第1話

 真実を言えば、ほとんどのラブコメはハッピーエンドを迎えられていない。

 男一人、女一人のただの純愛なら、その二人が付き合うなり結婚するなりして終わりだが、男一人に対して複数の女が好意を持つ昨今のラブコメでは、ハーレムエンドに突入しない限り、誰かの想いは絶対に届くことはないので、全員が幸せになることはないのだ。いや、ハーレムでも独占欲が強い女子だったらあまりいい気はしないか。


 つまりラブコメはみんなが幸せになることは無いし、逆に傷つく可能性が高い。


 唯一幸せになる者がいるとしたら、それは傍から見ている傍観者だ。


 確かに全員幸せハッピーエンド‼︎などとんだ理想論なのかもしれない。ただ、複数の女が、好意を持っていた男を忘れられるのなら。他の誰かと恋愛して、幸せになれるのかもしれない。


 俺の場合、誰の想いも届かずそのまま疎遠になるという最悪のエンドを迎えてしまった為、誰も、幸せになんかならなかった。


 ☆  ☆  ☆  ☆


 涼華りょうかと買い物に行ってから今日、始業式の日まで俺は一歩たりとも外へ出ていない。

 俺の春休みの間の主な生息場所は、自分の部屋か、リビング。

 家族には、俺がいじめられていた件については話している為、俺が家に引きこもっていることに関して両親には何も言われなかった。涼華には色々言われたけど。


 俺は手元にあった文庫本を、丁寧に本棚に並べなおすと、朝食を作る為、制服に着替えた後、ゆっくりと階段を降りた。

 リビングの前にあるドアに手をかける。

 すると、階段の上から朝日より眩しいんじゃないかというぐらい元気いっぱいの声が聞こえた。涼華だ。


「今日はちゃんと起きれたんだ〜」


 涼華はタタッと軽やかに階段を降り、俺の隣に並んだ。

 軽く肩が当たっているが、それにドキッなどと胸を高鳴らせるのは、一年生のときの俺だけだ。


「寝てねぇだけだよ」


 俺は涼華の方を見向きもせず答える。涼華は不機嫌そうにむぅ〜と低く唸った。


「お兄ちゃん最近冷たい。せっかく……」


 言ってから涼華は一瞬ハッとした顔になるが、やがてバツが悪そうにそっぽを向いた。


「……?なに、なんなの?」


「もぉいいから!早く入ってよぉ!」


 涼華は、俺をぐいぐい押して、全く動かないと分かるとふんっと鼻を鳴らし一人で先にリビングに入った。

 俺もなんだよあいつと特技の独り言をブツブツ呟きながらリビングに入る。

 涼華はだらしなくソファーに寝そべっていた。


「おい、朝飯なにがいい?」


 キッチンへ向かいながら、少し声を張り上げて聞くと、涼華はソファーからピョンっと跳び起き、目を輝かせる。


「ちょっとは気遣えるようになったんだね!あたしフレンチトーストがいい‼︎」


 なんだこいつ。毎朝問答無用でアジの開き作ってたことまだ根に持ってんのか。美味しいじゃん、アジの開き。

 俺はキッチンの下の棚から食パンを取り出しながら言う。


「あ、なに?アジの開き?」


「ふ、れ、ん、ち、と、お、す、と‼︎」


 言ったきり涼華はプイッと顔を背け、テレビをつけた。


「ああ、あれ流しといてくれ。あの…なんだっけ、昨日やってたモノマネのやつ」


「THE MONOMANE……?」


「それそれ。俺が予約しといたやつ」


 俺が冷蔵庫から卵を二、三個取り出す。あー、明日買いに行かねぇと。

 録画一覧を見ていた涼華が一瞬、引き攣った笑みを浮かべた。え、なにその顔。まさかとは思うけど…。


「そ、それはちょっとなー。あたし『おはようテレビ』見たいし……」


 そのまさかだった〜‼︎誤魔化しが下手すぎるわ。しかもお前『ZAP!』派だろ。毎朝テレビの前で「せ〜の、ZAPッ」ってやってるのお兄ちゃん見てたからね。なんなら「お兄ちゃんも一緒にやってよ‼︎」とまで言ってたからね。


「消したのか?」


 俺が若干声を鋭くする。涼華はえへへ〜と困ったような笑みを浮かべた。これは黒ですね警部。


「ごめんね。間違えて消しちゃったの…」


 涼華がシュンとうなだれてこちらをちらちらと申し訳なさそうに見る。俺は冷蔵庫から牛乳と、キッチンの上の棚から砂糖を取り出し、淡々と告げた。


「いや、別にいい。じゃあ『ZAP!』流しといてくれ」


 涼華は一瞬キョトンとした顔になるが、やがて不安そうな表情になる。涼華がソファーから立ち上がったせいか、軽くギシッと軋むような音がした。


「怒ってない?」


 俺がトーストの焼き加減を見ていると、いつのまにか涼華が横に立っていた。


 ──誰の声かと思った。一瞬。


「………。全然怒ってなんかねぇよ。見逃し配信でいつでも見れるし。だから気にすんな」


 俺はニコッと笑う。レアだぞ、俺の笑顔。

 涼華はホッとしたのか、そう、とだけ言って微笑んだ。俺の顔が少し熱くなったのは、きっとフライパンから出ている熱気のせいだ。


 今さっきの涼華は「素」だった。普段の取り繕ったような明るさや仕草はどこにも無く、凛とした、透き通るような声と、触れてしまえばすぐに吸い込まれそうな、不思議な魅力を持ったその表情。それにより整った目鼻立ちがより一層引き立てられ、今まで出会った女子の誰よりも、綺麗だった。ほんとに俺の妹なの?こいつ。


 だから、分からなかった。

 なぜ、涼華が自分を偽ってまで明るい女の子を演じているのかが、俺には全く分からなかった。








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