第5話

 桐町きりまち高校の第一校舎の屋上は、申請や手続きをしなくても勝手に使用することができる。ちなみに、第一校舎の向かい側にある第二校舎の屋上はプールになっている。そこそこ広い。

 普段の昼休みは大勢のリア充達がわちゃわちゃいちゃいちゃしているが、始業式の日の昼の屋上に残っているのは俺とともえの二人だけだ。


「……カフェオレ、好きだったよな?」


 手に持っている缶のカフェオレはあったか〜いはずが、少しぬるくなっていた。


「うん、ありがと」


 巴は嬉しそうに微笑みながら、薄いスクールバッグの前ポケットから財布を取り出した。俺はそれを押しとどめる。


「俺が勝手に買ってきて勝手にあげるだけだからお金はいらない」


 俺が言った後、巴はキョトンと俺の顔を見つめていたが、やがてクスッと口に手を添えて小さく笑った。


「なんか変なこと言ったか、俺」


 唇を尖らせ、不機嫌アピールをすると、巴は焦ったように手をブンブン振った。


「違うの!……髪型とか性格とか表情とかはまるっきり変わったのに、不器用なりに優しいところだけは変わってないな〜と思っただけ」


 優しい、か。フォースの導きによって、俺がダークサイドに堕ちる前は何万回と言われた言葉だ。シスの暗黒卿となった後も言われるとは…。ダースベイダーもびっくりである。


「で、俺に何の用だ?」


 巴はビクッと肩を震わせる。そして照れたように頰をポリポリかいてから口を開いた。


涼也りょうや君って今部活どっかに入ってるの?」


 北岳の天然水が入ったペットボトルのフタを開ける。なんで富士山じゃないの?そんなことを考えていたら、巴と目が合ってしまった。真剣な表情だ。


「別に。入ってねぇけど」


 水を一気に飲む。やはり一口では飲み干せなかったので一旦フタを閉じた。やけにのどが渇くな…。家族や先生以外の人と二人きりで話したのが久しぶりだからかもしれない。


「私さ」


 巴が言い淀んだ。だが、それはほんの一瞬で、俺が「ん?」と言う前には続きの言葉が出ていた。


総研部そうけんぶを復活させたいんだよね」


 先程から頰を優しく撫でていたそよ風がピタリと止んだ。


「……。一応確認な?そのソーケンブってのは総合研究部そうごうけんきゅうぶのことか?」


 俺のシックス・センスが「ちょ、これ、おま、これはやべーって‼︎」と叫んでいる。嫌な予感がビンビンする。


「それ以外なにがあるの」


 強い口調で否定された。ですよねー。


 総合研究部とは、俺や、俺の周りにいた美少女達が所属していた、というか設立した文科系の部活動であり、俺を主人公としたハーレムラブコメが繰り広げられた舞台でもある。

 本来の活動は、何かひとつ大きなテーマを決めて、何班かに分かれて、そのことについて徹底的に研究、調査し終わったらお互いに発表しあうというものなのだが、そんなことをした覚えが俺には、ない。とにかく毎日わちゃわちゃいちゃいちゃ騒いでいたのは確かだ。そして巴は総研部の部長だった。

 全く中身のない部活だったのに、生徒会に目をつけられなかったのが最大の謎として残っている。


「──って聞いてるの⁉︎」


 去年のことを思い出していたら軽く頰をつねられた。形の良い、ほっそりとした指だった。


「うぉっ⁉︎ゴホッゴホッ……。悪い、なんだっけか。」


「もう…」


 巴はプンスカと擬音が出そうな感じで怒る。並の男だとここで「んほぉぉぉおお‼︎‼︎巴ちゃんマジ天使‼︎」となるのかもしれないが、一年前ならいざ知らず、今の俺はそんなにちょろくない。妹で慣れてるしな、こういう怒られ方。


 猫舌なのか、ちびちびとカフェオレを飲む巴はやがてふぅと息をつき、缶を近くにあった柵の上に置いた。ポツリポツリとある雲は気ままに風に流されている。そんなことをぼーっと見るくらいには間があった。


 だからこそ、その言葉は、屈折することなく、何者にも邪魔されることなく、真っ直ぐに俺の耳に届いた。




「総研部を、一緒にやり直して欲しいの」



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