第二章 炎神会

炎に導かれし革新派

 テトラから貰った報告は、僕達の予測通りのものだった。僕達が直近に討伐した魔物と、亜人傭兵団によって盗まれた宝珠のは、ほぼ同じだったのだ。


 やはり、一連の事件は繋がっていた。亜人傭兵団を使ってゲルトルーデに実験をさせて僕達の地元を魔物まみれにすることは、僕達にケンカを売るのと同義。亜人傭兵団は所詮雇われだからまだ情状酌量の余地があるかもしれんが、ゲルトルーデと傭兵団の雇い主は話は別だ。絶対にとっちめてやらねば気が済まん。


 ……とは言ったものの、進展はそれっきりだった。


 一応、事の顛末はギルド総会には報告したんだよ。当然、そこにはギルドクラブもいた。ギルド総会も事態を重く見てくれて、この事件に関する情報なら賞金も弾むって各ギルドに通達までしてくれたんだ。にも関わらず、良い情報が集まらない。


 あとギルド総会は『この事件のきっかけは、プラチナアカデミーで行われていた実験が盗まれたことである』ということまでは世間に広めたが、どんな実験が盗まれたかまでは伝えなかった。僕みたいに怒る奴がギルトクラブを叩いて、事態の進展を阻む危険性があるからだって。やはり、ギルドクラブのやっていることは、一般の常識からは逸脱しているのだ。


 解決の糸口も掴めぬまま、クロスファミリーにやってくる魔物討伐の依頼をこなして過ごす日々。戦う魔物はどれも強敵で、普段からグーボンブ地方に棲息しているような奴等とは全く格が違った。そいつらに出会う度に、僕はなんかゲルトルーデの尻拭いをさせられているような気がして、無性に腹が立って仕方がない。


「うあああああああああああああ!」


 とある依頼にて、雄叫びを上げて大百足の目玉に鉄拳を振り下ろすと、そいつは真っ赤な宝珠へと還った。この大百足は、小さな農村を丸々ひとつ囲えるほど巨大だった。そいつのせいで、その地域の農地が壊滅状態だ。グーボンブ地方の食糧事情に悪影響が出るのは必至だろう。


「兄弟。機嫌が悪いぜ。動きが荒くなっている」


「そりゃどうも。なにもかもあいつらが悪いんだよ。全く!」


 近くの石ころを蹴っ飛ばして、僕は吐き捨てた。ゲルトルーデ、亜人傭兵団の雇い主、マジで覚悟しろよ。僕は絶対に、あんた達に渾身の蹴りを叩き込んでやるからな。


 ★★★


 時が経ち、三週間ほど過ぎたある日、僕達は依頼でグーボンブ地方を離れていた。行く先は、グランツール王国首都、サンブレイズ。


 サンブレイズはグーボンブ地方の南部と隣接する都市なのだが、僕達が住んでいる場所からはだいぶ離れている。バイクだとサンブレイズに到着するだけでも一泊する必要があるので、コバデフから鉄道で移動する。それでも、サンブレイズに着いた頃には日が暮れているだろうから、どちらにせよ、僕達は町のどこかで一泊しなければならない。まあ、あそこはデカい街だから、宿には困らなさそうだけど。


 さて、ポリシュドにはプラチナアカデミーギルドクラブがいたように、サンブレイズにもそこを拠点とするギルドがいる。P.E.N.C.I.Lの『E』、炎神会えんじんかいだ。


 炎神会について語るためには、炎神会の会長、ピエール・ド・モレーという人物について説明する必要がある。まず、公式なプロフィールによると、彼はパラディンの団長であるジャック・ド・モレーと、聖なる炎教会の高位聖職者との間に生まれた。この点だけを見ても、彼が僕達とは比べ物にならないほどの生粋のエリートであることが分かるだろう。


 パラディンとは、グランツール王国軍の精鋭部隊で、聖騎士団とも呼ばれる。彼等は所属した日に聖なる炎の祝福を受け、魔に対する耐性を得る。その為、彼等は生身の正規軍でありながら、魔物や魔法士との戦闘技能も高い。


 かつて魔法士が目の敵にされていた時代、パラディンは魔法士を幽閉していた古城の周囲を警護する任務に就いていた。魔法士では到底適わぬ屈強な肉体に加え、魔法耐性を持つという悪夢の組み合わせ――そんな奴等に囲まれていては、古城から抜け出そうとする気力すら失せてしまうだろう。


 パラディンの脅威の記憶は、現在のポリシュドの住人達にも十分引き継がれている。かつて僕達が寝泊まりさせられた例の礼拝堂は、当時の彼等が使っていた礼拝堂をそのまま残したものだ。いくつか改造こそ施されてはいたが、あの礼拝堂の見てくれのボロさを見れば、ポリシュドの連中がどれだけパラディンを忌み嫌っているのか容易く想像できるだろう?


