隔離施設で追いかけっこ

 プラチナアカデミーは、かつて魔法士を幽閉していた城を校舎に改装させたものであり、幽閉されていた当時の魔法士達は賢者と呼ばれていた。ってのは、前も言った。が、この話には続きがある。


 閉じ込められていた魔法士達。その全員が全員、迫害を受けてきた哀れな人達ってわけではない。彼等の中に、ごく少数だけだけどいたんだ。真に危惧すべき正真正銘の悪の魔法士が。


 僕も伝聞程度しか聞かないが、人を呪い殺すのは当たり前。人と人を生きたままくっつけて魔物のようにしたり、疫病をばら撒いて町どころか山一つ滅ぼしたり、魔物を従えて人々に圧政を敷いたり……聞くも地獄、語るも地獄の悪事の限りを、連中は実際にやっていたらしい。


 当然ながら、プラチナアカデミーが発足されるようになっても、悪の魔法士達だけは解放なんてされるわけがなかった。正確には、魔法士達が幽閉されていた時から、彼等の手によってすでに厳重に封印されていたらしいけど。かのペンシル王も、賢者達からの話を聞き、悪の魔法士達を解放することは決してしなかったそうだ。


 悪の魔法士達は、更に奥地にある辺鄙な場所に建てられた施設の地下室に幽閉され、今でもなお解放の時を待っているのだそうだ。


 以上が、プラチナアカデミー旧校舎の起源である。


「……おかしい。まだ、日中だよな?」


 眼前に聳える旧校舎を前にした僕の口から、そんな言葉が漏れた。


「日中どころか、お昼にもなってないわ、黒十字クン」


 テトラが答えるも、僕は納得するのにしばしの時間を要した。だって、日中の日陰と形容するには、辺りはあまりにも暗すぎる。


 その原因が、目の前の旧校舎が日差しを遮っているからなのか、周囲に鬱蒼と茂る木々が木漏れ日すら隠しているからなのかは分からない。湿り気を含んだ重たい空気も相俟って、鬱々とした雰囲気が建物全体に充満していた。


 てか、構内の隅っこに建っているって聞いたから、僕はてっきり粗末な造りなのかと思っていた。だが実際は、塀どころか立派な門まで拵えてある本格的な建物だった。けれども、華やかな本校舎とは異なり、建造当時から時が止まったかのように、旧校舎は黒ずんだ外壁で覆われていた。その姿は、さながら隔離された閉鎖病棟のよう。


 いや、あの黒ずみは年月の経過だけで生じるもんか? なんか、負の念とかが凝集して……いや、あまり考えるのは止そう。いくら魔物の仕業かも知れないとはいえ、ああいうものは見ていて寒気がする。


 僕はもう一度地図を開いた。だが、地図が示した観測地点と、目の前の建物の位置は、無情なまでにぴったりと一致していた。


「あの中に、異変の元凶があるんだろ?」


 不気味な建物を前にして、兄弟の炯眼は鋭さを増していた。僕を見て「早く行こうぜ、兄弟」と笑む兄弟は、頼もしくもあり、どこか危うくもあった。


 ★★★


 旧校舎の二階のテラスは、床石の隙間から漏れる苔や土のせいか、湿っぽい空気が漂っていた。けれど、中の空気に比べたら、まだ爽やかなほうだ。というか、高層の屋外にも関わらず薄暗いのは、地衣類を纏った樹木が枝葉でバルコニーを侵略するほど茂っているからだろう。決して、この建物の中に棲む業の一部が放ったものではないと信じたい。


「ねえ、テトラ。その帰還者レヴァナントの研究って何? 屍山あさりスカベンジャーと関係があるってどういうこと? そもそも、あんた達の周りで、一体何が起きているんだ⁉」


「そんな立て続けに聞かれたって、すぐには答えられないよ。順を追って説明する必要があるわ」


 いや、なんで入って早々二階のバルコニーにいるのか。って? テトラ達と落ち着いて話せる場所を探してたら、ここしかなかったからだ。


 旧校舎に入った僕達を待っていたのは、兄弟曰く、最高の歓迎だった。


 エントランスホールは全貌が把握できないほど真っ暗だったが、階段らしき通路が見えたことから、吹き抜けの構造になっていることだけは分かった。が、それ以上に僕達を虜にしたのは、顔を顰めたくなるほど酷い臭いと、この世に在らざるべき者達の視線。


「……旧校舎ってのは、未開の森アンポリシュドの魔物にとって、小魚における沈没船のようなものか」


 いやサンケ、沈黙守ってたと思いきや、いきなり何言ってんだ。


 寒気を感じて上を見る。一体の生霊レイスが、二階の柵をすり抜けていた。そいつが青白い腕をゆっくりと動かすと、開けっ放しだったドアがひとりでに閉じる。何かが音が聞こえ、辺りは暗闇に……


「兄弟! 天井に信号弾フレア!!」


「おう!」


 僕達の反応は早かった。突如、激しい光が天井で迸り、真っ暗だったエントランスが瞬く間に昼間のように明るくなる。魔方陣を展開した片腕を突き上げた兄弟が、天井で眩い光を放つ光球を発生させていたのだ。


 その光の強さは、あくまで自分の居場所を示すだけの信号銃フレアガンのような甘っちょろいもんじゃない。あまりの眩しさに、光を嫌う魔物達の悲鳴がエントランスに響き渡る。さっきの生霊レイスは壁の向こうへ逃げ、動きの鈍い動死体ゾンビはその場で顔を抑え込み、別の生霊レイスに至っては爆ぜて宝珠になってしまった。


 が、強い光なんか関係ないって魔物もいた。今まさに野蛮な唸り声を上げて僕を睨んでる奴だ。このエントランスのどこにいたんだ。ってくらい巨大な体格に、頭に角を生やし、嘴のように口先を尖らせ、背中から翼を生やし、岩石のような固い皮膚に覆われた、下位の悪魔デーモン――ガーゴイル。


 閃光が効かぬとは、流石は動く石像である。兄弟に襲い掛かるつもりのようだが、迎え撃つは、四肢に魔方陣を巻き付けて強化させた僕だ。ポリシュドに入ったばかりの時は相手が人間だったから手加減したけど、魔物なら話は別。容赦はしない。


