隔離施設で追いかけっこ
プラチナアカデミーは、かつて魔法士を幽閉していた城を校舎に改装させたものであり、幽閉されていた当時の魔法士達は賢者と呼ばれていた。ってのは、前も言った。が、この話には続きがある。
閉じ込められていた魔法士達。その全員が全員、迫害を受けてきた哀れな人達ってわけではない。彼等の中に、ごく少数だけだけどいたんだ。真に危惧すべき正真正銘の悪の魔法士が。
僕も伝聞程度しか聞かないが、人を呪い殺すのは当たり前。人と人を生きたままくっつけて魔物のようにしたり、疫病をばら撒いて町どころか山一つ滅ぼしたり、魔物を従えて人々に圧政を敷いたり……聞くも地獄、語るも地獄の悪事の限りを、連中は実際にやっていたらしい。
当然ながら、プラチナアカデミーが発足されるようになっても、悪の魔法士達だけは解放なんてされるわけがなかった。正確には、魔法士達が幽閉されていた時から、彼等の手によってすでに厳重に封印されていたらしいけど。かのペンシル王も、賢者達からの話を聞き、悪の魔法士達を解放することは決してしなかったそうだ。
悪の魔法士達は、更に奥地にある辺鄙な場所に建てられた施設の地下室に幽閉され、今でもなお解放の時を待っているのだそうだ。
以上が、プラチナアカデミー旧校舎の起源である。
「……おかしい。まだ、日中だよな?」
眼前に聳える旧校舎を前にした僕の口から、そんな言葉が漏れた。
「日中どころか、お昼にもなってないわ、黒十字クン」
テトラが答えるも、僕は納得するのにしばしの時間を要した。だって、日中の日陰と形容するには、辺りはあまりにも暗すぎる。
その原因が、目の前の旧校舎が日差しを遮っているからなのか、周囲に鬱蒼と茂る木々が木漏れ日すら隠しているからなのかは分からない。湿り気を含んだ重たい空気も相俟って、鬱々とした雰囲気が建物全体に充満していた。
てか、構内の隅っこに建っているって聞いたから、僕はてっきり粗末な造りなのかと思っていた。だが実際は、塀どころか立派な門まで拵えてある本格的な建物だった。けれども、華やかな本校舎とは異なり、建造当時から時が止まったかのように、旧校舎は黒ずんだ外壁で覆われていた。その姿は、さながら隔離された閉鎖病棟のよう。
いや、あの黒ずみは年月の経過だけで生じるもんか? なんか、負の念とかが凝集して……いや、あまり考えるのは止そう。いくら魔物の仕業かも知れないとはいえ、ああいうものは見ていて寒気がする。
僕はもう一度地図を開いた。だが、地図が示した観測地点と、目の前の建物の位置は、無情なまでにぴったりと一致していた。
「あの中に、異変の元凶があるんだろ?」
不気味な建物を前にして、兄弟の炯眼は鋭さを増していた。僕を見て「早く行こうぜ、兄弟」と笑む兄弟は、頼もしくもあり、どこか危うくもあった。
★★★
旧校舎の二階のテラスは、床石の隙間から漏れる苔や土のせいか、湿っぽい空気が漂っていた。けれど、中の空気に比べたら、まだ爽やかなほうだ。というか、高層の屋外にも関わらず薄暗いのは、地衣類を纏った樹木が枝葉でバルコニーを侵略するほど茂っているからだろう。決して、この建物の中に棲む業の一部が放ったものではないと信じたい。
「ねえ、テトラ。その
「そんな立て続けに聞かれたって、すぐには答えられないよ。順を追って説明する必要があるわ」
いや、なんで入って早々二階のバルコニーにいるのか。って? テトラ達と落ち着いて話せる場所を探してたら、ここしかなかったからだ。
旧校舎に入った僕達を待っていたのは、兄弟曰く、最高の歓迎だった。
エントランスホールは全貌が把握できないほど真っ暗だったが、階段らしき通路が見えたことから、吹き抜けの構造になっていることだけは分かった。が、それ以上に僕達を虜にしたのは、顔を顰めたくなるほど酷い臭いと、この世に在らざるべき者達の視線。
「……旧校舎ってのは、
いやサンケ、沈黙守ってたと思いきや、いきなり何言ってんだ。
寒気を感じて上を見る。一体の
「兄弟! 天井に
「おう!」
僕達の反応は早かった。突如、激しい光が天井で迸り、真っ暗だったエントランスが瞬く間に昼間のように明るくなる。魔方陣を展開した片腕を突き上げた兄弟が、天井で眩い光を放つ光球を発生させていたのだ。
その光の強さは、あくまで自分の居場所を示すだけの