 やがて、ペンシル王が魔法士を解放してプラチナアカデミーを開校させると、パラディン側にも変化が起きる。ここで、ピエール・ド・モレーの登場だ。パラディン団長の御子息だったピエールは、プラチナアカデミーの開校が決まると、真っ先に入学を申し出た。これは、保守的な思想の強いモレー家にとっては到底受け入れがたい大事件で、ピエールを待っていたのは応援ではなく制止と批判の声だった。しかし、ピエールはこれを押し退けて入学する。


「敵を知るという意味でも、私のプラチナアカデミーの入学は、パラディンおよびモレー家とって非常に意義のあることだと思います」


 これは、周囲の反対を説得する時に、ピエールがよく言っていた言葉だそうだ。やがてピエールはプラチナアカデミーを首席で卒業することになるのだが、まさか魔法士達が最も忌み嫌う組織の息子が一期生の一人だったというのは、なんという皮肉だろうか。


 故郷に凱旋したピエールは、自分の魔法の知識をサンブレイズに広めることに尽力する。モレー家および周囲の人々(偉い人達)は彼の活動を快く思っていなかったらしいが、入学を認めてしまった時点で誰も彼を止められないことは火を見るよりも明らかだった。


 ピエールはパラディン団長の息子であるが、実際のところ、軍人である父の血よりも、聖職者である母の血の方を色濃く受け継いでいた。聖職者としての特徴を色濃く持つピエールは、炎を神聖視する教会としての特色を利用して、まずこう主張した。


「聖なる炎教会の教えをより広める為に、せめて火の魔法だけでも衆目に伝えてくれませんか?」


 で、それが通ると、


「火を燃やすためには薪が必要です。薪を増やすためには、豊かな土壌の力が必要です。その為に、土の魔法も広めましょう」


「火をより燃やすためには、風の力が不可欠です。風の魔法も広めましょう」


「火を鎮めるために、水の力が必要です。水の魔法も広めましょう」


 かくして、魔法の文化はサンブレイズ全土に広がったのである。


 やがて、魔物討伐に興味を持ったピエールは、当時最大の覇権を誇っていた魔物ハンターギルド、ゴールドユニオンに所属する。そのギルドが衰退した後に彼が立ち上げたのが、炎神会だ。宗教家なピエールが創立した組織なだけあって、炎神会は他の魔物ハンターギルドと比べると、聖なる炎教会としての特色が最も出ている。


 聖なる炎教会の発展、そして、魔法による産業の発展……サンブレイズの様々な発展を牽引していく姿勢から、炎神会は人々からこう呼ばれるようになった。


 炎に導かれし革新派、と。


 サンブレイズの宿に泊まった翌日、僕達は依頼で呼ばれた場所にいた。グランツール王国の政治・経済の中枢とも呼ばれる地区、ブラックトーチの王立議事堂である。実は、今日は広場でとある議員達のスピーチが行われており、僕達はそこの警護を任された。


 議員が何故どんなスピーチをするのかは、政治に疎い僕達には分からない。けれども、報酬が他の依頼よりも飛び抜けて良かったこと、依頼の背景に引っかかる部分があったこと、以上の二つが理由で、僕達はこの依頼を受けた。


 実はここ最近、サンブレイズで原因不明の火災が相次いで起きているらしい。


 どうせ火の不始末が原因なんだろ。と、思っていた。サンブレイズの街中を見れば分かるのだが、炎を神聖視する聖なる炎教会の町らしく、至る所に篝火や松明が置かれている。そんな危ないもんを町中に置いていれば、どこかで火災が起きるのは当然の結果だろう。


 けれども、実際は違うようだ。街中に灯されているのは魔法の炎なため、万が一松明や火桶がひっくり返ったとしても、周囲に燃え広がらないようにするための術式が施されているのだそうだ。となると考えられるのは、放火だろうか……ある噂によると、誰かが呼び出した魔物という話もあるらしいが。


 で、そんな情報を警戒した国のお偉方が、今回のスピーチの時に魔物の襲撃が起こることを想定して、僕達魔物ハンターにも警護を依頼したというわけだ。当然ながら、快諾だよ。だって、僕達が追いかけている事件の真相に近付く可能性もあるんだしね。報酬もいいし。