 ぱぁん、という音が響いた。


 鋭い爪の生えたガーゴイルの強烈な引っ掻き攻撃を、僕が小型盾バックラーの分厚い魔方陣で弾いたからだ。その隙を狙って、腕関節、胸部、股関節、腰を落として、膝、爪先、とヒビが入るほどの打突――からの今度は下あごへ膝の伸びを活かしたアッパーカット、そして、腹部へ渾身の前蹴り。流れるような連打が立て続けにヒットし、ガーゴイルの巨躯が後方へよろめく。


 ガーゴイルの目の前に、何層も重なって浮かぶ魔方陣――主に重力方向の変化、加速度の強化といった術式が施されており、通り抜ければ通り抜けるほど、その効果は強化されていく。奴が最期に見たのは、それら魔方陣を突き破って飛び掛かる僕だった。


「『魔法士の跳び膝蹴りメイガス・テンカオ』ッ!」


 魔力によって殺傷能力を高めた必殺の跳び膝蹴りは、ガーゴイルの角や嘴どころか頭部そのものを破壊し、巨体を吹っ飛ばした。後ろにあった戸棚やらテーブルやらといった調度品が、巻き添えを食らって破壊される。何やら嫌な音が聞こえたのは、兄弟の閃光を嫌がって物陰に隠れていた哀れな魔物が、ガーゴイルの下敷きにされてしまったからだろう。


 やがて起き上がるガーゴイル。顔面は見事に再生し、より敵意に充ちた眼差しをこちらに向けてくる。どうやらこいつもまた、一回やったくらいじゃ死なないタイプのようだ。


「ナイスよ、黒十字クン。おかげで、詠唱に十分な時間が稼げたわ」


 ここでガーゴイルは魔方陣が全身に描かれていることに気が付いた。赤熱した焼き印のように閃く赤い紋様が、身体の至る所に隈なく施されていたのだ。


「『爆轟デトネイト』」


 彼女が魔法を紡いだ次の瞬間、真っ赤な魔方陣が爆発した。石像に仕込まれたダイナマイトよろしく爆ぜる紋様が巨体を蹂躙し、ガーゴイルは再び粉微塵に砕かれた。そのまま再生することはなく、ガーゴイルがいた所に、鈍色の宝珠が墓標のように転がっていた。


「もしかして、僕いらなかった?」


「何言ってるのよ。黒十字クンがいなかったら、あんな立派な魔法は唱えられなかったわ」


 あまりの強さに僕が嫌味を飛ばしてやると、テトラは口元だけ緩めて答えた。――なんて、しょうもない会話をしていられたのは、ほんの少しだけ。動ける魔物はまだいる。


「『光線掃射レイ・ストーム』!」


 兄弟が詠唱すると、彼の頭上に展開されていたいくつかの魔方陣から、何条もの光線が放たれた。降り注ぐ光線は、エントランスにいた全ての動死体ゾンビに容赦なく命中する。倒れた奴等に残る醜く焼け爛れた傷跡が、兄弟の光線の威力を物語っていた。


「驚かせてくれるな、金十字。貴様のことだから、いきなりこの建物を壊すほどの魔法を放つのかと思っていた」


「んなことするか、土野郎。兄弟が危険な目に遭っちまうだろうが!」


 サンケの皮肉に噛みつく兄弟。けどゴメン、兄弟には悪いけど、ぶっちゃけ僕も同じこと危惧していたわ。

 

 サンケと兄弟の言い合いは、再び起き上がった動死体ゾンビ達によってすぐに終了した。人型の魔物である動死体ゾンビの由来は、蘇った死者のような不気味な外見からだと言われている。でも本当は、見た目だけではない。大型の魔物並みに高い体力もまた、彼等が動死体ゾンビと呼ばれる由来なのだ。


 前に出ようとする兄弟を、サンケが制した。


「貴様も知ってるだろう。一度起き上がった動死体ゾンビ共は、多少の光は意にも介さん。今度は、俺にやらせろ」


 巨木の枝のように節くれだったサンケの手に緑色の魔方陣が展開され、何かが飛び出す。それは、長い柄の先端にスプーン状の幅広の刃が取り付けられ、反対側には取っ手のようなものが付いた道具――ショベル。


 だが、ただの工具と侮ることなかれ。そのショベルの取っ手の根本からは、高位の魔法士にとって必需品である宝珠の光沢が煌いている。


 サンケはショベルをバトンのように華麗に振り回すと、先端を勢いよく床に突き立てた。刺さった部分を中心に魔方陣が展開され、サンケは魔法を詠唱する。


「『土葬の槍ベリアル・ストライク』」


 アミティ・ジョーが水の四元素王ならば、サンケ・トママエは土の四元素王である。


 天からの槍に刺された動死体ゾンビ達は、今度は地面からの槍に刺された。鋭く尖った土の槍が、一体一体を囲うように床から生え、尽く串刺しにしてしまったのだ。致命傷を受けたのか、赤黒い体液を土に染み込ませながら、動死体ゾンビ達はその場でぐったりとなる。


 しかし、未だ宝珠までには至らない。更なる凶暴さを携えて現世に還ってきた動死体ゾンビ達は、唸るような咆哮を上げた。が、悲しいかな。頑強な土の槍に全身を貫かれたまま、その場でただただ乱暴に腕を振り回すことしか出来ない。哀れな彼等を兄弟が光剣ライトセイバーで斬り裂いて宝珠へと還してやったのは、程なくの話。


 さて、前方に中二階へと通じる階段があるこのエントランスホールなのだが、周囲を扉で閉ざされた空間と思ったら全然違っていて、右手と左手にそれぞれ廊下が伸びている構造になっている。てか、上を見ると、二階にも同じような廊下があるのが見える。つまり、それが何を意味するのかというと――、


 廊下の奥から、魔物がエントランスホールに際限なく溢れて来るのだ。


「もう、また動死体ゾンビかよ!」


「楽しませてくれるじゃねえか。上等だ!」


 恐らく、エントランスホールの喧騒を聞きつけてやって来たのだろう。廊下の奥から漏れる光ですでに目が慣れているだろうから、天井の光による効果はあまり期待できないだろう。


