素人と狂人と亜人

 ゲルトルーデの私室――テトラの言ってることが正しいのなら、なぜ僕達のグーボンブ地方に強大な魔物が相次いで出没するようになったのかが、この部屋で明らかになる。だが、ひとつ問題があった。


「で、肝心のゲルトルーデってのはどこだ? いねえじゃねえか」


 兄弟の指摘する通り、私室はもぬけの殻だった。その代わりと言ってはなんだが、テトラが部屋の隅に何かがあるのを見つける。


「見てこれ。ここ、微量だけど、魔力の形跡が残ってる。ついさっきまでいたみたい」


 彼女の指摘に、僕も近付いて確認する。なるほど、確かにそうだ。端から見れば『単なる本棚の陰』であり、素人目には何もない空間にしか見えないだろう。けれども、この手のものに敏感なテトラや僕には分かる。巧妙に消し去られた魔力の僅かな残滓が、そこに漂っているのだ。


「ほんとだ。多分、瞬間移動か物体転移の魔法だと思う。この感じだと、ついさっきまでこの中にいたみたいだ。僕達がこの階に落ちた辺りから、バレるのを恐れていなくなったんじゃないかな」


「マジかよ。てことは、さっきまでいたのか」


 クソッ! と、逃げられた悔しさを隠すことなく吐き捨てる兄弟。まあ、兄弟のことだから、ゲルトルーデがいたら真っ先に突っかかりそうだよね。僕もそうしたいけど。一方、サンケはぽかんとしていた。


「しかし、黒十字の捜査力も大したものだな。俺達のテトラと肩を並べるほどだとは」


「んだよ、土野郎。今更、兄弟の凄さに気付いたのか?」


「そりゃ僕達も、伊達にP.E.N.C.I.Lの一角に立ってるわけじゃないからね」


 さて、キーパーソンが不在ということが分かったわけだが、やれることは他にもある。とりあえず、この部屋のどこかにある重要な手がかりを見つけなければならない。……のだけど、


「――なかなか見つからないわね。私達の侵入に気付いたとはいえ、重要そうな資料に限って、ごっそり抜け落ちてる」


 書類をぺらぺらとめくりながら、テトラは渋い表情を浮かべていた。一方の僕達というと、いくら魔法による戦闘は得意とはいえ、実験とか研究の話になると全くの専門外。というわけで、とにかくそれっぽいものをひたすら漁るという賢さの欠片もないことをひたすらやっている。


 けれども、そんな頭の悪そうなことをやっておきながら、ミラクルを起こす逸材が、僕の身内にいるんだよな。


「おい。なんか変な写真を見つけたぜ」


 兄弟曰く、部屋の隅で平積みされていた書類の中から見つけたとのこと。一緒に中身を確認する僕達だったが、個人的には、何か小物を置くための台座が巨大なカプセルに接続してあるように見えた。さしずめ、実験の映像資料といっただろうか。


「ナイスよ、金十字クン! この資料を探してたの!」


 ぱあっと表情を明るくさせるテトラ。「それの何が、あんたをそんなにハイテンションにさせてんだ」って僕が突っ込むと、よくぞ聞いてくれたとばかりにテトラは大振りな胸を張って見せた。


「この写真こそ、忌々しい侵入者によって盗まれた重要な研究資料のひとつであり、この部屋でその実験が行われていたことを裏付ける決定的証拠なの! 迂闊だったわね、ゲルトルーデ。私達の侵入に慌てふためくあまり、私達に最高のお土産を遺してくれたなんて!!」


「で、なんの実験の資料なんだ? ……どうせ、クソろくでもない実験なんだろうけど」


「言葉を改めてね、黒十字クン。ろくでもない実験などこの世にないわ。まして、クソとか言語道断よ」


 うわ。すっごい真顔になった。はいはい分かった分かった。まあでも、テトラは資料が見つかった喜びの方が遥かに大きかったようで、すぐに元の機嫌に戻る。


「じゃあ、改めて、この写真は何の実験の資料なんだ?」


「単刀直入に言うとね、『宝珠を魔物に戻す実験』よ」


 僕は耳を疑った。宝珠を、魔物に、戻す……?


