四つ尾のテトラ
プラチナアカデミーの学校城下町とも言えるポリシュドであるが、町は大きく分けて四つの区域に分かれる。
行政特区の一番区。
産業特区の二番区。
居住特区の三番区。
そして、自然特区の四番区。
アミティに導かれ、僕達は二番区の通りをカラスバとヤマブキで走っていた。
仕事柄、色んな町を訪れている僕達だが、ポリシュド二番区の雰囲気はひと際異彩を放っている。まず、通りの両脇を所狭しと建ち並んでいるのは、レンガ造りの建物。その姿は、悪く言えば古臭く、良く言えば歴史的情緒が溢れている。
石材を組んで整地させた街道は、赤やオレンジの色鮮やかなものを使っているからか、ただ眺めているだけでも気分がいい。上を見れば、提灯のような発光体が浮遊し、薄暗い街道を照らしている。
ふと歩道を見れば、プラチナアカデミーの制服を着た男女が、カラフルなスイーツを売っている屋台に集まっている。その屋台の近くには、店主の召喚獣だろうか、鱗に覆われた牛のような生き物が寝そべっていた。
で、今最も注目すべきは、僕達を牽引するアミティの乗り物だ。馬車っぽい乗り物なのだが、本来あるべき車輪が無い。代わりに、船底のような形状をしており、それで地面の上を滑っている。いや正確には、その乗り物が触れている部分だけ、固いはずの石の道が水面のようになっているのだ。
恐らく、アミティの水の魔法が、自分の魔力が影響する範囲の地面を、水と同じ性質に変えてしまっているのだろう。水の四元素王たる彼なら出来てもおかしくはない。さらに言えば、その馬車っぽい乗り物を牽引しているのは馬じゃない。サメだ。もう一度言う。サメだ。巨大なサメが街道を泳ぎながら、アミティの乗り物を引っ張っているのだ。こんな摩訶不思議なものは、他の地域じゃまず見られない。
僕は思う。こんな面白い二番区、観光産業としても十分食っていけるよな、と。そして何より、こんな二番区の街中を、革のジャケット着てバイク乗ってる僕達の浮きっぷりが尋常じゃない。兄弟は意にも介しちゃいないだろうが、僕は周囲から奇異の視線を浴びているような気がして身体がムズムズする。奇異まみれなのはこの町そのものだろ! って言いたいんだけどさ。
――と、ここで僕にとって少しだけ予想外の出来事が。
実はポリシュドに入ったあたりからうっすらと視界に入ってはいたのだが、かなり巨大な建物が僕達のいる所から見える。
プラチナアカデミー本校舎。
その雄大さは、首都サンブレイズに建つペンシル王の宮殿にも引けを取らぬ。魔法士達を幽閉するために建てられた古城。という過去のネガティブイメージを払拭するためだろうか、青く塗られた屋根は見る者に爽やかな印象を与え、白く塗られた壁は外の光を反射して明るく輝いている。
そんな巨大建築物に僕達は案内されるのかと思いきや、僕達は手前にある変な建物の前で止められたのだ。
「降りろ。俺達のテトラが、ここでお前たちを待っている」
アミティにそんなことを言われて、僕は耳を疑ったよ。
だってさ、アミティはプラチナアカデミーに所属する人間だよ? だったら僕達はプラチナアカデミー本校舎の方へ案内されるよね? 普通に考えて。
なのにさ、なんなんだよこの建物。見た所レンガ造りみたいなんだけど、二番区で見かけた他のどの建物よりも見た目がボロい。てか、ざっと一瞥しただけでも、レンガの隙間に土が埋まってたり、苔が生えたりしてるところあるんだけど。これ住めるの? 崩れたりしない?