 拳を固め、地を蹴って駆けながら、ふと思う。未開の森アンポリシュドに棲息する動死体ゾンビは、凶暴な上にタフネスが高いから面倒くさくて嫌いなんだよなあ。


「ふんっ!」


 ショベルが床を叩く音で、僕は我に返った。次の瞬間、廊下とエントランスホールを結ぶ床板から岩壁が生え、隙間なく塞いでしまったのだ。


「落ち着け、クロスファミリー。奴等の掃討は、俺達が主に為すべきことではない」


 サンケの野太い掛け声で、僕達は我に返った。


「なんだとてめえ! 俺達の邪魔すんじゃねえよ!!」


「待って待って待って、兄弟! ここは、サンケが言ってることの方が理に適ってる。ありがとう、サンケ。おかげで助かった」


 一瞬、空気が悪くなりかけたが、僕のフォローで何とかなった。って、おいこら兄弟、『兄弟が正しいって言ってるから大人しく従うが、もし違ってたら容赦しねえからな』みたいな顔しない。物凄く出てるから。顔に凄く出てるから!


 ここで、おもむろに口を開いたのがテトラだった。


「ねえ、黒十字クン。ここが、例の謎の発光の場所ってのは分かったけど、この校舎のどこで発光が起きてるのかまでは分からないの?」


「え? ……そんなこと急に言われてもなあ。あんたらに見せた例の点は、伝聞と実際の観測から大体の場所を割り出した、ただの目印だ。そもそも、あの発光の正体がなんだか分からないと、探索サーチのしようがない」


「そう。なら、ここで魔物の探索サーチでもしてみたらどうかしら。クロスファミリーが知りたいのは、魔物が増えた原因でしょ? この建物全域に探索サーチを掛ければ、例えば、強大な魔力とかが分かるんじゃないかしら?」


「ああ、なるほどね。……やってみるか」


 何かを掴み上げるように両掌を上へ向け、僕はその上に魔方陣を展開した。陣の中央に大まかな旧校舎のシルエットが描かれ、赤いマーカーが内部に点々と映される。


 魔物ってのは負の魔力が凝集して形を成したものらしい。ってのは、前も言ったことがあるよね。探索サーチは、微弱な魔力を放出し、指定した対象の持つエネルギーと相互作用させて感知する魔法だ。今、僕が探索サーチの為に放出した魔力は、魔物が持つ特有の負の魔力に反応する。つまり、この魔力に反応した何かの分布が多い場所こそが、僕達が狙っている真理に最も近い場所というわけだ。今のところだけど。


 だが、探索サーチが露にした事実は、僕を愕然とさせた。


 また、兄弟は気付いていたようだが、探索サーチの結果に僕が夢中になっていた間、サンケとテトラがこんな会話をしていた。


「テトラ、やはりこの反応は、先日、例の侵入者が盗んだ研究と関係あると見て間違いないんじゃないか」


「私もそう思うわ、サンケ。プラチナアカデミーわたしたちから盗んだ研究資料で何するつもりなのかと思ってたけど、これが事実なら、まさかこんな近くで悪用していたとは予想外だったわね」


 思えば、これを近くで聞かれたくなかったから、僕に探索サーチをさせていた気がするよ。テトラ達の魔力を以ってすれば、こんなのもっと楽に出来るもん。


 さて、探索サーチから分かった結果の一つとして、サンケが作った石壁の反対側に広がる夥しい魔物の反応は動死体ゾンビの群れによるものだ。


 下級の魔物に属しているにも関わらず動死体ゾンビが上級の魔物並みにタフなのは、奴等の身体が負の魔力の凝集のみによって形作られているのではなく、奴等の正体が負の魔力が集積されることによって生命を得た『人間の亡骸』だからだと言われている。


 魔物として在る為の魔力の総量が少なくても、死肉という明確な『基盤』があるので、たとえ大きな肉体の損傷があっても、再生するために消費される魔力の量が他の魔物よりも少なくて済むのだ。同じ土壁でも、泥だけを固めて作った物よりも、木の芯に泥を塗りたくって作ったものの方が、修繕の労力が少ないでしょ? そんな感じ。


 だから、今まさに別の部屋の壁を突き破ってエントランスホールに侵入してきた『こいつ』もまた、巨大な人間の亡骸に負の魔力が集まったようなもんだから、タフさは並みの個体の更に上を行くんだ。


 ――って、は⁉


 突然の乱入者は、僕達の倍以上の巨体をしているのだけは分かった。だが、僕はそいつをなかなか直視できなかった。ちらっと見ただけで、僕は鼻の穴から脳を鷲掴みにされるような感覚に見舞われ、胃から何かが込み上げてくるのを耐えねばならなくなったからだ。


 それもそのはず、そいつの全身を形作っていたのは、腐臭漂う人肉だった。体表は死体の皮膚が縫い合わさっているのか赤黒く変色しており、頭部に至っては幾人もの亡者の顔がくっついていてどれがオリジナルの顔なのか分からない。


 右腕は大得物を掴んだ筋骨隆々の極太サイズなのだが、左腕は腕というか、人間の細い腕がしめ縄のように集まって一本の腕を作っているという奇形っぷり。胴長短足な体系のようだが、パンツの代わりに人間の四肢が腰蓑のようにぶら下がっており、なんとも冒涜的で気持ち悪い。


「また、変なのが出てきやがった。なんだこいつは!!?」


 口を押えていた僕の代わりに、兄弟が憎々しげに叫ぶ。


屍山あさりスカベンジャー! 帰還者レヴァナントの生態研究の副産物で生まれた魔物じゃない!! なんでこんなところにいるのよ⁉」


「テトラ! こいつがいるってことは、クロスファミリーが持ってきた案件は、やはり俺達の件とも関係があるんじゃねえのか⁉」


「そうね。これで私も確信したわ」


 え、だから、なに何喋ってるの、あんたら。目の前にいる、そのスカなんとかのインパクトが強すぎて、全然聞こえなかったんだけど。


 僕は危機をすぐさま感じ取り、後方へと跳んだ。屍山あさりスカベンジャーの大得物が、僕がついさっきまでいた所に振り下ろされ、轟音と共に床の石材が粉微塵に吹き飛んだ。エントランスホールのほぼ中央に、クレーターが穿たれたも同然だった。


