悲劇
日がちょうど沈んだ頃。セリヌンティウスはガイウスの住む街に着いた。雨が強く降っているせいか、人気は少なかった。家からこぼれる明かりが、そんな薄暗い街を照らしていた。
「セリヌンティウスではないか」
不意に後ろから声をかけられた。振り替えると、竹馬の友、アントニヌスがいた。セリヌンティウスは彼と何年も会っていなかったため、かつての見た目とはいくらか変わっていたが、雰囲気ですぐにアントニヌスだとわかった。
「久しぶりだな。元気にしていたか」
「もちろんだとも。ところで、なぜお前がここにいるのだ」
アントニヌスにそう言われ、セリヌンティウスは重大な用事を思い出す。
「そうだ。ガイウスだ。ガイウスはどこにいる」
アントニヌスは顔を伏せる。
「残念だが、彼は衰弱しきっている。いや、彼だけではない。今、この街には不治の病が流行している。悪いことは言わない。お前もその病気に犯される前に、早く帰れ」
「いや、私は帰らない」
セリヌンティウスは、カエサルから預かった薬をポケットから出して見せた。
「なんだそれは」
「ガイウスの病を治せる薬だ」
「なに。それは確かか」
「確かだ。だから、今すぐガイウスの元に案内してくれ」
「……わかった。ついてこい」
アントニヌスは振り返り、歩き始めた。セリヌンティウスはその背中を見て、何か違和感を覚えた。アントニヌスは背が高く、体格がいい。しかし、今の彼からはなぜか悲しい印象を受けるのだった。
しばらく歩いた。依然として雨は強く降り続けている。
「アントニヌスよ。まだつかないのか」
「もう少しだ。次の曲がり角を右だ」
「そうか」
その曲がり角を曲がった。すると、薄暗さが増した。いかにも路地裏という感じだった。もちろん、そこに家はない。
「これはどういうことだ。アントニヌス」
「すまない。セリヌンティウスよ」
アントニヌスはそう呟くと、セリヌンティウスに向かって飛びかかる。突然かつ不意討ちだったが、セリヌンティウスはそれを避けることができた。ずっと感じていた違和感が、彼の警戒心を強めていたからだ。
アントニヌスは不意討ちを避けられて驚いている。肩で息をし、瞳孔は大きく開いていた。
セリヌンティウスは半分怒り、半分戸惑いながら問う。
「なぜ私を攻撃する」
「その薬が欲しいからだ」
「なに。お前も不治の病に犯されていたのか。それにしても、自らが助かるために、友情を捨てるとは。呆れたやつだ」
アントニヌスは叫ぶように言う。
「違う」
「何が違うのだ」
「私の娘だ。私の娘が不治の病なのだ」
アントニヌスは泣いていた。強く降る雨がその涙を流していった。
「それは同情する。しかし、薬を奪っていい理由にはならない」
「理由など必要ない」
またもアントニヌスはセリヌンティウスに襲いかかる。まるで牛が突進してくるようだった。しかし、セリヌンティウスはそれを華麗に交わし、投げ飛ばした。アントニヌスは強く地面に叩きつけられる。泥水が跳ね、彼はうずくまる。そして、静かに泣き始めた。
セリヌンティウスは彼にかける言葉が見つからず、そのままその場から去った。
沈んだ気持ちでセリヌンティウスは街を歩く。決してアントニヌスは悪いやつではない。私はどうすればよかったのか。いくら考えても、答えはでなかった。そして、降り続ける雨が、セリヌンティウスの気持ちをさらに重くしていった。
ふと、セリヌンティウスは手に持っている薬の入った袋を見て、ガイウスを助けなければならないことを思い出した。
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