「でも、ここにある資料を読んでみる限り、やっぱり、望むような結果には至っていないみたい。どんな魔物の宝珠でも、元の姿までには戻せないのが現状のようね。良くて、このフロアに大量にいた副産物の雑兵バイプロダクトゥルーパー止まり。目玉焼きを冷やしても生卵には戻らないのと同じようなものかしら。ここの人達がやっても、結果はってところかしら。でも、ゲルトルーデが持ち去った資料とかを考えると、すでにその実験は次の段階にまで進んでるのかもしれない。もしかしたら実験が成功して、今じゃ、どんな宝珠でも元の魔物の姿に――」


 気持ち良さそうに捲し立てるテトラの講義は、僕が胸倉を掴むことによって強制的に中断された。


「ふざけるな! なんだその実験は! 人々を苦しめて、魔物ハンターが必死こいて宝珠にした魔物を、再び元の姿に戻すだって⁉ 動死体ゾンビの件だってそうだ。自分達がなんてことをしようとしているのか分かってるのか⁉ やっぱり、あんたらは狂ってる。ただのキチガイ集団だ!!」


 次の瞬間、驚いて目を丸くしていたテトラの顔が、瞬く間に憤怒の形相へと変貌した。


「……なんですって⁉ 私達が狂ってる? それはどういう意味かしら、黒十字っ!」


 怒りのあまり、四本の尻尾が四匹の蛇のように見えて、僕は手を離した。でも、それっぽっちでは僕の不満は収まらない。


「魔物ハンターは、魔物の脅威から人々を守るのが使命だ。にも関わらず、わざわざ自分の手で脅威を作り出そうとしてるから狂ってるんだよ。バルコニーの件からずーっと思ってたけど、あんたらは自分の欲望の為だけに、ふざけた研究ばかりをするキチガイだ。これではっきりした。あんたらは今すぐ魔物ハンターの看板を下ろすべきだ!」


「魔物ハンターの看板を下ろせ⁉ この研究を行った背景も知らないくせに、よくそんな偉そうなこと言えるわね。これだから、あんたのような田舎者の素人は嫌いなのよ。この研究にはね、魔物ハンターの今後にも関わる重要な意義があるのよ」


「じゃあなんなんだよ、その意義って! この部屋に来たおかげで、こっちは一連の事件の真相は分かってんだぞ。今回、グーボンブ地方に高位の魔物が相次いで現れたのは、元はと言えば全部、あんたらがふざけた研究をしていたからじゃないか。そのせいで、僕達の住んでた地域はなあ――」


「黙りなさい! いい? 『宝珠を魔物に戻す』ということは、宝珠と魔物の関係性をより明らかにするヒントを得ることなの。これによって、私達は、魔物が宝珠になるメカニズムが分かるかもしれないの。そうすれば、何が出来ると思う? ついさっき倒すのにあれだけ苦労した屍山あさりスカベンジャーだって楽に倒せるのかもしれない。魔物ハンターの活動がより発展する希望になるのかもしれないのよ!」


「『希望になる』? またそんな不確定なことを言いやがって。適当にそんなポジティブなことを言ってれば、僕達が納得すると思ってるのか? あんたらが狂った研究を続けている事実は変わらんだろ!」


 僕は言い返すも、テトラは小柄な体系あることをものともせず、こちらへ更に詰め寄ってきた。その華奢な体躯のどこに、そんな力があるというのか。


「あんたのようなド素人から見れば、狂った研究なのかもしれない。けど、その研究が、魔物ハンターにとって、人々にとって、よりよい未来への足掛かりになると信じて、私達はその研究をしているの。それが、私達プラチナアカデミーの魔物ハンターとしての使命なんだから! あんた達には一生かかっても分からないでしょうけどね。それを、それを……」


 ここで、テトラの怒りの矛先は、僕ではなく別の方へ向いた。壁に掛かっていた、例の絵だ。


「あのゲルトルーデって女が、今まさに泥を塗ってるのよ!」


 僕に向かって燃え盛るほどの怒りをぶちまけていたテトラが、少しだけ大人しくなった。炎を吐き出す火炎放射器から、触れたら火傷をする焚火のように、その場で怒りの言葉を淡々と吐き出し始める。