 威力もさることながら、あいつが握ってる大得物もまたなんて悍ましい外見をしているんだ。四方に棘の生えた錨のようにも見えるが、屍山あさりスカベンジャーの膂力であんな鋭い大獲物が振り回されたら、かすっただけでも肉を抉り去られてしまう。


 僕が奥歯を噛み締める一方、前に出たのが兄弟だった。僕に手を出した恨みとばかりに、屍山あさりスカベンジャーへ向けて掌を翳し、魔方陣を描く。


「『破壊光線ハヴォック・レイ!」


 詠唱と共に放たれた一条の光線は、屍山あさりスカベンジャーの左肩を貫通し、熱と爆風で腐肉のような体躯を内側から焼き焦がす。肉が焼け焦げる嫌な臭いが鼻を刺激し、屍山あさりスカベンジャーの左半分には大きな穴が穿たれていた。


「よせ、金十字! 帰還者レヴァナントの近くで屍山あさりスカベンジャーに致命傷を与えても意味はない!」


 切羽詰まったような口調のようだが、なんて水を差すようなことを僕達に言うんだ、このサンケって奴は。と、僕は内心毒づいたが、僕達はすぐにその言葉の意味を理解する。


 屍山あさりスカベンジャーのすぐ近くに、動死体ゾンビがいた。恐らく、サンケの壁で立ち往生していた奴等だろう。屍山あさりスカベンジャーは、突然その動死体ゾンビ――サンケは帰還者レヴァナントと呼んでいたようだが――を片手で掴み上げると、まるで湿布か何かのように傷口に押し当てたのだ。


 屍山あさりスカベンジャーが唸り声を上げた。地獄の底に囚われた亡者達が一斉に喚いているような声だ。聞いているだけで、嫌悪感で頭がおかしくなる。だが、僕達が驚いたのはその後だ。醜い穴が穿たれていた部分が、きれいさっぱり無くなっていたのである。いや、正確に言うと、


「こいつ、動死体ゾンビの身体を取り込んで、傷を癒しているのか⁉」


 つまり、傷を回復するのに消費すべき魔力を、屍山あさりスカベンジャーは他の魔物から奪うことによって倹約していた。いや、傷を癒すだけだったら、動死体ゾンビの魔力は十分すぎてが出るだろう。それはそのまま、屍山あさりスカベンジャーの身体を構築するための糧になる。つまり、


「成る程な。死体を身体にくっ付けるたびに、傷が治るばかりか、身体が更に丈夫になって強くなっていくってわけか。おもしれえ!」


 敵の特性が理解できたのか、兄弟の口角がひどく吊り上がっていた。いや、僕は笑えんわ。奴が屍山あさりスカベンジャーと呼ばれる所以は分かったが、要は動死体ゾンビがごった返している旧校舎の中では、こいつはほぼ不死身ってことなんだろ?


 屍山あさりスカベンジャーが大得物を左右にぶん回した。たったそれだけの動作で、中二階への階段が大破し、天井にぶら下がっていたシャンデリアが落下した。あまつさえ、シャンデリアの一部が大得物に引っかかり、ハンマー投げの要領で吹っ飛んだシャンデリアが、閉ざされた旧校舎の出入り口を塞いでしまったのだ。


「とにかく、この場から離れないと!!」


 残る退路は、サンケが封じていない方の一階廊下だけだった。僕達は走った。


 逃げる僕達を廊下で待ち構えていたのは、動死体ゾンビの群れだった。


「邪魔をするな!」


 先鋒の僕が叫ぶ。


 最初の動死体ゾンビの腕の振り下ろしをくぐって回避し、次の動死体ゾンビの脇腹を横蹴りで吹っ飛ばして反動でジャンプ。ちょうど天井にあった照明を掴み、振り子の原理で揺れた先で手を放す。落下地点にいた動死体ゾンビを膝蹴りで吹っ飛ばし、前方に固まっていた集団を纏めて吹っ飛ばす。倒れていなかった動死体ゾンビが両脇にいたので、身を捻って跳躍し両脚を前後に伸ばす跳び蹴りで、左右にそれぞれ吹っ飛ばした。


 無論、これごときで動死体ゾンビの群れが全て宝珠に還るわけがない。でも、後ろから聞こえる後続の暴れっぷりから察するに、たぶん宝珠化しただろう。彼等が何をしたのかは、大体わかる。


 僕のすぐ後ろが兄弟だった――自慢の光剣ライトセイバーを生成し、最初の動死体ゾンビの腕と腰を瞬く間に分断。僕の横蹴りで吹っ飛ばした動死体ゾンビへ、墓標よろしく光剣ライトセイバーを投擲してぶっ刺す。兄弟の目の前で起き上がった動死体ゾンビを、光のエネルギーが注入されたアッパーカットで殴り飛ばして天井に打ち付ける。打撃の勢いを殺さぬように身体を一回転させ、自分の両肩の上部辺りに魔方陣を展開。振り上げた両腕を振り下ろす動作と共にそれぞれの魔方陣から光線が放たれ、未だ地面に倒れたままの動死体ゾンビを打ち抜いた。


 兄弟の後ろが、たぶんテトラだ――兄弟に全身を斬られて倒れたまま、再生の時を待つ動死体ゾンビ。その顔面を、テトラは思いっきり踏んずけた。続いて、光の刃が刺さった奴はガン無視。代わりに目の前で天井に刺さっている動死体ゾンビを見て、テトラは小さく「わっ!」と叫んだ。そして、響く電光の迸る音。テトラはその動死体ゾンビ電撃エレクトリックを浴びせて吹っ飛ばすと、近くの集団に衝突させたのだ。吹っ飛ばされた奴もろとも動死体ゾンビ達が感電し、その場で激しく痙攣する。