 とまあ、そんなわけで、警護の任務を果たすべく、スピーチ会場の適当な場所で兄弟と立っていると、今回の情報の提供者が声をかけてきた。いや正確には、僕達を見るなり、怒りの形相で叱り飛ばした。


「フラッシュさん、シャドウさん、なぜそこでぼさっと立っているのですか! あなた達が指示された場所はそこではありませんよ!」


 僕と同い年くらいの若い女性だ。その容貌は、憤怒の形相を浮かべた程度では断じて損なわれぬほど美しい。纏っている衣服は、赤い修道服であることから、聖なる炎教会のシスターであることが分かる。頭にかぶったウィンプルから長い金髪が顔を覗かせており、起伏の激しい彼女の体型は、ワンピースである修道服のデザインも相俟って、より扇情的に映った。


 彼女が僕達を知っているように、僕達も彼女を知っている。なぜなら、彼女もまた同業者だからだ。


「ごめんジョバンナ、依頼の情報が少なすぎて、どこで立ってればいいか分からなくてさ。教えておくれよ」


 ここで僕は、しまった。と思った。目的地に到着してつい気が緩んでしまったのが、彼女の怒りをより刺激してしまったようで。


「あなた達の持ち場は議事堂前庭にあります。近くに目印の篝火がありますから、そこに立っていてください。しかし、なんですかそのへらへらした態度は! ここは国を背負った議員達がいる場所ですよ? そんな敬意も緊張感も全く見られないだらけた態度でいるのは、議員の方々に対して失礼極まりない行為です。せめて持ち場に付いた時でも――」


「はいはい分かった分かった。知りたい情報は分かったからそこ行けばいいんでしょ?」


「人の話は最後まで聞きなさい! あと、『はい』も『分かった』も一回だけですよ! 分かりましたか⁉」


「はい、分かった!」


 僕達は、彼女から逃げるようにその場を後にした。


 ジョバンナ・ボロス、通称『雷炎らいえんのジョバンナ』は、炎神会に属する魔物ハンターの一人で、会長のピエールを含めた炎神会『十二幹部』の一人だ。十二幹部の全員と僕達は知り合ったことは無いのだが、とりわけ彼女は説教臭い。普段は周囲に笑顔と美貌を振りまくシスターなのだが、気に食わない人がいるとすぐさま説教スイッチが入って止まらなくなる。『雷炎』という名は彼女の戦い方から付いたもんだと思うけど、あれだけ別の意味で雷をドッカンドッカン落としてれば、そりゃそんな異名も付くわな。


 議事堂前庭への移動がてら、僕達は王立議事堂の様子を観察する。僕達は、普段は王立議事堂の前なんてめったに通らないけど、あの正面玄関の壮大さには圧倒される。家屋をまるまる呑み込めるほど巨大な門を見ただけで僕は議事堂の全てを見た気になってしまうのだが、実際の全貌は更に大きく、てっぺんを見ようとすればたちまち首が痛くなる。周囲の建物もそれなりに高さがあるから分からなくなるのだが、王立議事堂はブラックトーチの中で最も巨大な建築物なのだ。


 そんな正面玄関の手前に、これ見よがしに装飾されたスピーチ会場が設営されていた。グランツールの国旗を背景に、議員が登壇するであろうスペースが設けられている。で、その更に手前を、聴衆と報道陣がごった返していた。そりゃ議事堂前広場の広さを以ってすれば、数百単位の人間を入れるのは造作もないだろう。けど、議員のスピーチなんか聞いて、何の得があるんだか僕には分らない。


 そんなもんより僕達の興味を刺激しているのが、会場を警護している人達だ。


 甲冑で武装しているのは、国の警察組織の連中だろう。鈍重な板金鎧プレートメイルを彷彿とさせる外見をしているが、実はあの鎧の構成物質は鋼鉄ではなく、遥かに軽量で頑強なものらしい。かつて実験の付き添いという依頼で鎧を壊したことがあるんだが、鉄だったら凹んでいた攻撃では傷一つ付かなくて驚いた記憶がある。そんな防具を纏った上に、下級の魔物なら一発で沈められる自動小銃を手にした兵士達が、会場の周りにはわんさかいた。