「ある日、プラチナアカデミーに侵入者が現れたの。そいつは、プラチナアカデミーが研究していた『宝珠を魔物に戻す実験』の資料を盗んで、どこかに消え去った。行方は分からないままだった。でも、クロスファミリーの二人と旧校舎の探索が出来たおかげで分かったわ。侵入者は、私達の研究を、旧校舎の地下深くに封印されていたゲルトルーデに渡していたのよ。ゲルトルーデは、その資料を使って実験を繰り返し、グーボンブ地方に魔物をばら撒いていたんだわ。何が目的なのかは知らないけど、あいつのせいで、私達の実験が台無しよ」


 僕の代わりに沈黙を貫いていた兄弟が口を開く。


「バルコニーでてめえらが言っていた『侵入者』ってのは、そいつってことか? だから、水野郎の連中が、よそ者が来ねえようにポリシュドの周りにいたわけだ」


「そういうことよ。原因が分かった以上、早くゲルトルーデを止めないと。今まさに私達の英知が悪用されているのを、指くわえて見ているわけにはいかないわ!」


「……はあ、この流れだと、僕が君達を責めるのは御門違いって感じになりそう」


「そうね。そこだけでも分かってくれれば良いのよ。あなた達には、それ以上のものは期待しないから」


 うわ、なんかその上から目線な言い方が腹立つけど、まあいいや。こっちもなんか向こうの譲れないものを刺激したみたいだし、お互い様だ。


「じゃあせめて、その『侵入者』とやらの情報を僕達にもくれないか? こっちも僕達が受けた最近の討伐依頼の情報をやるからさ」


「分かったわ。じゃ、まずはこの施設を出ることから始めましょ」


 ★★★


 簡潔な結論から先に言うと、侵入者の正体は人間ではなかった。


「これに映ってるのって、もしかして、ダークエルフ?」


 僕が言うと、部屋にいたプラチナアカデミーの主要人物は一斉に首を縦に振った。


 やっぱりか。だって、皮膚が褐色な人間なら山ほどいるけど、耳の先が尖っている人間なんてまずいないもの。となると、ダークエルフ辺りが妥当だと思ったんだ。


 ちなみに、この部屋にいるのは、僕と兄弟の二人と、テトラと四元素王の四人を含めた、計七人。P.E.N.C.I.LのうちPとCのトップが一堂に会しているというわけだ。


 四元素王が全員いるということは、当然ながら、水の四元素王――アミティ・ジョーもいる。今現在は渋い表情でそっぽを向いているが、ここに集まったばかりの時は大変だった。会って早々、


「てんめえ、俺達のテトラの胸倉を掴んだばかりか、プラチナアカデミーの研究をバカにしたらしいじゃねえか! どうしてくれんだ、責任取れこの野郎ッ!!」


 って怒鳴って、僕の首をダイレクトに締めてきたからね。いきなり人食いサメに噛まれた気分だ。


 襲い掛かってきたこともさることながら、なんでアミティがそれ知ってんの? って僕は首絞められながら思ってたんだけど、妙にしたり顔をしていたサンケを見て理解した。あいつ、こっそりアミティにチクっていたんだ。どおりで、ゲルトルーデの私室で僕がテトラとケンカしている真っ最中でも、ずっと黙っていたわけだ。で、その後どうなったかっていうと、


「てめえは関係ねえだろうが! 兄弟から離れろコラァ!」


「アミティ、もう終わった話だからいいの離して!!」


 兄弟とテトラの二人が割って入ることによって、事態はなんとか収まった。で、事の発端を映した監視カメラの上映会が始まり、現在に至るわけだ。


 映像は、プラチナアカデミーの構内から旧校舎のある森へと向かう人影の様子を捉えたものだった。極めて短い映像だったが、得られた情報は大きかった。


 ダークエルフという人種は、名前だけなら知っていたが、僕は実際に会ったことはない。ただ、彼等は魔物の類ではなく、あくまで人ではない存在――亜人であることは知っている。


