再会

「ガイウス」

 セリヌンティウスは街人に案内してもらい、ガイウスの家に着くと、勢いよくドアを開けて叫んだ。

 そこには、ベッドの上に横たわるガイウス、その近くにガイウスの両親、医者が座っていた。そこにいる誰もがセリヌンティウスの登場に驚く。

 セリヌンティウスはガイウスの元へ駆け寄る。ガイウスはすっかり衰弱していたが、息絶えてはいなかった。

「よかった。間に合った。私だ、セリヌンティウスだ。助けに来たぞ、ガイウスよ」

 ガイウスはか細い声で言う。

「セリヌンティウス。セリヌンティウスではないか。これは夢か」

「夢じゃない、現実だ。まあ、話は後だ。お前を助けることのできる薬を持ってきた。早く飲め」

 セリヌンティウスは袋から薬を取り出す。

 それを隣で見ていた医者が言った。

「そんなもの、どこから。一体誰からもらったのですか」

「ガイウスの弟、カエサルがくれたのです。まあ、今はそんなことどうでもいい。ガイウス、早くこれを飲め」

 ガイウスの表情が変わっていた。なんともいえない顔になっている。視線は天井を見つめていた。

「どうした。早く飲め」

 ガイウスは苦しそうにゆっくり首をセリヌンティウスに向ける。そして言った。

「私に弟はいない」

「なんだって」

 セリヌンティウスは頭を金槌で殴られたような感覚に陥った。脳震盪が起きたようだった。頭が真っ白になった。

「これは一体どういうことだ」

「きっと、三つ隣の家にすむガイウスのことだろう。彼には弟がいた気がする。きっとカエサルという名だ」

 セリヌンティウスはその場に立ち尽くす。彼は言葉を失ってしまった。セリヌンティウスはガイウスの性格を知り尽くしている。その誇り高き精神、素晴らしい人柄を知っているのだ。故に、ガイウスが他人の薬で自分が助かるということをしないのは一瞬で理解できた。

 しかし、こう言わずにはいられなかった。

「飲め。これを飲めガイウス」

「だめだ」

 セリヌンティウスは思わず叫ぶ。

「飲め。飲まなきゃ死ぬんだ。わかっているだろ」

「わかっている」

 セリヌンティウスは泣いた。子供のように泣き始めた。自分勝手に駄々をこねる子供のように、ガイウスに泣きつく。

「どうして飲んでくれないんだ。飲んでくれ。頼む。お前に死んでほしくない。正直、他人なんてどうでもいい。お前さえ助かってくれればいいのだ。お前がこの薬を飲んでくれなければ、報われないではないか」

 ガイウスは母親のように優しく言う。

「そんなこと言うな、セリヌンティウスよ。私はお前の気持ちだけで充分だ。その薬は受け取れない。本来渡すべき人に渡してくれ」

 ガイウスの顔は仏のように優しい顔だった。これから死ぬというのに。助かる道があるというのに、それを選ばないガイウスの魂は、純白そのものだった。底知れぬものを感じさせるその光景は、聖母マリアを描いた絵画のようだった。また、それと同時に、自らの信念に沿って誇り高く死を選ぶ様は、昂然と毒杯に手をかけるソクラテスを連想させた。

 ガイウスは続けて言った。

「セリヌンティウスよ。ひとつだけお願いを聞いてもらってもいいか。最後のお願いだ」

 セリヌンティウスは涙に濡れた顔をあげる。

「いいだろう。なんでも聞いてやる」

「今夜は、私の部屋で一緒に寝よう。思い出にふけるのだ。あの素晴らしかった日々をもう一度思い出したいのだ」

 セリヌンティウスが小さく頷く。

「その薬は、医者に渡してくれ。三つ隣の家に住むガイウスに渡してもらうのだ。安心してくれ。信頼できる人物だ」

 ガイウスにうながされ、セリヌンティウスは薬を医者に渡す。とても惜しかったが、それ以上の感情は沸いてこなかった。ガイウスがそれを望んでいるからなのだろう。

 ガイウスは小さく言った。

「二人きりにさせてくれないか」

 涙で目を赤くした両親はうなずき、立ち上がった。そして彼の頬に軽くキスをすると、部屋から出ていった。医者も一緒に部屋から出ていった。

 その時、思いもしないことが起きた。

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