第3話
入学式兼始業式が終わった後は、新しいクラスでのHR《ホームルーム》がある。
体育館の前に貼り出されていたクラス表を確認し、二年三組の教室へ向かう。相変わらず俺の周りでは騒いでいる奴が多い。
「お、また一緒じゃん⁉︎よろしくね〜」
「よろ〜!」
あそこで軽めの挨拶を交わしている女子二人はあまり仲良くないのだろう。引き攣った笑みや目線が下へいってることなどから分かる。
去年の秋頃から教室で孤立していた俺は、いつのまにか人間観察のスキルがメキメキと育っており、他人の仕草や表情、目線などで、おおよその本心を見抜くことができるようになった。悲しい特技だ。
ひとり教室までの廊下をテクテク歩いていると、前から見知った顔が、何人かの友達を連れてこちらに歩いてきた。
去年の入学式の日、家の近くにある桜の木の下で出会った美少女だ。あの日あのときあの場所でラブストーリーもとい悲劇は始まってしまったのである。
少し赤みがかかったセミロングの黒髪に、桜の花をあしらった髪留めをつけ、パッチリと開いた大きな二重の目は見る者に快活そうな印象を与える。妹とはまた別のタイプの美人だ。
「あ、
無視しても良かったのだが、ここで無視すると「なんであいつ巴のこと無視したわけ?きもーい死ね」とか周りから言われる可能性があったので、顔を上げる。
「ねぇ、巴。この人って……」
「
巴は困ったようにはにかみながら、俺に向き直った。スカートの裾をキュッと握っている。
「俺なんかと話してると悪い噂たつぞ」
巴が口を開くより先に、俺は口を開いた。
「………っ⁉︎りょ、涼也君って、そんな喋り方だっけ……?」
少し、胸が痛む。
「変わったんだよ」
巴は目を見開いているが、気にせず続ける。
「なんか用か?」
俺が少し早口になると、巴は焦ったように身をよじる。
「ふぇ⁉︎え、えーと…。HR終わった後、時間ある、かな?」
ちらちらと窺うような視線をもじもじという体の動きとともにプレゼントされる。並みの男子ならここで「え、告白⁉︎」と胸をときめかせるだろう。だがしかし、俺の経験則と、人並み外れた人間観察能力から推測するに、これは恐らく面倒ごとだ。
俺の脳が、直感が先程から「逃げろー‼︎また面倒なことになるぞー‼︎逃げろー‼︎」と叫んでいるが、巴の静かな決意を宿した瞳を見ていると、なぜかそこから動けなかった。何か、大事な用なのだろうか。
「俺、
体育館を出る前、生活指導の先生にHRが終わった後相談室に来るように言われている。イスのことだろうなぁ。
「どのくらいかかりそう?」
「分かんねぇ。十二時までには終わるんじゃねぇか?っていうかどこで待ち合わせんだよ」
巴がハッとしてアワワとなる。考えてなかったんかい。
「ええと…、じゃあ屋上で待ってるね」
頰を朱に染めてバッと窓の方に振り向きながら、巴は視線だけこちらに向ける。換気のためか、開けられている窓から爽やかな風が吹き抜け、外からのうららかな日差しに照らされた髪がはらはらと揺れた。
「十二時過ぎても来なかったら悪いが帰っててくれ。そうなったら話はまた後日聞く」
それだけ言ってじゃ、と軽く手を挙げると、ポツリと、巴は小さな声で呟いた。
「やっぱり…全然変わってないよ。涼也君は……」
意味がわからなかったので、聞こえなかったふりをして、その場を去った。
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