 次いで目に入ったのが、修道服や僧衣を纏った人達だ。聖なる炎教会の聖職者だと思われるが、彼等のいずれの服にも炎神会の構成員であることを示すバッジが付けられていた。僕には排気口から爆炎を吐き出す巨大なエンジンにも見えるが、とある噂によるとピエールの自室に置かれている趣味のモノがモチーフになっているとか。


「凄い。十二幹部だけじゃなくて、末端の兵達まで……炎神会の人達が総動員だ」


「考えられねえ。これって、会場警護の依頼だろ? 場合によっちゃ、突っ立てるだけで終わるような退屈な依頼だ。んなもんに全力を注ぎこむ意味が分かんねえな」


「全くだ。いくら守るものが政治家というお偉いさんだからって、こんなの警察組織がやる仕事であって、魔物ハンターがやるようなもんじゃないからね。それとも、炎神会もこの依頼を受けなきゃいけないほど金に困ってるのかな? 僕達みたいに?」


「まさか! 炎神会には、あの『クソ』がいるじゃねえか。あいつがいる限り、炎神会は金なんかに困るわけねえだろ。炎神会は国のお偉方と仲が良いから、その御縁とやらでやってるだけなんじゃねえの? 魔物の脅威なんて適当な理由をつけて」


「かもね。……けど、魔物の脅威ってのは、強ち間違いじゃないと思う。グーボンブ地方であふれた魔物の一部が、この地に迷い込んでることだってありえるし。……兄弟、言われた場所へ急ごう。『雷雲』がこっちを見ている」


 例のきつい視線を感じたので、僕達は歩みを速めた。


 王立議事堂の正門からは、一本の道がぐんと伸びている。その左右にあるのが、議事堂前庭だ。この道を通って議事堂へと向かう者は、前庭から鬱蒼と茂る木々によって視界を一度制限された後、通り抜けた先にある議事堂の壮大な威光を浴びて圧倒されてしまうという。なんとも粋な演出をさせる構造となってるわけだ。


 僕達の担当は、その一本道に面した場所の一部だった。この位置からだと、議員のスピーチを聞きに議事堂へと足を運ぶ市民達が良く見える。改めて思うが、もの好きな奴等だと思う。


 え? そんな目立つ場所にいれば、サンブレイズ市民が僕達に気付いて何か反応をしてくれるって? まあ、確かに僕達はP.E.N.C.I.Lのひとつを担う大物魔物ハンターの一人(自称)だ。可愛い女の子の一人や二人、僕達の姿を見て黄色い声を上げてくれてもおかしくはないだろう。……けどね、現実は残酷なんだ。誰一人僕を見てくれようとはしない。


 理由には心当たりがある。僕達の背中に縫われた十字架の刺繍だ。聖なる炎教会の信者が多数のグランツール王国にとって、聖なる象徴とは火である。彼等にとって、十字架とは罪人を磔にする刑具であり、端的に言えば人殺しの道具だ。そんなもんを刺繍にしている人達なんて、断頭台や電気椅子といった処刑具が描かれたシャツを嬉々として羽織っている奴等と同じだ。悪趣味の塊過ぎて、目も合わせたくないらしい。


 市民の気持ちは分からなくはない。でも、前にも言った気がするけど、刑具の役割は魔物ハンターの役割に近いものがある。変な目で見られるのは、僕は納得いかない。


 そういえば、とある世界には十字架を聖なる象徴として崇める宗教があるらしいね。信じられないけど。


 市民を見ててもつまらないので、前庭の方を改めて眺めてみる。中央部には石のブロックで整地された区画があり、その中心にて聖なる炎教会の象徴たる火炎が聖火台から煌々と燃えていた。で、その近くに知ってる奴がいた。僕は兄弟を連れて、そいつに声をかけることにした。


「ツァボじゃん! まさか、プラチナアカデミーもこの依頼に?」


「マジか。火野郎まで、この退屈な依頼を受けに来てたのか⁉」


 火の四元素王、ツァボ・ケルビンは、眉一つ動かさず答えた。


「ああ。報酬の金が目的でな。少なくとも、この町を守る目的では来ていない。まわりにいる奴等もみんなそうだ」


 ツァボに言われて聖火台の周りを見てみると、確かに似たような制服姿の人達がいた。四元素王によって派閥が違うからだろうか、彼等はアミティが率いていた粗暴な連中よりも知的な印象がある。僕達の姿を見ても喧嘩腰で来ない辺り、大人しい人が多いようだ。