「ねえ、金十字クン! 後ろの私達にも気を配ったほうがいいんじゃない⁉」


「知るか。てめえなら、てめえでなんとかなんだろ」


「……もう! 優しいのは黒十字クンにだけなの⁉」


 どういう意味だコラ。あんたら何の会話してんだ。


 で、しんがりを務めていたのがサンケだ――途中邪魔が入ったが再生出来た動死体ゾンビの腹部にショベルの先端を突き刺すと、光剣ライトセイバーが突き刺さった動死体ゾンビ目掛けて放り投げた。奴等は、床から突然生えた土砂の杭に全身を貫かれ、宝珠へと還った。続いて、目の前に立ち塞がるのは、僕達の打撃、光線、電撃に耐え切った数体の動死体ゾンビ達。サンケがショベルで地面を掘り起こすような動作を走りながらすると、刃のように硬化した土砂がショベルから放たれ、動死体ゾンビの首をことごとく斬り落とした。無事な奴が一体だけサンケの前を遮っていたが、鋸歯状の固い土を先に纏わせたショベルに袈裟に斬られ、そのまま地面に倒れた。


 サンケの更に背後から、乱暴な音が響いてくる。屍山あさりスカベンジャーめ、轟音の規模から察するに、廊下にある家具を隣接する部屋の壁ごと壊してやがる。それだけ暴れてて、よくこの建物倒壊してなかったな。


「ねえ、黒十字クン! あそこから上階へ逃げられそう!」


 非実体の指標マーカーが、長く続く廊下の途中にある階段の入り口辺りに投影された。


 僕達が了解すると、合図とばかりにサンケが床にショベルを突き付けた。緑色の魔方陣が屍山あさりスカベンジャーの手前に展開され、瞬く間に競り上がった土砂の壁が行く手を遮る。


「行くぞ! 奴が壁を突き破って迂回する前にな」


 屍山あさりスカベンジャーが視界を塞がれているうちに、僕達は階段を駆け上がる。


 途中の踊り場でガーゴイルに襲われたが、僕が飛び後ろ回し蹴りローリング・ソバットで吹っ飛ばし、兄弟が光のグローブでぶん殴り、テトラが雷撃で吹っ飛ばし、サンケが巨岩をぶつけて宝珠に還してやった。


 階段を登り切った僕達を待っていたのは、再び長い階段といくつかの小部屋だった。


 案の定、二階にも動死体ゾンビやら生霊レイスやらはいた。無視しようにも連中の方から戦いを吹っかけて来るから相手した。対処できる実力と、この状況を楽しめる精神があったのが救いだ。この建物は、僕達に落ち着いて探検させる暇をくれない。


 が、廊下を進んだ途中で『あいつ』がまた現れた。

 

 廊下の壁を突き破って、屍山あさりスカベンジャーが突然姿を現したのだ。いや、どこから現れた⁉ 別の階段とか見てないぞ。


 クロスファミリー組とギルドクラブ組を分断するように来襲した屍山あさりスカベンジャーは、その場で大得物を振り回すと、廊下周辺の壁をまとめて破壊した。なんということでしょう。隣接する部屋と廊下が一体化して一つの開放感あふれる空間へと変貌したではありませんか。って、今更そんなリフォームしたって意味ねえだろ。


 突然の乱入者に兄弟は頭に血が登っていた。


「この野郎、また出てきやがって。不死身とか知るか。撤退ばかりってのは好きじゃねえんだよ」


「ちょっと待って、金十字クン! まだ近くに帰還者レヴァナントが沢山いるのよ?」


 テトラの制止も聞かず、兄弟は光剣ライトセイバーを生成する。


「だめだよテトラ。こうなっちゃったら、兄弟は話を聞かない。周囲の動死体ゾンビは僕達で引き受けよう」


「了解だ、黒十字。貴様の案に賛成する」


 テトラの代わりにサンケが同意したのと、屍山あさりスカベンジャーが兄弟に狙いを定めて襲い掛かったのは、ほぼ同時だった。


 咆哮が響き渡った。地獄で責め苦を受ける亡者達の悲鳴を丸ごと束ねたような声に、思わず寒気がした。大得物を振り下ろす屍山あさりスカベンジャーとすれ違いざまに、兄弟が光剣ライトセイバーで二の腕からバッサリぶった斬ったからだ。廊下の床に右腕が大得物ごと落下し、奴の腕の切り口には光剣ライトセイバーによる赤熱した傷が残されていた。


 屍山あさりスカベンジャーの巨体がぐるりと振り返り、兄弟を見ている。いや、頭部に色んな顔があるせいで、どの顔が兄弟を見ているのか分からない。僕と目が合ってる気がする顔もあるし、テトラやサンケを見ている顔もある。てか、さっき兄弟がやった切り傷を塞ぐためなのか、屍山あさりスカベンジャーの胸辺りにある小さな腕がもぞもぞと動いてて、やっぱり僕はこいつを直視したくない。


 けど、屍山あさりスカベンジャーの顔の一つが、動死体ゾンビを見たのを僕は確認した。屍山あさりスカベンジャーの巨大な左腕を構成する無数の腕のうちの何本かが、そいつへと伸びていく。しかし、青白い触手のような腕が動死体ゾンビの身体を掴む前に、瞬間移動した僕が飛び蹴りでそいつを明後日の方向へ吹っ飛ばしてやった。獲物を逃した腕が仕返しとばかりに僕を狙おうとするが、僕はすぐに瞬間移動で回避。屍山あさりスカベンジャーの腕は再び空を掴んだ。


 ならば、と屍山あさりスカベンジャーは別の動死体ゾンビを狙おうとする。奴が破壊した壁の向こうは広めの書斎になっており、倒れた本棚やら散乱した書籍に交じって動死体ゾンビがふらふらと立っている。が、奴等を見据えているのは屍山あさりスカベンジャーだけじゃない。


 眼前の群れに狙いを定めたテトラが、前方に魔方陣を展開する。身の丈ほどの直径の円陣が緑色に染まり、続いて茶色に染まった。


「『緋染めの風《マッド・レッド・ウィンド》』」


 テトラが唱えるや、激しい旋風が魔方陣から放出され、螺旋を描きながら部屋の中にいる動死体ゾンビの群れに襲い掛かる。


 で、緑と茶色の魔方陣から放たれた魔法が、なぜ『緋染め《レッド》』なのかというと、緑の魔方陣から作った風の中に、茶色の魔方陣から作った砂礫が混じっているから。それも、石器みたいに先端が尖っているのばかり。そんなもんが荒れ狂う暴風の中に混じっていたらどうなる? 魔物を飲み込んだ暴風が、砂礫で全身を斬り刻まれた動死体ゾンビの血で真っ赤に染まるに決まってんだろ。