 亜人と呼ばれる存在がいつこの世に現れたのかは、僕は知らない。一説には、この世界に魔法が生まれた頃と同時だとも言われている。僕が知る限り、亜人には、エルフ、ドワーフ、ダークエルフ、マーピープル、ドラゴノイドとかがいるんだけど、彼等の持つ人非ざる力は、人類にとって極めて脅威となるものばかりだといわれている。おかげで、現在では忌避と迫害の対象とされ、実際に見た者はほとんどいない……はずだったんだ。


「この国にもいたんだ」


 それが、僕の最初の感想だった。


「けど、こんな侵入者なら、てめえらですぐに気付けたんじゃねえのか?」


 兄弟の指摘に対し、答えたのは細身の年配男だった。


「それが、彼……いやは、迷彩の魔法を用いていたようで、肉眼ではもちろん、通常の光学カメラでも実際に見ることが出来なかったのです。我々の索敵サーチですら感知することが出来ませんでした。今回、微量な魔力から像を結んで映像に投影することのできる好感度の魔導カメラを用いることによって、やっとこの映像が得られたのです」


 風の四元素王、ラジープ・コルベットは、僕達の中で最年長なはずなのだが、いつも丁寧な口調で喋る。浅黒い皮膚に、細目、高い鼻、厚い唇というエキゾチックな顔の持ち主で、首周りには、面妖な柄の入った緑色のスカーフが巻かれていた。履いているスラックスにはプラチナのチェックが入っておらず、上着も他の面子が羽織っているものとは色が違う。このことから、彼が少なくとも学生の身分ではないことが分かる。そしてそれが、ギルドクラブが、プラチナアカデミーの学生だけによる組織ではないこともまた示していた。


 確か、彼はテトラ曰く私用で外出していたんだよな。そんな彼がこの会合にすぐ来れたのも、彼が風の四元素王だから為せたのだと僕は思う。


「魔導カメラ? そんな便利なものが、この学校にあったのか」


「ああ。俺とラジープの共同研究の成果だ」


 僕が訊くと、ラジープの代わりにサンケが得意げな表情で答えた。てか、魔導カメラ開発とか、『宝珠を魔物に戻す研究』なんてものよりも遥かに役に立つ研究をしてるじゃないか。って思ったんだけど、口には出さないでおく。またテトラが怒るだろうし、彼女が怒らずともアミティ辺りが怒るだろう。それは、今この部屋では重要ではない。


「亜人がギルドクラブの庭で何かコソコソしてるなんて、なんか色々裏がありそうだね。他で何か分かっている事ってないのか?」


 僕の問いに対して答えたのは、また別の四元素王だった。


「僕が分かっているのは、彼女が『亜人傭兵団』の一人であるというだ。実はさっき、その団員の何人かが、僕の部屋に訪問してきた」


 淡々と喋る火の四元素王、ツァボ・ケルビンもまた、ラジープに並んで特異な風体の持ち主だ。黒っぽい皮膚の色や眉や鼻のごつごつした骨格は、はるか南方の大陸に住む人間特有の特徴である。けど、彼ほど皮膚にのある人は、僕は見たことはない。


 だが、そんなツァボの報告は、僕達以上にギルドクラブの面々を驚かせたようだ。


「は? ツァボ、お前、なんでそんな事を俺達に教えなかったんだよ!」


「すぐに伝えようと思ったけど、その前に始まったのが、このクロスファミリーとの会合だ。おまけに、君がすぐにクロスファミリーに掴みかかったせいで、すぐに言うタイミングを逃した。あのタイミングで僕がそれを言えるわけがない」


「俺のせいかよ! てか、ツァボの言ってることが本当なら、巡り巡って悪いのクロスファミリーじゃねえか。てめえのせいでこんな重要な事を知りそびれたんだ。責任とれこの野郎!」


