第9話
第一校舎の裏は告白スポットとして有名である。
俺も大昔、一度だけここで告白されかけたことがある。他の美少女が乱入して修羅場となったのはもはや言うまでもない。ほんとしんどかった……。
そして今。
俺はそこへ向かって走っている。
もちろん、今女子を無理矢理掃除用具倉庫へ連れて行こうとしている男三人を止めるためだ。
大声を出してもいいのだが、俺が叫んでいる間に倉庫に入られて鍵を閉められたらアウトだ。
やっとのことで辿り着く。運動なんてろくにしていなかったためか息が切れていた。
「あ、何見てんだヒーローさんよぉ」
主犯らしき男が俺を認識する。あれ、こいつ俺をいじめてた主犯じゃねぇか?
「離せよ。嫌がってるだろ」
その女子は縋るような目で俺を見ている。
残念だが俺はそんなかっこいいヒーローじゃないんだなぁ。それが。
「はっ、あくまでヒーロー気取りってわけか。さすがラブコメやってただけあるなぁ」
「なに、もしかして羨ましかったの?でも残念。お前の想像よりもっと残酷なもんだよ、ラブコメなんて。お分かり?三下気取り君?」
ざりっと、主犯の男が足元の砂利を鳴らした。
「は、は〜ん。ベタな挑発だな、元ラブコメ野郎。そうやって女子から好感度集めんのキモいぜ?あんだけされといてまだモテてえのか?あ?」
俺が今やるべきことはこんな三下と対話することじゃない。あの子を助けてあの子から嫌われることだ。
「ああ、モテたいな。誰でもいいから俺のことを見てほしい。まあ、モテない奴に言っても意味ないか。ヘボヤンキーは黙っといてくれ。君、助けたら俺に惚れてくれよ」
女子は顔を青くしている。最低の気分だ。でもこうしないといけない。
「…………随分と口が悪くなったなぁ…殺す」
案外早く釣れた。
主犯の男に続き、他の二人も掃除用具を装備して走って来る。
……バカだなぁ。その子を人質にすればよかったものを。って考えつく俺最低だな。てへぺろっ☆
「おらぁ‼︎」
「……」
ほうきやらバケツやらを当ててくるが、難なく受け流す。
簡単な作業だ。そこいらにいるチンピラと大差ない。
三人の男は疲れてきたのか、動きが鈍くなっていき、最後には肩で息をしはじめた。そこへすかさず間を詰めうなじへ手刀を打つ。
バッタバッタと男たちが倒れていく姿に女子は目を丸くしている。いや、殺してないからね?
「授業、遅刻するぞー。俺に襲われたくなかったら早く行けー」
そう言うと、女の子は小声でお礼を言い足早に去っていった。
春なのに、風が少し強い。
桜の花びらが、風に吹かれ次々に舞い散っていく。
その様子はなんとも幻想的で、儚く、思わず小さいため息をこぼした。
肩にかかった花びらを払い、第一校舎へと向かう途中、渡り廊下で後ろから声をかけられた。
「報われないね。
「いんだよ別に…。俺は嫌われたいんだ。ほら、俺って独り好きだし」
「でも涼也君、悪くない人に悪口とか絶対言わないよね」
綺麗に整った顔が俺の顔にぐいっと近づけられる。
シャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐった。
「……すぐに思いつかねえだけだ。思いついたらそりゃマシンガンのように…」
巴がにまーっと笑った。
「じゃあ私の悪口言ってみてよ」
「う、うるせえブ……ブ…総研部には入らねえぞ。授業遅れるから早く行くぞ」
「へへっ、やっぱり変わってないね。優しいじゃん」
「用がないならもう行く」
もうすぐ始業のチャイムが鳴る。一限目は俺の好きな世界史だ。
俺が歩き始めると腕をぐいっと引っ張られた。
「おい、しつこいぞ」
「ねぇ」
巴は少し俯いていたがすぐ顔を上げた。そこには愛想のいい普段の笑顔とは全く別次元の、冷たい無機質な笑みがあった。
──あー、この笑みはまずいな……。
「授業サボろうよ」
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