 風と砂が織りなすフードプロセッサーにより、動死体ゾンビに手を伸ばしていた屍山あさりスカベンジャーの手も甚大な被害を受けた。傷だらけとなった左腕は引っ込んだものの、動死体ゾンビ達は未だ宝珠化へ至らず、四散した四肢を魔力で繋ぎ合わせて自力で起き上がろうとする。やはり、奴等のタフさは驚異的だ。ここで最後にとどめを刺すのが、サンケだ。


「『健啖なる墓土グラトニー・グレイブ』」


 サンケがショベルを地面に突き立てると、石床の上に絨毯が敷かれた屋内であるにも関わらず、動死体ゾンビの足元で、土がもこもこと湧いてきた。そして、その土の中へと動死体ゾンビ達は引き込まれていく。苦痛の呻き声や、おびただしく噴き出る血と共に。


 同じような光景を僕は見たことがある。水の四元素王、アミティの『魔渦の門スパイラル・ゲート』だ。あれは地面が渦潮になって敵を引き込む魔法で、僕には十分、恐ろしい魔法に見えた。だが、サンケの『健啖なる墓土グラトニー・グレイブ』は、その更に上を行く。だって、引き込む手段が流動的じゃない。紙を裁断するシュレッダーと仕組みが同じだ。あんなもんに襲われたと考えると、流石の僕でも嫌な汗が出る。


 僕達が屍山あさりスカベンジャーの回復元を絶っていた一方、兄弟の戦いも続いていた。


「――らぁ!」


 僕が確認した時、兄弟の破壊光線ハヴォック・レイが、屍山あさりスカベンジャーの顔面目掛けて放たれていた。それは左端をかすめただけだったが、光線の熱は頭部の一部を抉り去るには十分だったようだ。頭部に無数ある顔のいくつかを失い、屍山あさりスカベンジャーが呻くように後退する。それを、兄弟は逃さなかった。


 続いて、再び生成した光剣ライトセイバーで横に薙ぎ払う。光速の斬撃は屍山あさりスカベンジャーの脛から下を切断し、巨体がその場で膝をついた。ころころと廊下に転がる奴の足は、僕はなるべく見ないようにした。間髪容れず、今度は光剣ライトセイバーを光のグローブに変え、屍山あさりスカベンジャーの懐から必殺の一撃を叩き込む。


「『昇光照打ライジング・ライト・ブレイカー』ッ!」


 肘から先を閃光へと変え、跳躍込みのアッパーカットが屍山あさりスカベンジャーの下顎に直撃した。いや、顔がありすぎてどれが本当の顔なのかは分からないが、打撃の威力と光線の熱量は屍山あさりスカベンジャーを巨体を吹っ飛ばしただけでは済まさなかった。なぜ奴が肩から床に落下したのかというと、頭部が無くなっていたからだ。


「これで、ワンダウンだ。さあ、第二ラウンドと行こうじゃねえか」


 まるでボクシングのような構えを取って、その場で小さくステップを踏む兄弟。そんな僕達の目の前で、屍山あさりスカベンジャーが再生を始める。切り口が焼け焦げた脚の膝から先が伸びていき、完成した足の片方で床を踏みしめ――


 次の瞬間、伸縮自在な屍山あさりスカベンジャーの左腕が天井へと伸び、急成長する大樹のように天井を突き破った。腕を引っ込めると同時に落下してくる天井の材木やら。だが、それらに混じって、奴が引っ込めた腕に捕まっていたのが問題だった。上階にいた動死体ゾンビだった。屍山あさりスカベンジャーは、未だ際させていない部位――右肩に捕まえた獲物を押し当てた。


 それは、もはや再生の領域を超えていた。なぜなら、肩の斬り口から生えてきたのは、兄弟が斬り落とした腕だけではなかったからだ。もう一本、別の腕が生えている。元々あったやつと同じくらい隆々とした太い腕が。


 あまつさえ、天井の崩壊は、動死体ゾンビの他にも役立つものを屍山あさりスカベンジャーにプレゼントしていた。長い柄の先に無数の棘が生えた球体を備えた武器――明けの明星モルゲンシュテルンが、屍山あさりスカベンジャーの左腕を構成する無数の小さな腕に絡みついていたのだ。


 いつの間にか拾い上げていた錨の大得物を手にする、筋骨隆々の二つの右腕。異形のトゲトゲ棒を絡みつかせた、無数の腕で成り立つ異形の左腕。そして、どれかオリジナルか分からないほど顔で覆われた頭部。改めて僕は思う。奴の異形は、それだけ数多の死体を取り込んだから成せるもんなんだ。って。


「またやっちゃたわね、金十字クン。これ、余計に強くなっちゃったって感じじゃない?」


「なんだよ、俺のせいって言いたいのか? あいつがおかしすぎるのがいけねえんだろうが。なんで、天井にいたのを無理やり引っ張り出して再生すんだよ」


「兄弟、やっぱりこいつ、この施設の中じゃ無敵なんだ。倒すなら、こいつを施設の外に追っ払うしかない。出来なけりゃ、しばらくは退散し続けるしかないよ」


「そうだな、兄弟。悔しいが、マジで認めるしかねえ」


 僕の答えと、目の前で咆哮を上げる屍山あさりスカベンジャーの姿に、兄弟は苦虫を噛み締めたような表情を浮かべて納得した。


「とりあえず、こいつに暴れられては、ここの探索なんて呑気にしてられないわ。倒せないなら、しばらく動きを封じてやればいいんじゃないかしら?」


 テトラの提案に、僕と兄弟は顔を合わせた。普段は魔物を狩ってばかりいる僕達には、動きを封じてやるという発想は、あまり出てこないものだったからだ。


 いや、不可能ってわけじゃない。僕だって捕縛バインドは出来るし、兄弟にも似たようなのはある。あんまり使わないだけで。


「……そうだね、テトラ。僕もその案に賛成するよ」


「あんまり乗り気じゃねえが、仕方ねえ!」


 そんな僕達目掛け、屍山あさりスカベンジャーが大獲物を振るう。書斎である大部屋へ逃げ込む僕達を追い掛けて、右腕の錨が本棚を破砕して埃っぽい紙片をまき散らし、左腕の明けの明星モルゲンシュテルンが瓦礫を粉砕して粉塵をばら撒いた。


「早くやるぞ、貴様ら。俺達が手を合わせれば、奴を止めるなど造作もない!」


 そう合図を送ったサンケは、倒れて折り重なった本棚の山の上にテトラと立っていた。いや、あんたら、僕達を差し置いて、なに二人で先に安全な所にいるんだよ。僕達があんたらのことあんまり好きじゃないの、そういうところだぞ!


