E世界

めぞうなぎ

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「ふっふっふ、どうだ参ってください!!」


「え? なに?」


僕が入ろうとした場所には先客がいた。


「せめて、せめて一息に優しくやってください! 私初めてなんで! あ、そういう意味じゃなくて、死ぬのが、死ぬのが! ひぃぃぃぃ!」


「――?」


「やだ、死にたくない! まだ魔王の名前出して定食屋で大盛りにしてもらいたい! 行きつけのカフェで裏メニュー出してもらいたい!」


「んーと、とりあえず、落ち着いて?」


「おっほおおおおおうー! ……。――? お前、勇者じゃないの?」


「えーと、ん? 何の話?」


「あれ、おかしいな。さっき斥候から勇者一行が接近してるって報告があったんだけど……?」


「僕、今のところ、行き合わせた女の子に取り乱されてるだけなんだけど」


話が見えない。なんだこの子。


「私、勇者にぶちのめされなくて済んだってこと?」


「だから何の話なの?」


「あんた、一般人?」


「それは僕が君に聞き返したいかな。そっくりそのまま返すよ」


「私は魔王よ」


埒外の単語が飛び出してきた。


「魔王?」


「そう、皆が畏れ崇め奉るかの魔王よ」


「やまいだれの中にマって略字で書くと途端に弱そうになるあの魔王?」


「私はちゃんと鬼の林の方だわ! 画数なめんな!」


本来誇るには畑違いなフィールドを自慢されている気がするが――え?


「どうしてその、かの魔王様がこんなところにおわすのです? 遠足で迷子になったんですか? 右に曲がるべきところを左に曲がって、目的地に着かないのは距離が足りないからって意地を張って歩き続けてたらこんなところに辿り着いちゃったんですか? いい交番紹介しますよ? そこの婦警さん超優しいんで」


「私を馬鹿にするにも程があるわ!」


むきー、と窮屈そうに腕を振り回している。まあ、僕も分かっててやったけど。


「それで、話を元に戻しますと、どうして本来法外にある郊外を睥睨する魔王城を根城とするはずの魔王がこんなところに?」


「え、それ聞いちゃう?」


「それを聞いちゃわないと話が前に進まないんで。話って別にプルバック機構とか備えてないんで」


「言わないとダメかー」


はー。


肩を落としてあからさまに消沈する自称魔王。


一瞬こちらに見せつけるようにアンニュイな表情を浮かべたが、すぐに我に帰って恥ずかしくなり首を横に振ってぷるぷるしていた。


神様、これは一体何ですか。


「私のお城――勇者どもに乗っ取られちゃったの」


「あんなに頑丈そうなのに、陥落したんですか」


「ううん、厳重な警備を24時間敷いてたら人件費が嵩むし、魔王城の使い魔たちが労組組んで魔王ワークをホワイトにしようと頑張ったせいで、何年か前から7時から11時までだけ魔王城として機能させてたの」


コンビニかよ。


「で、この間使い魔の皆と徹夜でカラオケ行ってたら、その間にこれを好機と這入って占拠されちゃった」


「理由がおそろしくショボいですね」


「でもでも、魔王軍と勇者陣営の間で、こっちから活動時間を通知した場合には勇者側がそれに則らなきゃいけない取り決めになってるんだよ。最近こっちに近づいてる勇者がいるって言うから、ちゃんと矢文打ったのに」


「勇者日報のちょっと前のインタビューで、『トイレで紙がなかったから困ってたんですけど、誰かがチリ紙を括りつけた矢を射ってくれて九死に一生を得ました。感謝してもしきれません(笑)』って出てましたけど、どうやらそういうことですね」


「なんやて」


「多重の意味でお気の毒ですね――っていうか、魔王城ってコンビニ感覚で運営されてたんですか?」


「あら、知らなかったの? ゆっくりではあるけど、憎き勇者のせいで着実に数は減ってきてるから、魔王もフランチャイズの時代よ。ご当地魔王城とか有名でしょ? 魔王城巡るのが趣味の勇者とかいるらしいよ? そういう人向けのるるぶも出てるし。ほら」


そういうと、魔王様は肩にかけていたトートバッグから本を取り出した。


うわ、ほんとにあるんだ――勇者のピンナップ写真集とか見たことあるけど、魔王側も同じような感じなんだな。


ぺら。


――ぺら?