が、強い光なんか関係ないって魔物もいた。今まさに野蛮な唸り声を上げて僕を睨んでる奴だ。このエントランスのどこにいたんだ。ってくらい巨大な体格に、頭に角を生やし、嘴のように口先を尖らせ、背中から翼を生やし、岩石のような固い皮膚に覆われた、下位の
閃光が効かぬとは、流石は動く石像である。兄弟に襲い掛かるつもりのようだが、迎え撃つは、四肢に魔方陣を巻き付けて強化させた僕だ。ポリシュドに入ったばかりの時は相手が人間だったから手加減したけど、魔物なら話は別。容赦はしない。
ぱぁん、という音が響いた。
鋭い爪の生えたガーゴイルの強烈な引っ掻き攻撃を、僕が
ガーゴイルの目の前に、何層も重なって浮かぶ魔方陣――主に重力方向の変化、加速度の強化といった術式が施されており、通り抜ければ通り抜けるほど、その効果は強化されていく。奴が最期に見たのは、それら魔方陣を突き破って飛び掛かる僕だった。
「『
魔力によって殺傷能力を高めた必殺の跳び膝蹴りは、ガーゴイルの角や嘴どころか頭部そのものを破壊し、巨体を吹っ飛ばした。後ろにあった戸棚やらテーブルやらといった調度品が、巻き添えを食らって破壊される。何やら嫌な音が聞こえたのは、兄弟の閃光を嫌がって物陰に隠れていた哀れな魔物が、ガーゴイルの下敷きにされてしまったからだろう。
やがて起き上がるガーゴイル。顔面は見事に再生し、より敵意に充ちた眼差しをこちらに向けてくる。どうやらこいつもまた、一回やったくらいじゃ死なないタイプのようだ。
「ナイスよ、黒十字クン。おかげで、詠唱に十分な時間が稼げたわ」
ここでガーゴイルは魔方陣が全身に描かれていることに気が付いた。赤熱した焼き印のように閃く赤い紋様が、身体の至る所に隈なく施されていたのだ。
「『
彼女が魔法を紡いだ次の瞬間、真っ赤な魔方陣が爆発した。石像に仕込まれたダイナマイトよろしく爆ぜる紋様が巨体を蹂躙し、ガーゴイルは再び粉微塵に砕かれた。そのまま再生することはなく、ガーゴイルがいた所に、鈍色の宝珠が墓標のように転がっていた。
「もしかして、僕いらなかった?」
「何言ってるのよ。黒十字クンがいなかったら、あんな立派な魔法は唱えられなかったわ」
あまりの強さに僕が嫌味を飛ばしてやると、テトラは口元だけ緩めて答えた。――なんて、しょうもない会話をしていられたのは、ほんの少しだけ。動ける魔物はまだいる。
「『
兄弟が詠唱すると、彼の頭上に展開されていたいくつかの魔方陣から、何条もの光線が放たれた。降り注ぐ光線は、エントランスにいた全ての
「驚かせてくれるな、金十字。貴様のことだから、いきなりこの建物を壊すほどの魔法を放つのかと思っていた」
「んなことするか、土野郎。兄弟が危険な目に遭っちまうだろうが!」
サンケの皮肉に噛みつく兄弟。けどゴメン、兄弟には悪いけど、ぶっちゃけ僕も同じこと危惧していたわ。
サンケと兄弟の言い合いは、再び起き上がった
前に出ようとする兄弟を、サンケが制した。
「貴様も知ってるだろう。一度起き上がった
巨木の枝のように節くれだったサンケの手に緑色の魔方陣が展開され、何かが飛び出す。それは、長い柄の先端にスプーン状の幅広の刃が取り付けられ、反対側には取っ手のようなものが付いた道具――ショベル。
だが、ただの工具と侮ることなかれ。そのショベルの取っ手の根本からは、高位の魔法士にとって必需品である宝珠の光沢が煌いている。
サンケはショベルをバトンのように華麗に振り回すと、先端を勢いよく床に突き立てた。刺さった部分を中心に魔方陣が展開され、サンケは魔法を詠唱する。
「『
アミティ・ジョーが水の四元素王ならば、サンケ・トママエは土の四元素王である。
天からの槍に刺された
しかし、未だ宝珠までには至らない。更なる凶暴さを携えて現世に還ってきた
さて、前方に中二階へと通じる階段があるこのエントランスホールなのだが、周囲を扉で閉ざされた空間と思ったら全然違っていて、右手と左手にそれぞれ廊下が伸びている構造になっている。てか、上を見ると、二階にも同じような廊下があるのが見える。つまり、それが何を意味するのかというと――、
廊下の奥から、魔物がエントランスホールに際限なく溢れて来るのだ。
「もう、また
「楽しませてくれるじゃねえか。上等だ!」