「ふざけんな。なんでそういう話になるんだ!?」


「いいからアミティも金十字クンも黙って! ツァボ、話を続けて頂戴」


 テトラが喚く二人を諌めることによって、場の雰囲気は収まった。どうやらこの組織では、四元素王とテトラとの情報共有は、少しおろそかにしただけで一大事になるほど重要らしい。


「僕の部屋にやってきたのは、ドワーフとハーフドラゴノイドの二人だった。連中は、亜人傭兵団『1番アヂン』の構成員と名乗り、この僕をスカウトしに来たと言った」


「亜人傭兵団の1番アヂン? 聞いたことないわね。他の人は? クロスファミリーは知ってるかしら?」


 当然ながら、僕も兄弟も首を左右に振った。てか、傭兵団のとか、随分と寒いネーミングだな。これが生まれた背景が逆に気になるわ。


「その1番アヂンがツァボの所にスカウトだなんて、随分な人材の引き抜きをするつもりのようね」


「そうだな。僕が、ヴィダルケンのハーフなのが理由なのだろう。連中は、傭兵としての雇われ活動の傍ら、世界に点在する亜人達を集めて保護するか仲間にする活動をしているそうだ。今、亜人は人間たちによって隅々に散開している状況らしいからな」


 ツァボがヴィダルケンと呼ばれる亜人とのハーフであることは、僕達も知っている。けど、彼が亜人のハーフであることは、僕達には至極どうでも良い情報だ。だって、事実上の実力主義社会である魔物ハンターにとって重要なのは、彼が魔物を狩れるかどうかなのかだ。種族がどうこうとか、まず重要じゃない。


「で、乗ったの? 私達から離れるつもりかしら?」


「とんでもない。僕には、テトラとポリシュドに絶大な恩がある。その恩の大きさは、どこの馬の骨とも分からぬ傭兵団に所属するメリットなどとは比べようもない。丁重に断ったよ」


「へえ、てことはツァボ、もしかしてそいつら、派手にぶっ飛ばしてやったのか?」


 不敵な笑みでアミティが言うも、ツァボは首を左右に振った。


「いや、それは出来なかった。そもそも訪問してきたのが、魔法耐性の高いドワーフと火耐性の高いハーフドラゴノイドだ。僕のゴーストとダークネスではとても追っ払えない。どうやら連中は、それが分かっていて二人を僕の所に連れてきた」


 ゴーストとダークネスの火力は僕達も知っている。サンケのケサガケと同格の召喚獣だ。いくらそいつらに耐性云々があったとて、あれに襲われればひとたまりもないはず。にも関わらず、ツァボはやらなかった。てことはつまり、連中はそれだけ強敵だというのだろう。


「しかも、去り際に『直にこの国グランツール王国に重大な惨禍が訪れる。その時になって我らに泣きついても知らんぞ』とか言っていた。もしやと思うが、それは今回のゲルトルーデの件と無関係ではないだろう」


「惨禍ねえ……」


 ぶっちゃけ、僕達には魔物の脅威が人々を脅かしている時点で十分に惨禍だ。おまけに、我が国は隣国『太陽帝国レバク』と戦争の真っ最中。今は帝国の勢いが落ちたおかげで戦火は収まり気味のようだが、またいつか交戦状態になるか分からない。あれがまた再燃すると言いたいのだろうか?


 最後に、ツァボは例のダークエルフの映像を操作し始めた。ダークエルフの皮膚の一部がピックアップされる。そこには刺青と思しきマークが描かれていた。


「これが、1番アヂンのマークだ。僕の所に訪れた連中にも、同じものがあった」


 人差し指を高く突き立てているような絵だった。だから、1番アヂンなのだろうか? こんな奴が、この国で暗躍しているのか。なんか寒気がするよ。


 と、ここで兄弟がとある指摘をする。


「なあ、火野郎。その1番アヂンって連中は、雇われの傭兵なんだよな? てことは、そいつを雇った奴がいるってことなんだろ?」


「ああ。恐らく、1番アヂン雇い主クライアントは、ゲルトルーデにさせた研究データを使って、何か良からぬことでもするつもりなのだろう。それが、連中の言う『重大な惨禍』なのかもしれない」


