第10話
「はい、お返し〜」
飛んできたコーラの缶を落としそうになりながらも受け取る。
「俺コーラ飲んだことないんだけど」
「何事も経験だよ。おいしいよ、コーラ」
プルタブに指でぎゅっと力を入れると、プシュッと小気味よい音が鳴り開いた。そしてぐいっと一気に
「結構うまいな」
「でしょ?」
旧校舎の手前にある中庭に自動販売機はある。
旧校舎と距離は近い。ただ、第一校舎と第二校舎に設置されているものより、種類が少ないのが難点だ。
二人して飲みながら旧校舎へと入った。
沈静な廊下には二人分の吐息の音しか響かない。
いや、そんな小さな音は響かねえな…。ただ、そう錯覚してしまうほどには静かな、静かな時間だった。
「お前、優等生だろ?サボってよかったのか?」
いつまでも静寂に浸ってはいられないので、気になったことを聞く。
巴がきょとんとしている間に俺の話をしよう。
俺は時々、授業やらHRやらをサボることがある。一番サボる率高いのは委員会決めな。
お互いやれよやれよと目配せで会話が繰り広げられるあの空間は納豆の次くらいに苦手。気遣って立候補しちゃいそうになる…。なんでいつも保健委員会って残るんだろうな。
そんな俺に比べ、巴は誰がどこからどう見ても優等生だ。
眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能、スタイル良し、おまけに誰にでも分け隔てなく接する優しさも持ち合わせているとなると、もはや優等生の域をも超えているように思う。
しかし、得てしてこういう完璧美少女には……、
「優等生、ね。わざと言ってるのかな?涼也君」
裏の顔がある。絶対ある。
古今東西の漫画やゲームを見たりやったりした俺が言うのだから間違いない。
実例がここにいるしな……。
見てくれこの冷たい笑顔。目が、目が笑ってないんだぜ…。
「わ、わざとじゃない。客観的事実を言っただけだよ」
「要するに皮肉じゃない。誰からも好かれて、みんなに期待されることの本当の意味を知らないからそんなこと言えるんだよ殺すよ?」
「すいませんでした。全面的に僕が悪かったです」
「分かればいいんだよ分かれば。ははは」
巴は優等生という十字架を背負い続ける為に、本性を隠している。俺が去年の秋、文化祭のときに見抜いてから、俺と二人きりのときは大体こんな感じだ。とても怖い。
昨日屋上で話したときも、巴の提案を聞いた後、断って帰ろうとしたらしつこく付きまとわれた。それでも逃げたんだけどね!
で、今俺を誘ってこうしているということは俺の弱みでも握ったんだろうか。
別に俺の弱みなんてバラされてもこれ以上評判の落ちようがないから意味ないと思いますがどうでしょうか巴さん⁉︎と聞きたいところだが、ある可能性が浮かんでしまったので戦略的撤退をすることにした。
「そっちは第一校舎だよ?先生に見つかっちゃう。一緒にサボろうって、言ったよね?」
背を向けた俺の肩に置かれた手は驚くほど冷たく、耳元で囁かれた声は、体の芯を貫いた。
口元がひくつき、鳥肌が立つ。冷や汗がたらりと背中を流れた。
「は、はい。……で、ででで何の用でしょうか」
巴は満面の笑みだ。ひいい、怖いよお。怖すぎてプププランドの大王みたいな噛み方したよお…。
ただこれはフェイク。
巴の本当の笑みは、人をいじめているときに見られる。これから見れそーで楽しみだなぁワクワク。
「本当は分かってるでしょ?私の言いたいこと」
首筋をそっと撫でられる。ほぼ抱きつかれているような格好だ。
先に言っておくと、俺に色仕掛けの耐性は全く無い。
ついこの前までラッキースケベをすれば「ご、ごごごごごごめんっ‼︎わざとじゃないんだ‼︎」とか言っていたことを考えれば、顔が赤くなる程度で済んでいるのはたたたたたいした進歩だと思いまする?
「だ、だから、分かってるだろ?そんな誘い俺が乗るわけ……」
「えっ、なんて?」
巴が胸元から一枚の写真を取り出す。そして目の前に突きつけられた。
よく見ると、
どこら辺がアウトなのかというと、家の玄関で涼華がおれに馬乗りになっているとこら辺かなっ。
本当は涼華が玄関で盛大につまずきこけたところを前にいた俺がクッションにされたということなのだが、いかがわしいシーンに見えなくもない。二人とも顔超赤いし。
もし、これがバラまかれでもしたら。
涼華に『実の兄とそういうことまでした超ブラコン女』というレッテルが貼られてしまう。それだけは駄目だ。
「巴〜、総研部やろうぜ〜」
「中なんとか君かな?まあとにかく本音が聞けて嬉しい。やっぱり涼也君は優しいなあ」
出ましたっ‼︎巴さんの本当の笑顔‼︎にたぁってかんじがとてもいいとおもいます、まる。
巴はそれだけ言うと、満足げに息をついて第一校舎へ向かっていった。
取り残された俺は、苦い気持ちをコーラとともにグイッと飲み込みお気に入りサボりスポット「屋上」へと足を向けた。
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