 屍山あさりスカベンジャーが散々暴れ回ったおかげか、奴の周囲だけに広々とした空間が出来ていた。迷路のように入り組んでいたはずの書斎も、本棚が無くなるだけで開けた空間に早変わりしたわけだ。


 合流した僕達。まず行動したのは僕とテトラだ。僕達はそれぞれ、屍山あさりスカベンジャーの全身を囲う程の直径の魔方陣を、奴の足元に描く。僕の色は黒。テトラは青と茶色だ。


「『緊縛バインド』」


「『森の捕縛者グリーン・アリスター』」


 黒の魔方陣から、無色に光る縄が伸びる。青と茶色の魔方陣からは、人間の腕よりも太く強靭な蔓が伸びる。それらは瞬く間に屍山あさりスカベンジャーの巨体に絡みつき、動きを完全に封じてしまった。


 身動きできずに呻く屍山あさりスカベンジャーの頭上にて、金色の魔方陣が光り輝く。


「『天光の封剣サンライズ・シーラー』」


 魔方陣の下側から、光の剣の切っ先が顔を覗かせた。それは、刀身の部分だけでも屍山あさりスカベンジャーの身の丈程もある大剣で、落下すると同時にそのまま奴の頭部から肛門にかけて刺し貫く。さながら、非実体のピンに留められた昆虫標本のようだった。


 僕とテトラ、兄弟と続いて、シメはサンケだ。


「『生者の石棺キャプチャー・コフィン』」


 屍山あさりスカベンジャーの周囲に、強固な岩石の壁が競り上がる。それらはまず奴の四方を隙間なく囲うと、別の場所から蓋の役割を担う岩石の岩が現れた。それは屍山あさりスカベンジャーの上方を塞ぎ、奴は石の棺の中に完全に閉じ込められる形となったのだ。


 石棺の隙間が光ったような気がしたが、それは魔力によって隙間を無くす過程だったようだ。近づいてみると棺には隙間が全くなく、石の立方体キューブそのものにしか見えなかった。この中に、魔法の紐と蔓に全身を縛られた挙句、光る剣で封印された魔物が閉じ込められていると、一体だれが想像できようか。


「さて、これで奴は何も出来まい。探索に専念するぞ」


 サンケが自慢の石棺を叩いた。なんかなあ、サンケがそういうことを言うと、イマイチ良い予感がしないんだよなあ。


 さて、屍山あさりスカベンジャーを止めることには成功した僕達だったが、これは魑魅魍魎の山の中から特別うっとうしい奴を黙らせただけに過ぎない。僕達を狙う魔物達は、他にもいた。


 で、敵を追っ払っている途中で、兄弟が言ったんだ。


「ところでテトラ、今更聞きてえ事なんだが、てめえらはなんで、動死体ゾンビ帰還者レヴァナントって呼んでんだ? 他にも聞きてえことが山ほどあるんだが」


「そのためには、一旦、落ち着いて話せる場所を探さなくちゃいけないわね」


 かくして、僕達は例のバルコニーに移動した。で、そこで早々、兄弟が口を開いたんだ。


「ここは、落ち着いて話すには十分な場所だよな。だから、詳しく聞かせてもらおうか。あんたらがエントランスでペチャクチャ喋ってたことをな。とぼけるのだけは許さねえぜ」


「は? 兄弟、それ、どういうこと?」


「はあ、やっぱり聞いてたのね、金十字クン」


「貴様にばれた以上、隠し通すのは無駄だろうな」


 テトラとサンケでエントランスホールで喋っていた内容を、僕はここで知ることとなった。当然ながら、僕もそれに対する興味が湧いたので、テトラに訊いたんだ。なぜ、ギルドクラブは動死体ゾンビ帰還者レヴァナントと呼ぶのか。なぜ、彼女達が屍山あさりスカベンジャーを知っているのか。そして、プラチナアカデミー・ギルドクラブの周りで何が起きているのかをね。


 まず初めの疑問を、テトラが答えてくれた。


「同じ動死体ゾンビの中でも、戦場で死んだ兵士が動死体ゾンビになって動いているのを、私達は帰還者レヴァナントと呼んでいるわ。だから、動死体ゾンビ帰還者レヴァナントは、ほぼ同じものだと思っていいわね」


「ふーん、で、なんでそれが、屍山あさりスカベンジャーと関係があるんだ? 兄弟が言うには、生態研究の副産物で生まれたみたいだけど、生態研究って、要は魔物がどう生きているのか観察する研究でしょ? そんなんで、どうして新しい魔物が生まれるみたいな事態になるのさ」


 僕の指摘に、テトラは思考を整理するためか、ひとまず深いため息をついた。そして、続けた。


「答える前に、確認のために一応、質問するんだけど、黒十字クンは、動死体ゾンビがどんな魔物なのか、簡潔に説明できる?」


「そりゃあ……、負の魔力が集まることによって動いた人間の死体が、動死体ゾンビなんだろ?」


「ご名答。流石は、模範的な魔物ハンター、黒十字クン。で、それは帰還者レヴァナントも同じなんだけど……。私達がしている帰還者レヴァナントの生態研究って、ただ単に彼等の生態を観察して記録することだけが活動内容じゃないの。他に、何していると思う?」


「他って……、例えば、捕獲とかか? あんたらの研究室でもっとじっくり観察するために、とか」


 僕の答えに、テトラは、にっと口端を釣り上げて目を細める。そして、豊かな胸を張りながら答えた。


「いい答えね。でも、ちょっと違う。私達が、帰還者レヴァナントをより詳しく知るためにやってるのは、捕獲じゃない。人間の死体に帰還者レヴァナントにさせてるの。今は戦時中だから死体の配給も困らないし、帰還者レヴァナントって名前もぴったりよね」


