第6話

 俺が総合研究部、もとい総研部そうけんぶを辞めたのは、去年の十二月。冬休み前だった。

 部長だった玉垣巴たまがきともえに、退部届を提出し、ひとり降りしきる雪の中家路に就いた。これにより、明確に俺のキャッキャウフフな王道ラブコメ生活は終焉を迎えた。廃部になったことを知ったのはその数日後だ。


 ただ逃げていただけなのかもしれない。


 いや、逃げていた。


 見えてきていたからただひたすらに逃げたかった。

 いつまでもこの心地いいから抜け出したくなかった。


 でも、そんなことできるわけなくて。


 いつか絶対に訪れる物語のを、俺が選べるわけなくて。


 だからこそ、もういいやと、俺はその賑やかな部室から逃げ出したのだ。


  ☆  ☆  ☆  ☆


 揺れていた。

 ユラユラと、まるで誰かが漕いだ後のブランコのように。


「起きてよぉ‼︎お兄ちゃん‼︎」


 ハッと目を覚ます。見慣れた天井に、見慣れた妹。間違いなく俺の部屋だ。

 涼華りょうかは俺が起きたのを確認しても尚、俺の肩をガクガクし続ける。


「お腹すいたぁ‼︎」


「分かった分かった分かったから」


 俺は布団から手を出し、枕元に置かれたスマホを取って時間を見る。午前六時。


「すぐ行くから下で待っとけ」


 これは嘘である。清々しい程に嘘である。とにかく寝たい。なんでこんな早くに起こしに来るのだろうか。眠い。


「嘘。前もそう言って二度寝したじゃん」


 うーん、バレてたかー。どうしよう。そうだ寝たふりしよ。


「……ってお兄ちゃん⁉︎嘘でしょ⁉︎ねぇ‼︎ねぇってば‼︎」


 ここからは俺の忍耐力が試される。

 涼華はこの状態になると、かなり面倒くさい。俺が起きるまで揺さぶり続け、起きる気がないと分かると、我が家の最終兵器である『掃除機』を召喚し俺に襲いかかる。


 確かに掃除機は手強い。強烈な吸引力、重量のあるボディ。そしてなにより恐ろしいのがその。家の掃除機は涼華が生まれた頃からあるかなり古いやつで、最新のものと比べるとうるさいのだ。とてもうるさいのだ。騒音で俺が訴えるレベル。


 両親は仕事。涼華はヘッドホン装備。つまり今、襲われたときにこの場で被害を受けるのは俺一人であり、そんな俺はとても可哀想なのである。

 しかしそんなこと恐れずに立ち向かって行くのがこの俺。ヒーローは孤独でも逆境を覆す。別にぼっちなだけでヒーローではないけど。


「うう、起きない。こうなったら……」


 不穏な独り言を最後に人の気配はパタリと無くなり、階段を降りる足音が聞こえる。さあ、勝負だ涼華。


 ──と、ここで俺は重要な事実に気付いてしまった。


「俺、寝る為に起きて戦ってたら寝れなくね」


 これぞ本末転倒。戦っている間は、俺の意識が覚醒してしまう為眠れないし、涼華は俺が起きるまで攻撃を止めない。どうりで俺勝ったことないと思った。涼華が起こしに来た時点で勝負ありだったのである。最初から俺に勝ち目なんて無かった。なにそれ超理不尽。


 この世の不条理に内心嘆いていると、ガコガコという不吉な音とともに涼華が部屋に入って来た。

 あれ、鼻歌歌ってないな。ヘッドホンつけてないのか…?まあいい、ここは大人しく降参──、


「はぁ〜あ。なんで私がわざわざこいつを起こしに来なきゃいけないんだろ。早く一人暮らししないかな…」


 ──できるかバーカ‼︎なに今の。めっちゃ素だったよね今。本音?いや、仮面被ってるのは知ってたけどさ。素顔黒すぎない?兄に対して。


 ザクッとコンセントをさす音が聞こえた。あんなの聞いたらちょっとマジで抵抗したくなるよね。

 布団から手を離す。秘技、「完全に爆睡だから今なにしても無駄だよっ?アピール」だ。


「よいしょっと」


 涼華が軽々しく布団を払う。地獄の始まりだ。



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