「ねえ、冗談で言ってるよね? なんで僕達をここに連れて来るんだ? 君達はプラチナアカデミーの人間だよね? 普通なら、こんなボロい建物なんかに連れて来るよりも、あそこの豪勢な学び舎に僕達をご招待してくれるんじゃないかな?」
「はあ⁉ なに言ってんだてめえ。なんでてめえみてえなヨソもんを、あん中に入れなきゃいけねえんだよ。あそこは、プラチナアカデミーの人間以外立ち入り禁止だ。お前らみたいな人間は、ここが調度良いんだよ」
例のブルのような乱暴な口調で、アミティは僕の苦情を突っぱねた。そして、建物の庭に刺さった表札を親指で指さす。そこには、こう書かれていた。
『パラディン礼拝堂』
なんか溜め息が出た。君達にとって僕達というのは、そういう存在ですか。そうですか。
「分かったよ。おとなしく従う。……中に『彼女』いるんでしょ?」
「ああ。分かればいい。だが、最後にもう一度言うぞ。俺達のテトラに手を出すことがあれば、お前たちは二度と生きてこの町からは出ることは出来ないからな」
アミティの忠告に片手を振るだけで応え、僕達は礼拝堂の中へ足を踏み入れた。
入った途端、後ろからドアを閉められた。窓が少ないおかげか、周囲がかなり暗くなる。中を見回してみると、普段は並んでいるはずのベンチが無いからか、やけに広く感じられる。壁や床に埃やシミがあまり見られない辺り、ボロい外と比べると案外きれいだ。空気も心なしか乾燥している気がする。
てか、ちょっと待て。中、誰もいねえぞ。肝心の『彼女』はどこにいるんだ?
「まさか、騙されたか?」
不吉なこと言うなよ兄弟。と、突っ込もうとした瞬間、僕達は礼拝堂の奥の方から視線を感じた。
礼拝堂の奥には、巨大な壺にも見える台が置かれていた。あれは『聖火台』と呼ばれ、グランツール王国の国教である『聖なる炎』教会の象徴だ。いつもはあそこにデカい炎が灯されていて、参拝に来た人達がそれにお祈りをしているもんなんだが、今僕達の目の前にある聖火台には火が全くついていない。いや、内部が暗い時点で気付いていたんだけどさ。
聖火台には火の代わりに、燃え盛る炎を模した巨大な像が乗っかっていた。僕は『聖なる炎』教会の敬虔な信者ではないのでよく分らんのだが、たぶん、そういう宗派的な何かなのだろう。で、謎の視線の正体は、その炎の像のてっぺんからだった。
いた。白い猫が、高い所からこちらを見下ろしてる。ただの野良猫? いや、違う。まず目が赤い。てかそもそも、尻尾が四本生えてる猫って、現実に存在すると思うか?
猫が、遥か下の床へとジャンプする。だが、着地した時には猫の姿は無かった。代わりに、そこに女の子が立っていたのだ。
着ているジャケットは、アミティらが着ていたものと同じ。履いているのは、柄こそ同じだが、ズボンではなくプリーツスカート。僕達より頭一つ、いやそれ以上に身の丈は小さいのだが、胸や腰といった女性らしい部位は、服を内側から押し広げんばかりに大きい。
彼女の掛けているフルフレームの真っ赤なメガネは、彼女本来の持つ知的さと派手さを併せ持った美貌を見事に演出することに一役買っている。だが、それ以上に目立っているのが髪型だ。長い銀髪を左右に縛ってツインテールにしているだけではなく、大量に余らせた襟足の髪も左右に縛っている――合計四つの尻尾が頭から生えているのは、派手を通り越して圧巻だ。
テトラ・スー。通称、四つ尾のテトラ。P.E.N.C.I.Lの一角を担うプラチナアカデミー・ギルドクラブのギルド長であり、僕達の
テトラは僕達を見ると、その場でさっと髪をかき上げた。たったそれだけの動作で、四本の尻尾が盛大に揺れる。
すると、片付いていたはずの礼拝堂のベンチが、一斉に動き出した。僕とテトラを囲うように並び始めると、それらのうちの一つが、今まさに空虚へ座らんとするテトラの後ろに高速で先回りして彼女を受け止めた。そしてまた別の一つが、卓を挟んで彼女の反対側に移動した。てかその卓、どっから出た。
テトラは、自身の豊満な胸を卓に乗せて頬杖をつくと、僕達の方を見た。そして、反対側にある椅子を指さす。
「何してるの? 座りなよ。私に用があって来たんでしょ?」
「お、おう……」
てなわけで、僕は座る。
しかし、兄弟が座ろうとしない。
「ん? 金十字クンは座らないの?」
テトラが確認するも、警戒する肉食獣のように兄弟の顔は険しいまま。