「クロスファミリーこそ、なぜこの依頼を? やはり、報酬か?」


「もちろん。ちょっと突っ立てるだけで、アッシュヤードの繁華街を兄弟と三週間は遊び倒せるほどの報酬が手に入るんだ。その為なら、お偉いさんの退屈なスピーチ聞くくらい、どうってことはないよ」


「……欲望に素直な奴等だ。僕はてっきり、この町で起きている一連の放火事件が気になって受けたのかと思っていた」


「あ、実はそれもある。僕の所で起きている事件とも、なんか関係ありそうな気がしてるんだよね」


「んだよ、火野郎。てめえも、その事件を知っていたのか?」


「連日、報道されていれば、嫌でも頭に入る。……それよりも、ここで君達に会えたのは渡りに船だ。実は、テトラからクロスファミリー宛てに伝言がある」


「伝言? なんか、新しいことでも分かったのか?」


 僕が眉を潜めると、ツァボは首を縦に振って答えた。


1番アジンに盗まれた宝珠の一部が、そのままサンブレイズの労働者街に落ちていた。以上だ」


 思わず首を傾げたよ。


「どういうこと? 宝珠が何の実験にも使われずに、その場所にあったってこと? てか、なんでそれが実験で使うものだって分かるの? たまたま別の魔物の宝珠だったってこともあり得るんじゃ」


「実験に使う宝珠には、他の宝珠と識別するための術式が施されている。そしてその識別は、万が一紛失した際にすぐに見つけられるよう、特定の索敵サーチに引っかかるようになっている。それを、僕達が見つけた。なお、宝珠だと、術式が取れてしまうから見付けられない」


「そうなんだ。それは知らなかった。でも、その宝珠、どうしてそんな所にあったんだろう」


「さあ。見つかった労働者街は、例の火災が起きた現場の一つだ。何か関係があると踏んで間違いない」


 ツァボから得た新たな手掛かりに僕が色々考えてると、兄弟がまた唐突に口を開いた。


「つーか、そんな便利な魔法があるんなら、それで1アジンの雇い主も見付けられるんじゃねえの? 少なくとも、ゲルトルーデくらいなら盗まれた宝珠の近くにいるかもしれねえぜ」


「あ、そっか。そうだよ。最初からそれ使えば、敵の居場所が分かるじゃないか!」


 流石は兄弟だ。いや、僕達が回りくどすぎるだけなのかもしれんが。けれども、ツァボは首を左右に振った。


「それが出来るなら、僕は最初からこんな情報を言わない。彼等は、宝珠から術式を削除したか、そもそも索敵サーチに引っかからない場所にいる。今回見付けられた宝珠は、奇跡的にも彼等の隠蔽から漏れたものの一つに過ぎない」


「そうなのか。まあ、面白い情報が手に入っただけ感謝だよ。ありがとう」


 ――なんて会話をしていたまさにその時だった。


「随分と、楽しそうなお話をしてるわねえ」


「――!!?」


 ねっとりと絡みつくような声の持ち主に肩を組まれ、僕と兄弟は口が心臓から飛び出そうなほど驚いた。


「フィリパ⁉」


「てめえ! いつの間に⁉」


苛炎かえん……!」


 思わず距離を取る僕達。てか、ツァボも驚いている。まあ、分かるよそれ。彼の位置からなら、彼女の姿が視界に入っていてもおかしくないと思うだろ? でも彼女は例外なんだ。正面からでも分かりにくいんだよ。


 フィリパ・ラクドーサ、通称『苛炎かえんのフィリパ』は、ジョバンナと同じく炎神会の『十二幹部』に所属する魔物ハンターの一人だ。目じりの黒子と毛先だけ赤く染めた緩いウェーブの黒髪が特徴的な彼女だが、漂う雰囲気はジョバンナの持つ慈悲と厳粛さを併せ持ったものとは全く異なる。


 着ている衣服はジョバンナと同じ修道服だが、裾と胸元には切れ込みが入っており、それぞれ脚の付け根と豊かな胸の谷間が露になっているという大胆仕様。フィリパもまたジョバンナに負けず劣らずのグラマラスな体系の持ち主であり、露出した肌の白さも相俟って、なんとも淫靡で妖艶なオーラを辺りに振り撒いていた。


「駄目よお。お仕事の真っ最中にお喋りなんてしちゃ。ジョバンナにバレたら、何されるか分からないわよ? 私が黙ってあげるから、大人しく持ち場に戻りなさい」


 独特な抑揚のついた喋り方は、僕達の鼓膜をねっとりと舐め回しているようで、聞いているだけで素肌がざわつくような感じがする。しかし、この扇情的な雰囲気に飲み込まれてはならない。苛炎かえんの異名は戦い方からつけられたものだが、彼女自身の性格も見た目通りに危険だ。実際、僕は彼女のエロティックな誘いに乗せられて、結果としてマジで死にかけたことがある。


