雪月花 ―冬の終わりに咲く花―
三城 谷
プロローグ
「お兄ちゃん?早く起きてー!」
「……zzZ」
朝の日差しがカーテンの間から顔に当たる。
その陽の光によって、重たい
暖かいまどろみの中から、生暖かい布団の中で目が覚める。
「おにいちゃ~ん?」
下の階から妹の声が響いてくる。
返事する気力も起きず、再び寝ようと目を閉じる。
だがそれは、儚い願望に終わった。
「何また寝ようとしてるのかな!お兄ちゃん?」
布団を剥ぎ取られ、冷たい空気が流れ込んでくる。
「うぅ……さむっ」
「起きた?んじゃ、早く降りて来てね~」
起き上がって伸びをしていると、妹の階段を下りていく音が聞こえる。
「ふわぁあ~」
欠伸をしながら服を着替え、制服に着替えてリビングへ向かう。
リビングへ到着する頃には、テーブルの上に立派な料理が並んでいた。
「ご飯とパンあるけど、どっちがいい?」
妹がキッチンから聞いてくる。
「…じゃあ白飯で」
「は~い。――はい、ご飯」
茶碗を渡され、それを手にとってテーブルに置く。
やがて料理が並び終わり、妹も目の前の椅子に座る。
「それじゃ、いただきます」
いただきます、と頭の中で呟く。
半分寝ぼけていたが、ご飯を食べ始めれば目が覚める。
テレビを眺めてはいても、ゆっくり食べたりはしない。
早々に食べ終わり、のんびりとホットコーヒーを飲む。
妹に片付けを任せ、朝のニュースを眺める。
「お兄ちゃん、今日はお弁当と学食どっちにする?」
「俺に聞かなくても、どうせ準備してるんだろ?」
「さすが、お兄ちゃん♪はい、お弁当」
「さんきゅ」
俺は弁当を受け取り、部屋から持ってきた鞄に入れる。
横にすると崩れてしまうので、時間まで立てておく。
妹の
俺も料理は出来るけど、こいつには遠く及ばない程度だ。
両親は共働きで、家事の中でも炊事を主に担当しているのも上手い理由だろう。
親が帰ってくるのは月1回程度。
その訳もあって、俺と遥も家事を分担している。
「ちゃんと戸締りした?」
「したした。安心出来ないなら、自分で鍵閉めろよ」
「冗談。アタシが鍵持ったら、すぐ無くなっちゃうよ」
「無くさないように努力しろよ。お前が持たないと、ずっとお前と下校する事になるだろうが」
いい加減持って欲しいが、無くすのもまた事実。
小学生の頃に家の鍵を無くして、親が帰ってくるまで外にいた事もあるぐらいだ。
今の状況でそんな事になったら、俺ら飢え死にするぞ。
親が帰ってくるの月1だし……。
「遥。お前、今日部活は?」
学校への登校中。俺は隣にいる彼女に呟くように聞いた。
「ん?お兄ちゃんは今日、委員会でしょ?午後は部活だけど、朝練は無いよー」
「何でお前、俺の委員会予定知ってんの?まぁ合ってるけどさ」
俺がしぶしぶそう言うと、遥は携帯を取り出して口を開いた。
「スケジュール作ってあるんだから、知らない訳無いじゃん。お兄ちゃんの予定に関しては、アタシに知らない事なんて無いんだから」
「怖ぇよ、お前っ!」
ストーカーかよ!