恐らく、エントランスホールの喧騒を聞きつけてやって来たのだろう。廊下の奥から漏れる光ですでに目が慣れているだろうから、天井の光による効果はあまり期待できないだろう。
拳を固め、地を蹴って駆けながら、ふと思う。
「ふんっ!」
ショベルが床を叩く音で、僕は我に返った。次の瞬間、廊下とエントランスホールを結ぶ床板から岩壁が生え、隙間なく塞いでしまったのだ。
「落ち着け、クロスファミリー。奴等の掃討は、俺達が主に為すべきことではない」
サンケの野太い掛け声で、僕達は我に返った。
「なんだとてめえ! 俺達の邪魔すんじゃねえよ!!」
「待って待って待って、兄弟! ここは、サンケが言ってることの方が理に適ってる。ありがとう、サンケ。おかげで助かった」
一瞬、空気が悪くなりかけたが、僕のフォローで何とかなった。って、おいこら兄弟、『兄弟が正しいって言ってるから大人しく従うが、もし違ってたら容赦しねえからな』みたいな顔しない。物凄く出てるから。顔に凄く出てるから!
ここで、おもむろに口を開いたのがテトラだった。
「ねえ、黒十字クン。ここが、例の謎の発光の場所ってのは分かったけど、この校舎のどこで発光が起きてるのかまでは分からないの?」
「え? ……そんなこと急に言われてもなあ。あんたらに見せた例の点は、伝聞と実際の観測から大体の場所を割り出した、ただの目印だ。そもそも、あの発光の正体がなんだか分からないと、
「そう。なら、ここで魔物の
「ああ、なるほどね。……やってみるか」
何かを掴み上げるように両掌を上へ向け、僕はその上に魔方陣を展開した。陣の中央に大まかな旧校舎のシルエットが描かれ、赤いマーカーが内部に点々と映される。
魔物ってのは負の魔力が凝集して形を成したものらしい。ってのは、前も言ったことがあるよね。
だが、
また、兄弟は気付いていたようだが、
「テトラ、やはりこの反応は、先日、例の侵入者が盗んだ研究と関係あると見て間違いないんじゃないか」
「私もそう思うわ、サンケ。
思えば、これを近くで聞かれたくなかったから、僕に
さて、
下級の魔物に属しているにも関わらず
魔物として在る為の魔力の総量が少なくても、死肉という明確な『基盤』があるので、たとえ大きな肉体の損傷があっても、再生するために消費される魔力の量が他の魔物よりも少なくて済むのだ。同じ土壁でも、泥だけを固めて作った物よりも、木の芯に泥を塗りたくって作ったものの方が、修繕の労力が少ないでしょ? そんな感じ。
だから、今まさに別の部屋の壁を突き破ってエントランスホールに侵入してきた『こいつ』もまた、巨大な人間の亡骸に負の魔力が集まったようなもんだから、タフさは並みの個体の更に上を行くんだ。
――って、は⁉
突然の乱入者は、僕達の倍以上の巨体をしているのだけは分かった。だが、僕はそいつをなかなか直視できなかった。ちらっと見ただけで、僕は鼻の穴から脳を鷲掴みにされるような感覚に見舞われ、胃から何かが込み上げてくるのを耐えねばならなくなったからだ。
それもそのはず、そいつの全身を形作っていたのは、腐臭漂う人肉だった。体表は死体の皮膚が縫い合わさっているのか赤黒く変色しており、頭部に至っては幾人もの亡者の顔がくっついていてどれがオリジナルの顔なのか分からない。
右腕は大得物を掴んだ筋骨隆々の極太サイズなのだが、左腕は腕というか、人間の細い腕がしめ縄のように集まって一本の腕を作っているという奇形っぷり。胴長短足な体系のようだが、パンツの代わりに人間の四肢が腰蓑のようにぶら下がっており、なんとも冒涜的で気持ち悪い。
「また、変なのが出てきやがった。なんだこいつは!!?」
口を押えていた僕の代わりに、兄弟が憎々しげに叫ぶ。
「
「テトラ! こいつがいるってことは、クロスファミリーが持ってきた案件は、やはり俺達の件とも関係があるんじゃねえのか⁉」
「そうね。これで私も確信したわ」
え、だから、なに何喋ってるの、あんたら。目の前にいる、そのスカなんとかのインパクトが強すぎて、全然聞こえなかったんだけど。
僕は危機をすぐさま感じ取り、後方へと跳んだ。
威力もさることながら、あいつが握ってる大得物もまたなんて悍ましい外見をしているんだ。四方に棘の生えた錨のようにも見えるが、
僕が奥歯を噛み締める一方、前に出たのが兄弟だった。僕に手を出した恨みとばかりに、
「『
詠唱と共に放たれた一条の光線は、
「よせ、金十字!