「他の四元素王はどこにいる。てめえ一人ってわけじゃねえんだろ?」
兄弟の指摘に、テトラの口元が緩んだ。頬杖をつくのに使っていた手で、とある方向を指さす。
礼拝堂の隅っこで、誰かが壁に寄りかかってこっちを見ていた。暗がりのおかげで上半身は判別不能だが、履いているズボンがプラチナアカデミーのスラックスではなく迷彩のコンバットパンツだったおかげで、誰だかすぐに分かった。魔法の学び舎の敷地内であんな身なりしてる奴は、『あいつ』しかいない。
「あと、ラジープは私用で外出中。ツァボも本校舎で別のことをやってるわ。……これで満足? 私達は手を出すつもりはないし、万一そちらがやるつもりだとしても、数も戦力もこちらが有利。余計な詮索はするだけ無駄よ」
眼鏡越しの相貌で兄弟を見据えるテトラ。この視線、兄弟の方を向いているのに、なぜか僕も少しだけ心がざわめいてしまう。魔物ハンターである僕達には分かるのだ。彼女の目の輝きは、綺麗だが割れやすいガラス玉のような安っぽいもんなんかじゃない。何度も使われる度に研がれて輝きを増す刃と同じ――強者の眼光なのだ。
やがて、兄弟も理解したのか、大人しく僕の隣に座った。
話し合いの場が整った所で、姿勢を正したテトラが口を開く。
「で、ご用件は何かしら?」
★★★
次の日、目的地へ向かうため、ポリシュドの街を歩いていた。僕達と同行しているのは、ギルド長のテトラ。そして、礼拝堂にいた男。
僕達はプラチナアカデミー本校舎の敷地をぐるっと周るように歩いている。ギルドクラブの連中は、意地でも僕達を敷地内に入れたくないらしい。
「ったく。なんでこいつらと一緒に行かなきゃいけねえんだよ」
「監視のためよ。プラチナアカデミーでやってる魔法の研究は、絶対に外に漏れてはいけない重要なものなの。金十字クン達を『あそこ』へ連れて行くのは許可したけど、それが原因で私達の研究結果が漏洩するのは困るのよ。だから、余計な行動をされように近くで見ておく必要があるの」
「そうかよ。けど、てめえらの研究なんて俺達ゃ興味ねーぞ」
「それはそれで、なんか腹が立つわね」
「じゃあ、なんで許可したんだよ」
兄弟が愚痴ってる。なぜ、テトラ達が僕達と一緒にいるのか。それは、昨日の礼拝堂の話に遡る。
昨日、僕は言ったんだ。卓の上に地図の魔方陣を展開して、赤く光らせた部分を指さしながらね。
『この場所に行きたい。許可をくれないか?』
眉を潜めたテトラの為に、僕は色々と説明してやった。正体不明の発光が、赤く光らせた部分で起きてるってことも。その情報を、近隣住民から得たことも。光が目撃されるようになった辺りから、僕達のグーボンブ地方で強大な魔物が相次いで現れるようになった。ってこともね。
そしたらテトラ、なんて答えたと思う?
『そうね。許可するか考える前に、私の疑問に答えて頂戴』
その時のレンズ越しの眼の鋭さが、僕は未だに忘れられない。
『そもそも、なぜこの許可を私達に? あなた達クロスファミリーは、P.E.N.C.I.Lの中でもとりわけ自由度の高いギルドよ。私達の了解を得てから調査しようとか、随分とお行儀の良い真似をするのね』
僕は、下手に取り繕ったって無駄だろうな。って思って、素直に答えてやったんだ。
『あんた達と、下手に波風立てたくないからだ。こんな重要そうな場所、僕達が黙って忍び込んだら、あんた達は絶対に黙っていられるわけないだろう? そうなったら、最悪クロスファミリーとギルドクラブで抗争だって勃発するかもしれない。そんなの、僕達は望んじゃいない。僕達、魔物ハンターは、魔物の脅威から人々を守ることが使命だ。他所のギルドと勢力争いなんてしてたら、いつ僕達は人々を魔物から守ることが出来るんだ』
僕は、テトラの眼がすっと細まるのを見た。卓と僕達をちらりと一瞥したテトラは、口元に指を当て、何か思案するような素振りを見せる。
やがて、彼女の口から結論が出た。許可だった。
――その理由を、今のテトラが語ってくれた。
「黒十字クンの答えに感銘を受けたのよ。人々を守るために魔法士の力を使う。それは私達にとって大いに見習うべき所だわ。ギルドクラブは、あくまで魔法の力が戦闘にどれだけ活かせるのかを研究するために生まれた組織。言ってみれば、魔法の可能性の方が主であって、人助けは副次的なものに過ぎない。そんな私達にとって、黒十字クンは眩しすぎる存在なの。だから、信用できる。だから、許可したのよ」