我が妹ながら、恐るべし。
歩きながら、俺はそうツッコミを入れる。
学校までの通学路は、長い坂道が途中にある。
その坂を上れば、俺たちの通う学校だ。
「おーい彼方ぁ、素敵な女子と登校してるとは。いやはや、羨ましい限りだねぇ」
急に後ろから肩を組まれた。
そんなくだらない事を言ってくる奴を俺は一人しか知らない。
「朝から何言ってんのさ」
「いやぁ、そんな冷たい目で見るなよ~。俺とお前の仲だろう?ほれ、素敵な遥ちゃんが、俺たちの関係を羨ましがってるぜ」
「おい、遥。こいつの急所を蹴っていいぞ。俺が許可する」
「えぇ?やだよ……足が穢れるじゃん」
「ちょっと急所はやめてくれ!てか遥ちゃんも酷くない!?このドS兄妹!」
俺と遥の考えは一致したが、彼には納得いかなかったようだ。
彼は中学からの付き合いで、友人Aである。
「まてまてちょっと待てぇーい!」
「何だよ友人A。馴れ馴れしく近づくなよ」
「ちょっと待ってくれよ、謝るから!遥ちゃ~ん!」
「気安くアタシに触れないください、兄の友人Aさん」
「うわぁぁああああぁっ!!!」
友人Aという扱いが嫌らしく、坂道の下で泣き転がっている。
放っておくのも面倒になるので、仕方がない。
「おい、二階堂。この坂の上で最高の女子が、今や今やとお前との出会いを待っているぞ」
俺は友人Aもとい、
「むむっ!それはいけないっ!いざ行かんっ、マイスウィィトハニイィィィイ!」
二階堂はそう叫んだまま、勢い良く坂を上っていく。
「良いの?あれ」
「我が妹よ。あいつはいつか法によって裁かれる。それまでは見守ってやろうじゃないか」
俺はそう言って、坂を上り始める。
遥は俺の後ろにぴたりとくっついて来る。
「相変わらず、仲がよろしいですなぁ――彼方っち」
「うわ、朝から『面倒な奴二号』が来た」
「月島先輩。おはようございます」
「おはよう、遥っち♪」
遥は彼女にお辞儀をして、彼女は片手を軽く上げて挨拶を返した。
「っていうか彼方っち、今私の事『面倒な奴二号』って言わなかった?えぇ?」
「言ってない」
何で朝から喧嘩腰なんだよ。
さっきまでの営業スマイルはどうした。
彼女は、
俺のクラスメイトで、遥と同じテニス部である。
「言ってましたよぉ、はっきりと」
「ちょ、おまっ!?」
「ほほう?よし、死刑だ」
遥の裏切りによって、月島がパキポキと指を鳴らして近寄ってくる。
視界が暗くなり、彼女は俺のコメカミを掴んで力を入れる。
「……いてぇ!いてぇって、マジで!」
俺の頭の骨と一緒に悲鳴を上げる。運動神経が良い彼女に握力がある。
「ごめんって、すまんって、マジでごめんなさいぃ!」
「ふん……」
……ガクッ。力尽きた。
アイアンクローなんて、幼馴染のおねぇさんで間に合ってるっつうの。
「じゃあ兄貴、月島先輩に迷惑かけないでよー。月島先輩、また部活で」
「うん、またねぇ」
「お、おう」
他の生徒が見え始めた瞬間、遥は俺の呼び方を変える。
他人に「お兄ちゃん」なんて呼んでいる所を見られたくないらしい。
まぁ二階堂も月島も、とっくに知っているんだけど。
個人的には、気にしなくても良いと思うと言ったら『は?嫌だよ!』って怒られたのだ。
気難しい妹を持った事だ。
教室へ入り、自分の席へ着く。
その隣で、何故か机に突っ伏している二階堂の姿があった。
「おい、二階堂。どうした?」
「おう、兄弟。聞いてくれ。お前の言うとおり、上に向かって走ったら先輩とぶつかっちまって」
「へぇ、大変だったな」
「冷たいな!?少しは心配してくれてもいいだろう?」
二階堂はじたばたと言ってくる。
なんだ、元気じゃないか。
「それで?何をそんなブルーなわけ?」
「そうなんだ、そこを聞いて欲しかったんだよ兄弟」
あ、何か面倒なスイッチを入れてしまった気がする。
肩組んでくるのはいいけど、顔がちけぇよ。
夢中で話す友人を傍目に、周囲をチラ見するとひそひそと何か話している奴らがいる。
『ちょっとあれ。またくっついてるわよ』
『何を言ってるの、今更でしょ?』
『でもほら、気にならない?どっちが攻めか受けか』
そんなひそひそ話が耳に入ってくる。
どいつもこいつも、あれか?腐ってるのか?腐女子ライフをエンジョイするのはいいが、俺たちを議題にするのはやめてくれ。頼むから……。
「――それでよ?坂を上ってぶつかった相手がさ?なんとあの水無月先輩だったんだよ!」
「あ?」
今、こいつは何と言ったのだろうか?はて?聞き間違いだろうか。
「おい、二階堂。もう一度言ってみろ」
「水無月先輩とぶつかった。そしていい匂いがしたぁ」
「最後のは聞いてねぇぞ。お前それ、誰かに見られてねぇだろうな?」
他の人には聞こえないようにして、耳打ちし始める。
「あ?ねぇよ。てか何でこそこそすんのさ」
「お前、良かったな。もし見られてたら、MYファンクラブに潰されてたぞ?」
説明しよう。MYファンクラブ。通称『水無月雪音ファンクラブ』は、一つ上の先輩である水無月雪音に関する情報を共有する為に作られた秘密組織である。
だが先輩に魅了されていく内にそれはエスカレートし、彼女に告白したのも関わったものは、制裁を与えられるという噂があるのだ。
「――という訳だ」
「兄弟……お前誰に説明してんだ?」
「ぐっ……そんな事はいい。とりあえずはだな。それをそのファンクラブに知られてもみろ。お前、無事じゃ済まねぇぞ」
♪キンコーンカーンコーン……。
『おらぁ~、席着けよぉ
担任の
こうして今日も一日、退屈な一日が始まるのだった。
だがこれが俺の『
この頃の俺には、予想もしていなかったのだった――。
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