切羽詰まったような口調のようだが、なんて水を差すようなことを僕達に言うんだ、このサンケって奴は。と、僕は内心毒づいたが、僕達はすぐにその言葉の意味を理解する。
「こいつ、
つまり、傷を回復するのに消費すべき魔力を、
「成る程な。死体を身体にくっ付けるたびに、傷が治るばかりか、身体が更に丈夫になって強くなっていくってわけか。おもしれえ!」
敵の特性が理解できたのか、兄弟の口角がひどく吊り上がっていた。いや、僕は笑えんわ。奴が
「とにかく、この場から離れないと!!」
残る退路は、サンケが封じていない方の一階廊下だけだった。僕達は走った。
逃げる僕達を廊下で待ち構えていたのは、
「邪魔をするな!」
先鋒の僕が叫ぶ。
最初の
無論、これごときで
僕のすぐ後ろが兄弟だった――自慢の
兄弟の後ろが、たぶんテトラだ――兄弟に全身を斬られて倒れたまま、再生の時を待つ
「ねえ、金十字クン! 後ろの私達にも気を配ったほうがいいんじゃない⁉」
「知るか。てめえなら、てめえでなんとかなんだろ」
「……もう! 優しいのは黒十字クンにだけなの⁉」
どういう意味だコラ。あんたら何の会話してんだ。
で、しんがりを務めていたのがサンケだ――途中邪魔が入ったが再生出来た
サンケの更に背後から、乱暴な音が響いてくる。
「ねえ、黒十字クン! あそこから上階へ逃げられそう!」
非実体の
僕達が了解すると、合図とばかりにサンケが床にショベルを突き付けた。緑色の魔方陣が
「行くぞ! 奴が壁を突き破って迂回する前にな」
途中の踊り場でガーゴイルに襲われたが、僕が
階段を登り切った僕達を待っていたのは、再び長い階段といくつかの小部屋だった。
案の定、二階にも
が、廊下を進んだ途中で『あいつ』がまた現れた。
廊下の壁を突き破って、
クロスファミリー組とギルドクラブ組を分断するように来襲した
突然の乱入者に兄弟は頭に血が登っていた。
「この野郎、また出てきやがって。不死身とか知るか。撤退ばかりってのは好きじゃねえんだよ」
「ちょっと待って、金十字クン! まだ近くに
テトラの制止も聞かず、兄弟は
「だめだよテトラ。こうなっちゃったら、兄弟は話を聞かない。周囲の
「了解だ、黒十字。貴様の案に賛成する」
テトラの代わりにサンケが同意したのと、
咆哮が響き渡った。地獄で責め苦を受ける亡者達の悲鳴を丸ごと束ねたような声に、思わず寒気がした。大得物を振り下ろす
けど、
ならば、と
眼前の群れに狙いを定めたテトラが、前方に魔方陣を展開する。身の丈ほどの直径の円陣が緑色に染まり、続いて茶色に染まった。
「『緋染めの風《マッド・レッド・ウィンド》』」
テトラが唱えるや、激しい旋風が魔方陣から放出され、螺旋を描きながら部屋の中にいる
で、緑と茶色の魔方陣から放たれた魔法が、なぜ『緋染め《レッド》』なのかというと、緑の魔方陣から作った風の中に、茶色の魔方陣から作った砂礫が混じっているから。それも、石器みたいに先端が尖っているのばかり。そんなもんが荒れ狂う暴風の中に混じっていたらどうなる? 魔物を飲み込んだ暴風が、砂礫で全身を斬り刻まれた
風と砂が織りなすフードプロセッサーにより、
「『健啖なる
サンケがショベルを地面に突き立てると、石床の上に絨毯が敷かれた屋内であるにも関わらず、
同じような光景を僕は見たことがある。水の四元素王、アミティの『
僕達が
「――らぁ!」
僕が確認した時、兄弟の
続いて、再び生成した
「『
肘から先を閃光へと変え、跳躍込みのアッパーカットが
「これで、ワンダウンだ。さあ、第二ラウンドと行こうじゃねえか」
まるでボクシングのような構えを取って、その場で小さくステップを踏む兄弟。そんな僕達の目の前で、
次の瞬間、伸縮自在な