「傭兵使って実験を盗んで、封印を解いたゲルトルーデにその実験をさせて、その成果を使って悪いことをする。口にするだけで、大切な何かが穢されている感じがして胸糞が悪いわ。一体、どこのどいつよ。そんなことをする奴は」


「しかも、それだけじゃない。そのふざけた実験のせいで、僕達のグーボンブ地方が余計に魔物だらけにされた。そんな奴等、許せるわけがない」


 ここでやっと、クロスファミリーとプラチナアカデミーギルドクラブが見ているものが、重なって一つになったような気がした。


「共闘よ、クロスファミリー。私達は、ゲルトルーデについてもっと調べてみる。もしあいつが本当に人々に仇なす目的で研究をしてたんなら、私達は絶対にゲルトルーデを許さない」


「分かった。それじゃあ僕達は、再び各地を回って事件の調査を続けよう。実験してる場所がバレた以上、もうしばらくは魔物を増やすどころじゃないと思うからね。あと最後に、約束通り、僕達が関わった直近の魔物討伐の情報を教えるよ」


「了解。クロスファミリーが討伐した魔物がゲルトルーデの実験によって生まれたものなのか、後で調べてみるわ。実は、傭兵に奪われた実験資料の中に大量の宝珠があるんだけど、それらの宝珠が何の魔物なのかは、全てこっちで記録済みなのよ」


 すげーな。そういう所まできっちりさせるもんなのか、研究者ってのは。


 なんにせよ、僕達は討伐した魔物の情報をギルドクラブに提供した。後は、向こうからの返事を待つのみだ。やがて、お互いの方針を理解しあった所で、僕達は解散した。


 ★★★


 ポリシュドの街を出た時には、空はすっかり暗くなっていた。


 夜空のカーペットにこぼしたミルクのような天の川が見下ろす森の街道を、僕達はそれぞれカラスバとヤマブキに乗って走っている。


 アスファルトの道を照らすのは、星明りとバイクのヘッドライトのみ。聞こえる音はバイクのエンジン音のみだけで、木々の織りなす夜の闇へと消えていく。


 昔は、錆びた森ラスティフォレストの夜道なんて、深淵の奥にいる何かが木々の隙間から覗いている気がして、怖くてとても通れるような場所じゃなかった。今やそれは、すっかり薄れてしまっている気がする。魔物ハンターとして成長したからだろうか。ただ単に旧校舎でのインパクトが強すぎたからだろうか。それとも、戦いを重ねすぎて、純粋で大切な何かをすり減らしてしまったからなのだろうか。


「なあ、兄弟、今日の兄弟は、人一倍荒れていたな」


「……そうだね。僕には、プラチナアカデミーの信じる正義ってのが、なかなか理解できないみたいだ」


「正義ねえ、俺にはそんなもんは分からねえ。俺はただ、兄弟と一緒に魔物討伐が出来ればそれで良いんだけどな……」


 ヘルメットを被っているから、僕には兄弟がどんな表情をしているのかは分からない。でも、兄弟がそういうことを言ってくれるのが、僕にはとても暖かい感じがする。


 ――何より、兄弟が僕と魔物討伐する日々をとても大切にしていることは、僕もよく知っている。『あの時の事件』だって、兄弟がそれを大切にしていたから、大事にならずに済んだんだ。


 ヘッドライトが照らす先を、僕はじっと見据えている。今回の件で僕達が得られたキーワードは五つだ。宝珠を魔物に戻す実験。悪の魔法士ゲルトルーデ。亜人傭兵団1番アヂン。その雇い主クライアント。最後に、重大な惨禍の存在。


 なんてこった。グーボンブ地方の異変の調査をしようと思ったら、より新しい手がかりだけが芋づる式にポンポン出てきてしまったではないか。これはもはや事態はグーボンブ地方だけの問題じゃない。もしかしたら、グランツール王国だけに収まる問題ですらない気がしてきた。


 じきに、またとんでもないことが起こる。もしそうなったときに、僕達は何が出来るのだろうか。そんなことを考えながら、僕はバイクの速度を上げていった。

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