「ちょっと待て。てめえがいるってことは、『あいつ』もいるのか?」


 警戒する肉食動物のように険しい表情の兄弟に、フィリパは目を色っぽく細めると、そっと身体を真横に動かした。すると、さっきまでフィリパが立っていた所の真後ろに、別の修道女が立っていた。僕達の記憶が正しければ、その位置には誰もいなかったはずだ。


「やっぱりかよ……」


 修道服の上にマント付きの黒いフードをかぶった姿は、晴天の下に現れた亡霊のようにも見える。ウィンプルの下に見える顔は、ジョバンナやフィリパに負けず劣らず端正だが、その肌は青ざめたように白く、こちらをじっとりと見る眼は僕達の心胆を寒からしめる鋭さがあった。

 

 パウラ・ディ・ミール、通称『凍炎とうえんのパウラ』、彼女もまた炎神会の『十二幹部』の一人だ。


「ジョバンナが、あなたたちがきちんと仕事をしてくれているのか気になって、私とフィリパに監視を頼んできたのです。……案の定、でしたね」


 耳から直接脳に届くような透き通った声と共に、パウラも僕達に近付いてきた。彼女の歩みには足音がなく、そのくせ速く、上下の揺れもほとんどない。さながら幽霊そのものだ。


「別に僕達はサボってるわけじゃない。依頼の場所にたまたま同業者がいたから挨拶しただけだ。それは仕事人として普通のことだろ? 何が問題なんだ?」


「それにしては随分と楽しく話していたわねえ」


「楽しく話してて何が悪い。別に、仕事の話はずっとしかめっ面でしなければならないって決まりはないよ。挨拶くらい別に良いだろ。人によっちゃ、端から見りゃ私語に見えるくらい長くなることだって普通にあるんだし」


「ふぅん。挨拶の中に、亜人傭兵団が盗んだプラチナアカデミーの宝珠が私達の町のどこかに落ちてました。って話があるものなのかしら?」


「思いっきり聞いてんじゃねえか! しかも、俺達はここで『亜人傭兵団』も『プラチナアカデミー』も言ってねえ。てめえ、どこまで知ってやがる!?」


 フィリパは、ねっとりとした笑みを浮かべるのみ。この不気味なまでに正確な情報収集力がフィリパとパウラの特技である。だから、彼女達は怖い。


「とにかく、クロスファミリーは持ち場に戻ってください。早く戻らないと、私達はジョバンナに報告しなければなりません。また、雷が落ちても良いのですか?」


「分かった分かった。早く戻るから、それだけは勘弁してくれ」


 ――面倒くさいからね! 


 と、僕が答えると、フィリパとパウラは、そっとその場を後にした。去っていく二人の姿を見送っていると、ツァボが口を開いた。


「君達の会話から察するに、雷炎もこの場にいるのか。『炎神三強』が揃っているとは、炎神会は、よほどこの依頼に力を入れていると見て間違いない」


「そうだね。ま、僕達も僕達でやることやろう。お互い、雷雲には気をつけようね」


 かくして、僕達はツァボから離れ、持ち場に戻ることにした。


 ちなみに、『炎神三強』とはジョバンナ、フィリパ、パウラの三人を指す言葉だが、三人とも巨乳の若い女性であることから、一部の界隈では『炎神』とも呼ばれている。もっとも、彼女達は(特にジョバンナが知ったら大激怒するだろうから)知らないらしいけどね。


 ★★★


 スピーチが始まった。会場の雰囲気が高まる一方で、警備側の張りつめた空気がより一層伝わってくる。甲冑姿の警察機関と修道服姿の炎神会が、無線みたいなもの使って険しい形相で連絡を取り合っている。ま、万が一、暴漢みたいなものが出たら警察機関がどうこうするんだろうし、僕達が相対すべきなのは魔物だけだ。ゆるーく立ち番をやらせてもらうまでだ。


 議事堂前から伸びる一本道をじーっと眺めていることしばし。ふと、今どんな議員がふんぞり返って喋ってんのかなあ。って、会場の方を向いてみる。議員としての権威と風格を標榜するには十分すぎるスーツを着た小太りの男が、険しい表情を浮かべて何かを熱く語っていた。皺の多い顔ながらボリュームのある金髪が、右から左へ流れている。けれども、その顔を見た途端、僕は納屋で汚いネズミを見てしてしまったような嫌な気分になってしまった。