それは、もはや再生の領域を超えていた。なぜなら、肩の斬り口から生えてきたのは、兄弟が斬り落とした腕だけではなかったからだ。もう一本、別の腕が生えている。元々あったやつと同じくらい隆々とした太い腕が。
あまつさえ、天井の崩壊は、
いつの間にか拾い上げていた錨の大得物を手にする、筋骨隆々の二つの右腕。異形のトゲトゲ棒を絡みつかせた、無数の腕で成り立つ異形の左腕。そして、どれかオリジナルか分からないほど顔で覆われた頭部。改めて僕は思う。奴の異形は、それだけ数多の死体を取り込んだから成せるもんなんだ。って。
「またやっちゃたわね、金十字クン。これ、余計に強くなっちゃったって感じじゃない?」
「なんだよ、俺のせいって言いたいのか? あいつがおかしすぎるのがいけねえんだろうが。なんで、天井にいたのを無理やり引っ張り出して再生すんだよ」
「兄弟、やっぱりこいつ、この施設の中じゃ無敵なんだ。倒すなら、こいつを施設の外に追っ払うしかない。出来なけりゃ、しばらくは退散し続けるしかないよ」
「そうだな、兄弟。悔しいが、マジで認めるしかねえ」
僕の答えと、目の前で咆哮を上げる
「とりあえず、こいつに暴れられては、ここの探索なんて呑気にしてられないわ。倒せないなら、しばらく動きを封じてやればいいんじゃないかしら?」
テトラの提案に、僕と兄弟は顔を合わせた。普段は魔物を狩ってばかりいる僕達には、動きを封じてやるという発想は、あまり出てこないものだったからだ。
いや、不可能ってわけじゃない。僕だって
「……そうだね、テトラ。僕もその案に賛成するよ」
「あんまり乗り気じゃねえが、仕方ねえ!」
そんな僕達目掛け、
「早くやるぞ、貴様ら。俺達が手を合わせれば、奴を止めるなど造作もない!」
そう合図を送ったサンケは、倒れて折り重なった本棚の山の上にテトラと立っていた。いや、あんたら、僕達を差し置いて、なに二人で先に安全な所にいるんだよ。僕達があんたらのことあんまり好きじゃないの、そういうところだぞ!
合流した僕達。まず行動したのは僕とテトラだ。僕達はそれぞれ、
「『
「『森の
黒の魔方陣から、無色に光る縄が伸びる。青と茶色の魔方陣からは、人間の腕よりも太く強靭な蔓が伸びる。それらは瞬く間に
身動きできずに呻く
「『天光の
魔方陣の下側から、光の剣の切っ先が顔を覗かせた。それは、刀身の部分だけでも
僕とテトラ、兄弟と続いて、シメはサンケだ。
「『生者の
石棺の隙間が光ったような気がしたが、それは魔力によって隙間を無くす過程だったようだ。近づいてみると棺には隙間が全くなく、石の
「さて、これで奴は何も出来まい。探索に専念するぞ」
サンケが自慢の石棺を叩いた。なんかなあ、サンケがそういうことを言うと、イマイチ良い予感がしないんだよなあ。
さて、
で、敵を追っ払っている途中で、兄弟が言ったんだ。
「ところでテトラ、今更聞きてえ事なんだが、てめえらはなんで、
「そのためには、一旦、落ち着いて話せる場所を探さなくちゃいけないわね」
かくして、僕達は例のバルコニーに移動した。で、そこで早々、兄弟が口を開いたんだ。
「ここは、落ち着いて話すには十分な場所だよな。だから、詳しく聞かせてもらおうか。あんたらがエントランスでペチャクチャ喋ってたことをな。とぼけるのだけは許さねえぜ」
「は? 兄弟、それ、どういうこと?」
「はあ、やっぱり聞いてたのね、金十字クン」
「貴様にばれた以上、隠し通すのは無駄だろうな」
テトラとサンケでエントランスホールで喋っていた内容を、僕はここで知ることとなった。当然ながら、僕もそれに対する興味が湧いたので、テトラに訊いたんだ。なぜ、ギルドクラブは
まず初めの疑問を、テトラが答えてくれた。
「同じ
「ふーん、で、なんでそれが、
