第4話
「なんであんなことしたんだ?」
生活指導の
相談室の角に追い詰められた俺は、高見先生から目を逸らしながらしどろもどろに答える。年上の美人への耐性は皆無だ。
「あ、あれは事故です事故。イスを故意に破壊するつもりはありませんでしたっ」
嘘は…言ってないよな。高見先生は深々とため息をつく。
「はぁ、君といい君の妹といい……。なんでそう不器用なんだ」
「妹がなんですか?」
間髪入れずに答えたせいか、高見先生は目を見開く。
「……気づいていないのか?…まあいい、とりあえず私の質問に答えろ。なんであんなことしたんだ?」
さっきと同じ質問を、さっきと違う哀しそうな目で言われた。
「いや、だから」
もう一度丁寧に説明しようと姿勢を正すと、肩にポンと手を置かれた。
「違う。私が言いたいのは何故そこまで自分を犠牲にするのか、ということだ」
「……え?」
俺がポカンとなっていることを確認してから、高見先生は俺の肩から手を離し、窓枠にもたれかかった。
「あのとき、君が座る直前にイスはバキッと鳴っていた。つまりあのデブ二人がイスを破壊したということだ。それは君が一番よく分かっていただろう?」
無言でコクリと頷く。実際そうだった。俺が座る直前に何かが割れた音はしていたし、あの女子二人はそれを分かった上で、俺に全てを押し付けたのだろう。それにしてもデブって。
「じゃあ何故、一瞬の迷いもなく自分から泥を被ったりした?」
特に何もない天井を見上げながら淡白に答える。
「めんどくさかったんですよ。いちいち反論したり喧嘩するのが」
「嘘をつくな」
──思わず高見先生を見る。
彼女は俺の目を見ているようであって、俺の心を見透かしていた。
「……先生、正しいことはいつも正しいと思いますか?」
高見先生はゆっくり目を閉じ、口元に微笑をたたえながら言った。
「思わない」
片目を開いて続きを促される。
「絶対正義なのは『数』です。多数派の意見の前では少数派の意見は簡単にねじ伏せられる。たとえそれが正論でも、です。あのときは俺一人に対して相手は二人。いくら反論しても意味なかったんですよ。勝てない戦をして本来なら買うことのなかった周りからの怒りを買うことになることよりも、従って戦う前から負けを認めたほうがよっぽど良いんです。と言っても俺はいつもだいたいひとりなので戦えば『常敗無勝』なんですけどね」
ふぅとため息をつく。予想通り、高見先生は呆れかえった顔で俺をジトッと見つめていた。
「思っていたより歪んでしまっているようだな…。その思考は君の経験則から来ているのか?」
まさに単刀直入。その言葉は暗に俺へのいじめの件を指しているようだった。言ってないんですけど…。
「先生って」
「私は」
俺の言葉を遮り、高見先生は声を張り上げた。その声音はすぐに優しいものになる。
「君から相談しに来るまで待っているぞ」
突き放すようで、どこまでも優しい言葉。
危ねぇ、惚れかけた。
「説教終了。帰っていいぞ」
高見先生はそれだけ言って、スタスタと相談室を出ていった。
かっけぇな、あの人は。
俺もあれくらい周りを見れたら……。
長机に突っ伏し、しばらくうとうとしていたが
時計は十一時四十分を指している。自販機でカフェオレと天然水を買った後、俺は重い足取りで屋上へ向かった。
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