「マジかよ。レッドフィールドまで出てるのか……」


 僕が呟くと、兄弟も反応して壇上を見た。そして、軽く舌打ちをした。


「胸糞悪い一族の人間まで壇上入りかよ。これを守れとか、なおさらクソな依頼だぜ」


 ……兄弟、その気持ち、僕も分かる。


 フルネームはクラウス・レッドフィールド。けど、僕達にとって重要なのは、名前ではなく『レッドフィールド』という苗字だ。あの男は、僕達にとって最も忌まわしい連中、『バーンズ』の奴等と親戚関係にある。なぜ、バーンズという名が嫌だって? 理由は簡単。そいつらのせいで、僕達――特に兄弟は酷い目に遭ったからだ。あいつらにされた仕打ちを、僕達は決して忘れないだろう。


「――もう一つ、我々が対面しなければならない脅威は、我が国の人民を脅かす魔物達だ」


 レッドフィールド議員の声が耳朶に触れてきた。まったく、聞きたくない奴の演説に限って、良く聞こえて来るなあ。


「――去年まで、ゴールドユニオンという巨大なギルドが、我が国を魔物の脅威から我々を守っていた。ゴールドユニオンは、未知なる脅威から我々を守護する英雄たちであった」


 随分とゴールドユニオンを高く買っているようだな。そりゃ、確かに当時のゴールドユニオンのトップは、あんたらとも仲良しこよしだったもんな。


「――だが、残念なことに、今はゴールドユニオンの姿は無い。ゴールドユニオンの若き後継者であったグロウ・ゴールドは死に、ゴールドユニオンは消えた。我々を守る素晴らしき盾は失われ、P.E.N.C.I.Lと呼ばれる下らぬ集合体にまで堕してしまったのだ。これもクロスファミリーなんぞという、矮小で野蛮な連中が下らないことで足を引っ張ったからだ」


 ――んだとコラァ! 強大が乱暴に動いた気がして、僕はとっさに兄弟の肩を掴んで抑えた。僕達とレッドフィールド議員の目が合ったような気がした。


「よすんだ、兄弟! 今、そんなことしたって、僕達の立場が悪くなるだけだ。前に嫌という程味わっただろ」


「分かってる! けど、あんなふざけたことを言われれば腹が立つ。俺達をバカにしやがって。ゴールドユニオンが衰退したのは、別に俺達が原因じゃねえ。俺達は、俺達がすべきことをしただけだ。その後に、ゴールドユニオンが勝手にいなくなっただけだ。そうだろ?」


「ああ。でもとにかく、今は依頼の方に集中しよう。……レッドフィールドめ。僕達を名指しで批判するなんて、流石は権力ある議員様だ。後できっちりをしてやらなくちゃ」


 聴衆から嫌な視線を浴びた気がするが、気にすることはない。僕達に必要なのは、金と兄弟だけなんだから。


「――P.E.N.C.I.Lという状態は、我が国を魔物の脅威から守るには極めて不健全な状態だ。我々はこの状況を打破し、国民たちに安全を与えることを、ここに誓おう!」


 レッドフィールド議員のスピーチが締めくくられ、惜しみない拍手が聴衆から送られた。


 全く、こっちは聞いてて気分が良くない。てか、P.E.N.C.I.Lみたいにギルドが分かれてるのが気に食わないなら、さっさと対魔物専門の正規軍を国に設置してくれよ。ノヴォグラード退魔旅団みたいにさ! そしたら僕は喜んで入るよ。なんでそれしてくれないんだよ。どうせ、軍にして僕達の面倒を見るより、今のギルドみたいな組織にしたほうが安上がりだからとか思ってるんだろ? そんなのは、お見通しなんだよ、バカ野郎!!


