絶望
夜は深くなり、雨はしだいに強くなる。どこか遠くで雷が鳴り始めた。その荒れ果てた天候は、今のセリヌンティウスの感情を表しているようだった。
そんな激しい雨の中。セリヌンティウスは奇跡的に街を歩く人を見つける。一枚布のようなコートを頭から被るように着ており、駆け足でどこかへ向かっている。セリヌンティウスはその者の元へ駆けより、雨の音に消されないように大きな声で言う。
「すいません。ガイウスの家を知っていますか」
その者は立ち止まり、振り返る。フードの中に見えた顔は、若い女だった。彼女もまた、雨の音に消されないように大きな声で言う。
「知っていますが、あなたは」
「私はガイウスの友、セリヌンティウスでございます。急用なのです。今すぐガイウスの家まで案内してくれませんか」
「急用とはなんでしょう」
「ガイウスは今、この街で流行っている病に犯されています。それを治すことができる薬を届けるのです」
「なんと。そんな薬を持っているのですか」
「はい。今すぐ彼にこの薬を渡さなければ。彼の家はどこですか」
彼女は降り続ける豪雨を気にも留めずフードを捲り、美しく強い意思が感じられる顔をあらわにした。そして、セリヌンティウスの手をとり、彼の目を真っ直ぐ見て言った。
「私はユリア。医者です。今、その病気を治すことができる薬を作っています。まだまだ完成にはほど遠かったのですが、その薬を元に作れば、完成は遠くありません。たくさんの人の命を救うことができるのです。私と一緒に行きましょう」
セリヌンティウスは彼女の手をはらう。
「行くって、どこへ」
「研究所です」
「そんな時間はありません。この薬は、ガイウスのものなのです。あなたのものではありません」
「そんな自分勝手なこと言わないで下さい。これは大勢の人を救うためなのです。分かってくれますよね」
「あなたこそ自分勝手だ。これは絶対に渡さない」
彼女は声を荒くし、怒りを見せた。
「私が自分勝手ですって。私は誰よりも人のために頑張っている。あなたがもし、たったひとりのためにその薬を使ってしまえば、助けることができた大勢の命を捨ててしまうことになります」
彼女は小さい肩を小刻みに揺らして感情を昂らせている。セリヌンティウスはそんな彼女を見て、なぜかアントニヌスを思い出した。
「しかし、私にとっては大切なひとりなのです」
「あなたは何もわかっていない。この街に起こっていることが。病人、その家族の苦しみ。その数の多さ。だからそんなに甘いことが言えるのです」
彼女は真っ直ぐな目をしていた。それがセリヌンティウスを苦しめた。
「しかし、これは渡せない」
「あなたは、なんという。話になりません。あなたは人殺しだ」
その言葉はセリヌンティウスの胸にナイフを刺したようだった。冷たく、鋭いナイフ。それで心臓をえぐられたよう。それでも倒れずにいられたのは、苦しむガイウスの顔が浮かんだからだった。
「なんとでも言ってください。私はガイウスを助けます」
「呆れた。心底です」
ユリアは吐き捨てるように言った。そしてフードを被り、セリヌンティウスに背を見せ、走って夜の暗闇に消えていった。
セリヌンティウスは胸に刺さったナイフが抜かれて脱力するように、その場に膝から倒れこんだ。その時、セリヌンティウスに降り注ぐ強い雨は、神の自分に対する侮辱のようにセリヌンティウスは感じていた。彼は疲れたのだ。正解のない問に。いや、もしかしたら間違いばかり選んでいるのかもしれない。彼はわからなくなってしまったのだ。そして、考えることをやめた。
そんな倒れているセリヌンティウスに、ひとりの男が近づいてきていた。
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