第6話
俺が総合研究部、もとい
部長だった
ただ逃げていただけなのかもしれない。
いや、逃げていた。
見えてきていた限界からただひたすらに逃げたかった。
いつまでもこの心地いい現状から抜け出したくなかった。
でも、そんなことできるわけなくて。
いつか絶対に訪れる物語の結末を、俺が選べるわけなくて。
だからこそ、もういいやと、俺はその賑やかな部室から逃げ出したのだ。
☆ ☆ ☆ ☆
揺れていた。
ユラユラと、まるで誰かが漕いだ後のブランコのように。
「起きてよぉ‼︎お兄ちゃん‼︎」
ハッと目を覚ます。見慣れた天井に、見慣れた妹。間違いなく俺の部屋だ。
「お腹すいたぁ‼︎」
「分かった分かった分かったから」
俺は布団から手を出し、枕元に置かれたスマホを取って時間を見る。午前六時。
「すぐ行くから下で待っとけ」
これは嘘である。清々しい程に嘘である。とにかく寝たい。なんでこんな早くに起こしに来るのだろうか。眠い。
「嘘。前もそう言って二度寝したじゃん」
うーん、バレてたかー。どうしよう。そうだ寝たふりしよ。
「……ってお兄ちゃん⁉︎嘘でしょ⁉︎ねぇ‼︎ねぇってば‼︎」
ここからは俺の忍耐力が試される。
涼華はこの状態になると、かなり面倒くさい。俺が起きるまで揺さぶり続け、起きる気がないと分かると、我が家の最終兵器である『掃除機』を召喚し俺に襲いかかる。
確かに掃除機は手強い。強烈な吸引力、重量のあるボディ。そしてなにより恐ろしいのがその音。家の掃除機は涼華が生まれた頃からあるかなり古いやつで、最新のものと比べるとうるさいのだ。とてもうるさいのだ。騒音で俺が訴えるレベル。
両親は仕事。涼華はヘッドホン装備。つまり今、襲われたときにこの場で被害を受けるのは俺一人であり、そんな俺はとても可哀想なのである。
しかしそんなこと恐れずに立ち向かって行くのがこの俺。ヒーローは孤独でも逆境を覆す。別にぼっちなだけでヒーローではないけど。
「うう、起きない。こうなったら……」
不穏な独り言を最後に人の気配はパタリと無くなり、階段を降りる足音が聞こえる。さあ、勝負だ涼華。
──と、ここで俺は重要な事実に気付いてしまった。
「俺、寝る為に起きて戦ってたら寝れなくね」
これぞ本末転倒。戦っている間は、俺の意識が覚醒してしまう為眠れないし、涼華は俺が起きるまで攻撃を止めない。どうりで俺勝ったことないと思った。涼華が起こしに来た時点で勝負ありだったのである。最初から俺に勝ち目なんて無かった。なにそれ超理不尽。
この世の不条理に内心嘆いていると、ガコガコという不吉な音とともに涼華が部屋に入って来た。
あれ、鼻歌歌ってないな。ヘッドホンつけてないのか…?まあいい、ここは大人しく降参──、
「はぁ〜あ。なんで私がわざわざこいつを起こしに来なきゃいけないんだろ。早く一人暮らししないかな…」
──できるかバーカ‼︎なに今の。めっちゃ素だったよね今。本音?いや、仮面被ってるのは知ってたけどさ。素顔黒すぎない?兄に対して。
ザクッとコンセントをさす音が聞こえた。あんなの聞いたらちょっとマジで抵抗したくなるよね。
布団から手を離す。秘技、「完全に爆睡だから今なにしても無駄だよっ?アピール」だ。
「よいしょっと」
涼華が軽々しく布団を払う。地獄の始まりだ。
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