 と、降壇するレッドフィールド議員を見ながら心の中で悪態をついてやる僕。


 ――その時だった。不穏なエンジン音が、僕達の耳に入ったのは。


 聞こえたのは、議事堂とは反対側。公園やら国立図書館やらがある場所だ。そこから、何かがこちらへ近付くような音が聞こえてくるのだ。ついでにもっと嫌な音も聞こえてくる。叫び声とか、銃声とか。


 甲高いエンジン音を響かせて姿を現したのは、ゴミ収集車だった。あちこちに弾痕と思しき傷を作り、荷台は半ば原型を失い、フロントバンパーすら失った満身創痍の状態でもなお、猛スピードで突っ走る姿は狂気すら感じられた。


 当然、このまま直進を許せば、ゴミ収集車は王立議事堂に真正面から衝突する。たくさんの聴衆の命を巻き添えにして。


 警察組織の行動は早かった。ゴミ収集車の進行方向を塞ぐような横列を、統制の取れた動きで速やかに聴衆の最後尾に作る。小銃を迫りくる車両へ向けて構え、先頭の合図と共に一斉に引き金を引いた。


 ――銃声!


 ゴミ収集車が炎上した。警察組織の放った無数の弾丸が、燃料系統とタイヤを破壊したようだ。ゴミ収集車は瞬く間に火炎に包まれ、何かに躓いた駿馬のごとく盛大に横転する。かくして、群衆に車両が衝突という悲劇は食い止められた。


 はずだった。いや、車両の炎上が警察組織の銃撃よりも早かったような気はしてたんだ……。


 慣性の法則によって、燃え盛るゴミ収集車から何かが飛び出した。真っ赤に燃え盛るそれを見て、僕は最初、炎の塊か何かだと思った。だが、違った。単なる塊なら、手足や尻尾みたいな部分は生えていないし、巨大な口のような器官だってない。あれは、僕達も知ってる魔物だ。


 火蜥蜴サラマンダー――精霊エレメンタル系統に属する魔物の一つ。その名の通り、全身が炎だけで構築された巨大なトカゲで、性質は極めて凶暴。ひとたび暴れれば、辺りは瞬く間に焦土と化す危険な魔物だ。


 なんでそんなのがゴミ収集車から⁉ なんて疑問を持つ間もなく、僕達の身体は動いていた。


 飛び出した勢いで聴衆の上を舞う火蜥蜴サラマンダー。ひとたびこいつが聴衆の下に落下すれば、彼等に待っているのは焼死体になる運命のみ。そんな魔物の円らな眼が見据える先にあるのは、スピーチから降壇する真っ最中の議員――いや、瞬間移動の魔方陣から飛び出した僕だ。


「『魔法士の両脚蹴りメイガス・ドロップ』!!」


 渾身のドロップキックが炸裂し、火蜥蜴サラマンダーは真逆の方向へぶっ飛んだ。両脚を魔方陣で巻き付けた僕の蹴りは、炎という非実体の塊なんざ関係なく対象を思いっ切り蹴っ飛ばせる。魔物の巨体が道路へ投げ出され、直撃した例のゴミ収集車が大破した。ずざざ……と残る轍から、火蜥蜴サラマンダーの一部がめらめらと燃えていた。


 再び四つの足で立つ火蜥蜴サラマンダー。けれども、そんなことをしている間に、兄弟はそいつの懐に忍び込んでいた。


「『昇光照打ライジング・ライト・ブレイカー』ッ!」


 肘から先を閃光に変えた兄弟のアッパーカットもまた、火蜥蜴サラマンダーの燃え盛る身体などものともせぬ。魔物の巨体がくの字に折れ、再び盛大に吹っ飛んだ。アスファルトに二度も叩きつけられ、火蜥蜴サラマンダーは仰向けになったままその場で動かなくなる。


「この様子だと、また動きだしそうだね」


 瞬間移動で兄弟の所に戻った僕が口を開くと、兄弟の首を縦に振った。


「ああ、間違いねえ。けど、なんで魔物がこんな所に出て来やがったんだ? おかげで退屈はしなくて済みそうだが、いまいち納得がいかねえ」


「うん。あまりにも、不自然すぎる。なんで暴走するゴミ収集車なんかから出てきたんだ⁉」


 突然の魔物の出現に伴い、当然ながらスピーチは中断。警察組織は会場の護衛から聴衆の避難誘導へと方針を変え、すぐさま行動を起こしていた。魔物の襲来に動揺する市民達への対処は、彼等の方が適任だ。僕達は目の前の魔物をどうにかすることにのみ注意すればよい。


 しかし、なんなんだ、この襲撃は。車で突入するだけならまだしも、なんでその中に魔物がいたんだ? 偶然入っていたにしては都合が良すぎる。まさか、最初から意図的に魔物を中に入れていたとか? そんなことって出来るのか? 出来るとしたら、そんなことをする奴って、もしかして……!!?


 僕の中で様々な憶測が飛ぶ。だがその答えは、空に突然現れた。

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