ラブコメに失敗しました。
安芸天聖
プロローグ
二階にある俺、
家の前の道路を通る人々は、この桜の木を見て様々な表情を見せる。
ある人は嬉しそうに顔を
今通ったサラリーマンらしき男は桜の花には目もくれず、足早に、腕時計をちらちら見ながら歩いていった。
俺はそれを見届けると、ふあっと大きな
もう起きてしまえとうるさい太陽の光をカーテンで遮断し、未だ鳴り響く目覚まし時計のアラームのOFFのボタンを全力で叩いたあと、ふんっとひとりで気持ち悪く笑い、そのまま枕へ顔を
高校生活の二年目が始まるまであと一週間。
友達がいない俺は、この春休みを寂しく家で過ごすことになる。
今更友達がいないことに後悔なんてしていない。この現実を受け止め、ぼっちと上手に付き合っていくことをとっくの昔に決意している。
なんせ原因は俺自身にあるのだから。
「お兄ちゃぁぁあん‼︎朝だぞぉぉお‼︎」
今部屋のドアを絶叫しながら蹴っ飛ばしたのは、妹の
涼華は俺の反応がないことを確認すると、すぐに部屋を出て行く。ドア閉めてけよドア。いくら三月後半とはいえ朝はちょっと寒いんだからな。
ドアを閉じてしばらくしてから夢の世界へ旅立とうとしていると、パタパタと階段を上る音が聞こえてくる。
俺たちの両親は共働きで朝早くに家を出るので、今この家にいるのは涼華と俺だけだ。なので、この足音は涼華のものだ。また来たんか。
足音が部屋の前でピタリと止むと、ガタゴトと騒々しい物音がし始めた。なに、動く城でも作ってるの?
やがてその音も止むと、この家が静寂に包まれた。きっと世界が終わったんだろう。生き残りは俺一人。なにそれ超楽しそう。
「っ……らぁっ‼︎」
俺の夢とドアを蹴っ飛ばして涼華が部屋に侵入した。寝たふり開始っと。
「いい加減起きてよ‼︎せっかく今日友達都合悪くて遊べないから嫌々仕方なくお兄ちゃんの相手してあげようと思ったのに‼︎」
嫌々仕方なくならわざわざ起こしに来なくてもいいだろ。お兄ちゃん泣いちゃうぞ。もしくは泣かす。
「むぅ〜…。仕方ない」
涼華はそう言うと、ガタゴトと何かを部屋の前から引っ張ってきた。そしてすぐブゥーンという機械音が聞こえてくる。やべぇ、掃除機だ。
「観念しな、お兄ちゃん」
やばいやばい布団が吸われてる吸われてる。
必死に布団にしがみつくが、徐々に引き剥がされていく。
「降参だ‼︎降参‼︎吸うのやめろ‼︎」
俺がガバッと起きて両手をあげると、涼華は一瞬にこぱっと明るい表情になるが、慌てて咳払いし不機嫌な表情になる。昨日何かのラブコメ漫画で見たぞ〜その照れ隠し〜。美人じゃなかったらフランケンシュタイナー
「……やっと起きた。今何時だと思ってるの」
涼華がカーテンを開けて掃除機を端に寄せながら首だけこっちを向く。
「朝の十時。掃除機、自分で持って降りろよ」
そう言うと、涼華は肩をあからさまに震わせた。ギクッてやつだ。はいはい可愛い可愛い。
「勘のいいお兄ちゃんなんて嫌いだよ……」
「この俺がお前なんかにそうやすやすと利用されるわけねぇだろ。高校の一年間で培った女子への耐性舐めんな」
勝ち誇った顔で吐き捨てると、涼華はどこか仄暗い笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん、一年生のときモテまくってたもんね。お兄ちゃんもお兄ちゃんで超優柔不断だったし。…だいぶ性格変わっちゃったみたいだけど……」
そう、それこそが俺の人生史上最大の黒歴史。
『平凡な僕がいつのまにかラブコメの主人公になっちゃってた⁉︎』事件だ。
入学してからやたらと運命的な出会いが多発し、気づいたら毎日四方八方美少女達に囲まれていた。しかもほとんど毎日がトラブルのオンパレード。そのトラブル解決するたびにまた新しい美少女が俺の周りに加わっていった。
当時の俺は、大変な毎日ながらも楽しいなー可愛いなーとか思っちゃったりしていた。一人称も「僕」だったし。
そんな純粋無垢なラブコメ主人公の性格をダークサイドへと落としたきっかけとなったのが、俺への妬みから起きたクラスの男子による俺へのいじめ。
されたことといえば、無視、体育の時間意図的に独りにさせられる、上靴を隠される、筆記用具を隠される、ノートを盗まれる、あからさまに聞こえる陰口などすべて証拠に残らないようなことばかりで、相談しようにも相談できなかった。しかもそれが陰湿に、継続的に、長期にわたって続いた為、俺の心は徐々に病み始め、美少女達とも距離をとるようになった。幸か不幸か、それによっていじめられる理由が無くなったので、いじめはなくなった。そして元ラブコメ野郎、今空気の「俺」が誕生したのだ。つまり俺はラブコメに失敗した末に生まれた捻くれモンスターということであってなんかかっこいい。うん。
嫌なことを思い出し、そっと目を伏せると、重苦しい空気を察したのか、涼華がたはーっと努めて明るく笑った。
「そ、それよりさお兄ちゃん‼︎買い物行かない?……ほら、お母さん今日誕生日だし…さ」
涼華は俺の方に一歩踏み込むと、不安そうに上目遣いでダメ?と小さく問う。だから俺にそういうの効かないの。慣れって怖い。
軽く頷くと、涼華は満面の笑みを浮かべ、小さくガッツポーズした。
「どこ行くんだよ」
ぶっきらぼうに聞くと、涼華はにししと八重歯を
「それは〜、着いてからのお楽しみってことで‼︎準備終わったらリビング来てねー」
そう言って涼華はピューッと猫のように、部屋から走り去った。だからドア閉めろドア。なんか不安なんだよ、開いてると。
俺はブツブツ言いながらドアを閉める。
すると掃除機が視界に入った。
「あんのやろ……」
──まあ、いいか。
のそのそとクローゼットを開け、着替え始める。
お気に入りのカラフルで、生地の薄いリュックサックに財布だけ入れると、俺は、部屋を出た。
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