男子生徒の脳内は単純だ。

数々の男子生徒が彼女に告白するも、ことごとく玉砕していく。

俺も憧れていたはいたものの、告白することはなかった。

何故なら、自分から声を掛けるなど出来るはずもなかったからである。

会話するどころか、俺みたいな奴が話しかける事自体が引け目に感じてしまうのだ。

だからこそなのだろうか?こんな事を考えてしまうのは……。

いつか俺にも、春というものが来るのだろうか?と。

「おい、兄弟。早く飯食いに行こうぜ~」

弁当を持って教室を出ようとした時、二階堂が肩を組んでそう言ってきた。

「いちいち肩組むなよ。俺が弁当なのお前も知ってるだろう?」

そう言いながら、弁当を持ち上げて見せる。

「良いじゃねぇか。俺みたいな独り身には、お前の妹の弁当も目の保養になるんだよ。俺の為だと思って、さぁ食堂行こうぜ!」

「悪い俺一人がいいんだ」

「そんなきっぱりぃぃぃぃ!?」

二階堂は手を伸ばして、まるで捨てられたように間抜けな姿でこっちを見ていた。

大の男が泣くなよ。

だがこれはふざけているのを知っているため、俺はすたすたと教室を後にする。

廊下をゆっくり進み、一人になれる場所を探しながら校舎を歩く。

中庭はこの前使ったし、体育館裏はこの前イチャイチャしてた不届き者がいたしな。

さて、どこでエネルギーを摂取しようか。

……そう考えながらも、俺は自然と足を運ぶ。

「――結局、ここになるんだよなぁ」

そういう事で、屋上に辿り着く。

本当は立ち入り禁止なのだけど、俺は特別この屋上の鍵を持っているのだ。

理由は簡単で、俺はこの学校で『天文学部』に所属しているからだ。

顧問は担任の瑞鳥先生で、あの人は放任主義だから持たせてもらっている。

「あっれ~?屋上のドア開いてる~、珍しいなぁ」

屋上の扉から女子生徒の声が聞こえてくる。

ドアの前にいる所為か。俺はその女子生徒と目が合ってしまった。

……というか、閉めるの忘れてた。

「えっと、ここ立ち入り禁止なんですけど……」

「え?そうなの?いや~、開いてたからつい。てへ」

「いや、てへ、じゃなくて」

そんな会話をしながら、俺はその人物が誰だと理解が遅れてしまった。

その人物は、この学校で有名な人物だった。

「あれ、水無月先輩?」

「ん?確かに私は水無月だけども……。君と私、はじめましてじゃなかったっけ?どこかで会ったかな?」

「あ、いや。先輩は有名ですから」

俺はそう言って、なんでもない風に取り繕う。

彼女は少し考えてから、「そっか」と言って屋上の扉を閉める。

そのままあろうことか、隣に座ってくるのだった。

「え、えっと、なんです?」

「ん~、こんな場所で、何で一人でお弁当を食べてるのかなぁって思って」

彼女は覗き込むように俺の顔を見てくる。

ち、近い……。それ以上、近寄らないでくれます。

ミスコンに優勝するだけあって、制服越しでも分かるぐらい魅力的な体つきをしている。

しかも、いい匂い!

「先輩、そろそろ離れてもらえますか?やたら近いし、お弁当が食べにくいんで」

「あ、ごめんね。お弁当美味しそうだったから、つい」

彼女は片手を使って、自分の頭をコツンと叩く。

迂闊うかつにも可愛いと思ってしまった。我ながら、男って単純だな。

「それって、君が作ってるの?」

「違いますよ。妹が作ってくれた奴です。俺はこんな風には作れないです」

「へぇ……」

おかずの一つ一つ丁寧に作られていて、ちゃんと味も色もバランスが良い。

栄養面で考えているとしたら、俺としては頑張りすぎと思うぐらいだ。

「ん?なんですか?俺の顔に何か付いてます?」

「ううん、なんでもないよ」

「そうですか?」

ずっと見られている気がしたが、気のせいだっただろうか。

「……ごちそうさまでした」

お弁当を完食して、両手を合わせる。

あらかじめ買っておいたパックジュースにストローを挿す。

食後にはやっぱり、さっぱりしたこれに限る。

『果汁100%りんごジュース』である。

「りんごジュース好きなの?」

一口飲んでいたら、彼女がそんな事を聞いてきた。

「子供の頃からですけどね。それより、まだ居たんですか?先輩もしかして、案外暇な人ですか?」

「あぁ、失礼だなぁ。そんな事言う子には――こうだ!」

「あ!?」

手元からパック飲料が取り上げられる。

そして、彼女は問答無用にストローに口を付けたのだった。

「なっ、何してるんですか!?」

「ふぅ……美味しい♪――君は何を慌てているの?」

「いや、なんでも……」

俺はストローと彼女の口元を交互に見る。

間接キスだという事を気にしない人なんだろうか。

男女の友情は成立するのは、紙一重だと言う事を分かっているのだろうか。

♪キンコーンカーンコーン……。

「あ、チャイム鳴っちゃった。これありがとう♪じゃあまたね」

「…………」

そう言って屋上から彼女はいなくなった。

そこにあった暖かい空気がなくなり、俺の周囲は少し寒くなった。

「綺麗だったな。やっぱり……」

俺は寒空の中で、溜息を吐きながら顔を見上げるのだった――。


  ◇


屋上からやや走り気味で戻りながら、さっきの事を考える。

「(ふふふ。あんなに顔を真っ赤にしちゃって……)」

そう思いながら、階段を降りていく。

『あ、雪音~、おかえり~!』

「うん。次の授業って移動なんだっけ?」

クラスメイトが授業道具を持って、教室から出て行く途中だった。

『ん?そうだよー。雪音も早く準備しなね?』

「うん、分かった!先に行ってて!」

そして教室に戻って、自分の机に授業道具を取りに行く。

自分の机の中から道具を探しながら、私はふと手を止める。

窓から外を見れば、さっきまで居た屋上が目に付く。

私は自然と口元に手が触れる。

……間接キス、しちゃったなぁ。

「また明日、か……」

私はそう呟いてから、授業道具を持って教室を後にしたのだった――。

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