僕の指摘に、テトラは思考を整理するためか、ひとまず深いため息をついた。そして、続けた。
「答える前に、確認のために一応、質問するんだけど、黒十字クンは、
「そりゃあ……、負の魔力が集まることによって動いた人間の死体が、
「ご名答。流石は、模範的な魔物ハンター、黒十字クン。で、それは
「他って……、例えば、捕獲とかか? あんたらの研究室でもっとじっくり観察するために、とか」
僕の答えに、テトラは、にっと口端を釣り上げて目を細める。そして、豊かな胸を張りながら答えた。
「いい答えね。でも、ちょっと違う。私達が、
僕は度肝を抜かれたよ。
「は、はあ⁉ 意図的に死体を
「ああ、ちょちょちょ、声が大きい! 顔が近い近い近い! あのね、あくまでこれは、人の死体がどのような経緯で
「期待されてる……って、ただでさえ、自ら魔物作ってるのもアウトなのに、戦場の死体を勝手に
「あのねえ。この研究も、将来的には人類にとって非常に有益な効果をもたらすのよ。そのためには、多少の倫理の逸脱は仕方のないことだわ。というか、そんなの気にしすぎた結果、よりよい未来を得るチャンスを失うことの方が、私達にとっては罪深い行為だと思うわ!」
「はあ、意味わかんねえ。何が『将来的には人類にとって有益』だ。あんたにとってのそれは、人の良心とかなんか気にしねえで好き勝手やるための言い訳みたいなもんだろ。ふざけてんのか!」
次の瞬間、僕はサンケに腕を掴まれていた。
「ここには、俺がいるのを忘れるな。テトラに手を出すのなら、その時は俺が容赦しない」
彼の鬼のような形相を見て、僕は我に返った。どうやら僕は、知らない間に、テトラの胸倉を掴んで、ともすれば殴り掛かろうとしていたらしい。僕としたことが、頭に血が昇って我を失うなんて、兄弟を笑えないじゃないか。
ふと、兄弟を見ると、無言でサンケを睨んでいた。兄弟にとっては、僕がテトラの話で怒るのは当然の話で、怒らせたギルドクラブの方が悪い。ってことなんだろう。で、今の彼には、僕を止めるために手を出したサンケが一番気に食わないようだ。
「……悪い。今は、プラチナアカデミーでやってる研究のことについて、怒ってる場合じゃないんだよな」
「分かればよい。続きは、俺が答える。また黒十字が激昂して、テトラに危害を加えるわけにはいかないからな」
僕はテトラから離れ、兄弟の近くに移動した。テトラもまた、サンケの近くに移動する。まあ、この流れはしゃあない。
「一応、確認するが、
僕達は首を縦に振った。要は、奴等は
「テトラが言っていたが、
「へえ、じゃあつまり、
あえて、小ばかにした態度で言ってやった。案の定、テトラがムッとしている。
「
「姿を消した? ってことは、退治されたってわけ?」
「なんか引っかかる話だな。サンケが言ってんのが正しいなら、俺達が遭った
兄弟が言ったことは、確かにそうかもしれない。サンケの言う
「まあ、その点については、ここにいる全員が分かっていない」
ってことなんだがな。
「とりあえず、
「侵入者が現れた」
「……侵入者?」
だが、僕達が知れたのはここまでだった。突如、この会話の流れをぶった切る乱入者、てかあいつが、バルコニーの壁をぶち破って現れたからだ。
「はあ、最悪のタイミングで出てきたわね」
「
「あの封印を抜けてきたってのか⁉ なんて奴だ!」
「いや、あの封印は、もともと長く持続するものではなかった。クロスファミリー、貴様らへの説明は後回しだ。今はこっちに周囲するべきだ」
ああもう、そうですね。としか今は言えない。全く、なんてタイミングで現れやがった。
あの四重の封印を耐え抜いたからだろうか、
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