「南国の魔王城って、来場者特典で花輪が貰えるんですか?」


「リゾートもあるわよ。スパに入った後は、宴会場で魔王一座が興行やってるし」


「魔王とは――?」


「勇者協会の方でも、リラクゼーションを提供する魔王は、勇者の福利厚生の為に不可侵だって取り決めがあるみたいだしね。やっぱり、所属者から協会費集めるだけじゃ十分なケアが行き渡らないみたいだよ。弱小魔王は、そうやって何とか生き永らえてるわけ」


「シビアだなー」


最近の魔王も中々大変だということが分かった。やはり、当事者から得る生の声というのは重みが違う。こういう一次体験を大事にしていきたいものだ。


でさ。それはともかくとしてさ。


「僕、サンタのバイトがあるんだけど、ちょっと煙突からどいてもらえないかな」


「嫌よ、ここから出たら勇者に見つかってしばかれるじゃん。絶対やだ」


「うーん、そうか。困ったな」


困ったな。今シーズンでめちゃくちゃ忙しい。プレゼントを置きに行く家を事前に下見して回っているのだけれど、正直、今日のシフトの時間だけでタスクを全部こなせる気がしない。ここでこの魔王に足止めを食えば食うほど、僕が家で休める時間がガリガリと減っていく。明日もフルシフトなんだ、今日はできるだけ早く切り上げて就寝したい――。


ん?


頭の隅にひっかかるものがある。確か――。


業務用カバンからあるリストを取り出してざっと目を通す。そう、この辺に、あった。


条件は――よし、大丈夫だな。


オッケー。


僕は魔王の首根っこをがっしと掴んで煙突から引き摺り出しにかかった。あんまり手荒な真似はしたくなかったんだけど――。


「え? ちょっ、あんた、なんであたしを連れてこうとしてるのよ? 話聞いてた?」


「それはもうバッチリ」


ずるずる。


「じゃあ放しなさいよ――」


「いや、あのね、」



「プレゼントに魔王の首が欲しいっていう子供がいるんだけど、どうにも手頃な品が見つからなくて僕の査定が怪しくなってたんだよ。依頼主もお得意様だしさ。でも、魔王なんてそうそう落ちてやしない。このまま職場を追い出されちゃうかと思ったけど――丁度良かった、落ち目の魔王がいて」



ずるずるずる。


「え、やだ、ちょっと、あんたどうしてこんなに力強いのよ――?」


「なんだ、知らなかったの? 魔王城に籠もって魔王然と威張ってるだけで生きていける時代はもう終わったんだよ」


ずるずるずるずる。


「今時サンタやってんのは、勇者になり損ねたやつらなんだよ。物体通過能力も飛行能力も、基礎的な腕っぷしだって、現職の勇者には及ばなかったんだ。かといって、異能力を持ってるってだけで気味悪がられて普通の人たちには溶け込めない。だから、半分ファンタジー半分リアルの中途半端な僕たちは、同じくボーダーラインの瀬戸際に立たされてるサンタの伝統を細々と繋いでいくことにしたんだ。僕たちの生半可な能力でも、命賭けてドンパチやるわけじゃなきゃ十分なもんだ」


ずるずるずるずるずる。


「え、でも、首って、え? 首って――」


引きずる重さが背後で血の気を失っていくのが見なくても分かった。


「大丈夫、ウチの方で七分殺しにしてから届けるから、子供でも一発で息の根を止められるよ」


ずるずるずるずるずるずる。


煙突の外に出た。有無を言わせず押さえ付けて鎖で縛り上げ、猿轡をかませて橇に放り込む。


「だからさ」


僕は橇を蹴り出した。


「なりそこないの僕にも、七分だけ、本物の勇者の気持ちを味わわせてくれないかな」

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E世界 めぞうなぎ @mezounagi

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