 僕は度肝を抜かれたよ。


「は、はあ⁉ 意図的に死体を帰還者レヴァナントにだって⁉ それってつまり、人の手で自ら魔物を作ってるってことじゃないか! それって、魔物ハンターとしてあるまじきことだぞ⁉ しかも、話の最後の内容、要は戦死した兵を持ち帰って実験体にしてるってことだろ? それは、死者に対する冒涜なんじゃないのか!!?」


「ああ、ちょちょちょ、声が大きい! 顔が近い近い近い! あのね、あくまでこれは、人の死体がどのような経緯で動死体ゾンビ化するのかを探るためにやってるの。近所の墓で埋葬された遺体が動死体ゾンビ化して大騒ぎになった。とか、黒十字クンなら依頼とかで聞いたことあるでしょ? 帰還者レヴァナントの人造は、そんな悲劇が再び起こるのを防げる足掛かりになるかもしれないと期待されているのよ!」


「期待されてる……って、ただでさえ、自ら魔物作ってるのもアウトなのに、戦場の死体を勝手に動死体ゾンビにさせるとか、倫理的にもアウトでしょ。いくらなんでもイカれてる!」


「あのねえ。この研究も、将来的には人類にとって非常に有益な効果をもたらすのよ。そのためには、多少の倫理の逸脱は仕方のないことだわ。というか、そんなの気にしすぎた結果、よりよい未来を得るチャンスを失うことの方が、私達にとっては罪深い行為だと思うわ!」


「はあ、意味わかんねえ。何が『将来的には人類にとって有益』だ。あんたにとってのそれは、人の良心とかなんか気にしねえで好き勝手やるための言い訳みたいなもんだろ。ふざけてんのか!」


 次の瞬間、僕はサンケに腕を掴まれていた。


「ここには、俺がいるのを忘れるな。テトラに手を出すのなら、その時は俺が容赦しない」


 彼の鬼のような形相を見て、僕は我に返った。どうやら僕は、知らない間に、テトラの胸倉を掴んで、ともすれば殴り掛かろうとしていたらしい。僕としたことが、頭に血が昇って我を失うなんて、兄弟を笑えないじゃないか。


 ふと、兄弟を見ると、無言でサンケを睨んでいた。兄弟にとっては、僕がテトラの話で怒るのは当然の話で、怒らせたギルドクラブの方が悪い。ってことなんだろう。で、今の彼には、僕を止めるために手を出したサンケが一番気に食わないようだ。


「……悪い。今は、プラチナアカデミーでやってる研究のことについて、怒ってる場合じゃないんだよな」


「分かればよい。続きは、俺が答える。また黒十字が激昂して、テトラに危害を加えるわけにはいかないからな」


 僕はテトラから離れ、兄弟の近くに移動した。テトラもまた、サンケの近くに移動する。まあ、この流れはしゃあない。


「一応、確認するが、帰還者レヴァナントが何なのかは貴様らも分かったな」


 僕達は首を縦に振った。要は、奴等は動死体ゾンビと全く同じってわけだ。ベースとなってる人間の死体が普通のとは違うのと、あんたらのイカれたやり方で生まれている場合もあるってことを除いてな。


「テトラが言っていたが、帰還者レヴァナントの生態研究の一環として、俺達は戦場の死体に特定の魔力を注入することによって、人の手で帰還者レヴァナントを作る研究も行った。だが、その実験の途中で事故が起きた。漏洩した魔力が研究室に保存していた死体の山に溜まり、その死体の山が意思を持って勝手に動き出したのだ。それが、屍山あさりスカベンジャーだ」


「へえ、じゃあつまり、屍山あさりスカベンジャーってのは、そっちが望んでもないのに生まれちまった化け物ってわけか。バカなことをやってバチが当たったってわけだ。で、そいつはその後、どうなんたんだ?」


 あえて、小ばかにした態度で言ってやった。案の定、テトラがムッとしている。


屍山あさりスカベンジャーが研究室内を暴れ回ったおかげで、帰還者レヴァナントの生態研究は中止となった。俺もテトラもその場に立ち会わせていなかったから詳しくは知らんが、屍山あさりスカベンジャーは何かしらの『処理』をされ、プラチナアカデミーから姿を消した」


「姿を消した? ってことは、退治されたってわけ?」


「なんか引っかかる話だな。サンケが言ってんのが正しいなら、俺達が遭った屍山あさりスカベンジャーってのは、その実験で現れた奴じゃねえかもしれねえぞ。もしかしたら、誰かがわざとあいつを作り出した、とも言えるぜ」


 兄弟が言ったことは、確かにそうかもしれない。サンケの言う屍山あさりスカベンジャー発生事件の結末が曖昧だからだ。処理から運よく逃げ出したとか、処理とは実は外に追い出すだけだったとか、それとは全く違って、その事件の当事者か全く違う誰かが新たに屍山あさりスカベンジャーを作ったってことも十分に考えられる。まあでも、今言えるのはサンケの言う通り、


「まあ、その点については、ここにいる全員が分かっていない」


 ってことなんだがな。


「とりあえず、帰還者レヴァナントの生態研究と屍山あさりスカベンジャーとの関係についてはよく分かったよ。で、最後の疑問なんだけど、今プラチナアカデミーで起きている異変って何さ」


「侵入者が現れた」


「……侵入者?」


 だが、僕達が知れたのはここまでだった。突如、この会話の流れをぶった切る乱入者、てかあいつが、バルコニーの壁をぶち破って現れたからだ。


「はあ、最悪のタイミングで出てきたわね」


屍山あさりスカベンジャー⁉ くそ! また出てきやがった!!」


「あの封印を抜けてきたってのか⁉ なんて奴だ!」


「いや、あの封印は、もともと長く持続するものではなかった。クロスファミリー、貴様らへの説明は後回しだ。今はこっちに周囲するべきだ」


 ああもう、そうですね。としか今は言えない。全く、なんてタイミングで現れやがった。


 あの四重の封印を耐え抜いたからだろうか、屍山あさりスカベンジャーの容貌がまた変わっている。変幻自在だった左腕が更に太くなっているし、頭にある顔の数も妙に増えている。というか、なんか一回り大きくなっている気がする。


 屍山あさりスカベンジャーが咆哮を上げた。しつこい追跡者との第三ラウンドが始まるのだった。

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