「お? なんだ。てめえみたいな奴でも兄弟の良さが分かるのか。見直したぜ」
「いや、金十字クンに言ってるわけじゃないんだけど。私は黒十字クンに言ってるの」
「有難いね。僕の気持ちを分かってくれるなんて。……で、本当にそれだけが理由?」
最後の一言は、わざと声のトーンを下げてやった。するとテトラは、僕にだけ聞こえるボリュームで答えた。
「黒十字クンってさあ、見た目も優しそうだし、あの発言も嘘じゃないと思うんだけど、……意外としたたかな所あるよね?」
彼女の口元は笑んでいたが、レンズ越しの目は全く笑っていなかった。
「やっぱり分かってたんだ。『これ』のこと」
テトラにこっそりと見せたのは、ポケットに収まる程度に小さい金属の紋章――四本の腕がそれぞれ隣の腕を掴むことによって正方形を形作っているデザインをしているのだが、実は『これ』、ギルド総会の紋章である。
兄弟や、テトラに同行している男は気付いていなかったようだが、昨日、卓の上に地図の魔方陣を展開した時、僕はこの紋章もこっそり卓の上に置いていた。録音の魔方陣と一緒にね。
「僕は知ってたからね。君達プラチナアカデミーが最も嫌いなのは、自分達の研究内容を、外の奴等にごちゃごちゃと調べられることってくらい」
もし、あの時テトラが許可を断っていた場合、僕は自分が調べた情報とテトラの拒否の回答を、ギルド総会にまとめて提出するつもりだった。そんなことをすればどうなるか。
「ポリシュドの圏内で、グーボンブ地方で起きた大型魔物連続発生事件の原因として考えられる手がかりが見つかった。その調査を、プラチナアカデミーが断った。そんなことがギルド総会を通じて世間に広まったらどうなる? 魔物から人々を守るべき集団が、魔物にとって有利な何かをしている。みたいな良からぬ噂が広まっちまうだろう。そうなったら大変だ。あんたらの信用も権威も失墜するばかりか、大好きな研究どころじゃない事態になるかもしれないよね。ギルド総会にガサ入れされたりするとかさ」
「そうね。その通りよ。だから、黒十字クンが総会の紋章と録音の魔方陣をこっそり見せた時は、流石の私もやられたと思ったわ」
テトラは大きく溜め息をついた。
「私はね、プラチナアカデミーで行っている研究は、全て人類にとって有益なものだと信じてるの。でも、ポリシュドの外の人達は、偉い人も含めて皆それが分かってない。『無駄な研究だ』だの、『何の役に立つんだ』だの、素人のくせに上から目線でアレコレ選別しすぎなのよ。そんな無駄に権力だけはある素人集団に領分を侵されるくらいなら、同じ素人でも監視下に置ける少数にちょっとだけ見られる方がずっとマシだと判断したのよ」
「それで許可したわけか。なんか素人呼ばわりされるの腹立つけど、納得してもらえただけ十分さ」
「勘違いしないでよね。自覚してないだろうけど、あんた達は過去も、他所のスキャンダルを暴くことによって、大手ギルドを一つ壊滅させているのよ。だから、P.E.N.C.I.Lの誰もがあんた達の動向を警戒している。現に私達だって今、似たようなことをされそうになったんだから」
「そりゃあ悪かったね。よそのギルドとのいざこざを避け、魔物討伐に集中するためなら、僕は手段は選ばない主義だから」
「そのため、私達を脅す手段もきっちり準備してるなんて。黒十字クンは本音と建前が上手いよね」
「おい。てめえら、いつまで二人で喋ってんだ」
僕とテトラの黒い会話は、兄弟の介入によって中断させられた。流石兄弟、おかげで空気が少し変わったわ。
「なあテトラ、俺からもあんたに聞きてえことあんだけど」
「なに、金十字クン」
「二つある。なぜ、今日にした。昨日、すぐに移動しても良かったんじゃねえか?」
「それは簡単。黒十字クンが昨日見せた所が、暗くなる時間帯に行くと危険な場所だからよ。散り散りになって退却しなくちゃいけないほどね。そんな時間帯にクロスファミリーを連れて行って、万が一何かがあって、それが原因で校内に迷い込んだあなた達が私達の極秘の研究とかを見ちゃったりしたら、大変なことになっちゃうじゃない」
「なんだそりゃ。てか何度も言ってるが、俺はてめえらの研究とか全く興味ねえからな」
「どうかしら」
「どうかしら。じゃねえよ。で、だから俺達を礼拝堂の中に寝泊まりさせたのか」
「そうよ。でも、寝心地は悪くなかったでしょ?」
そうなのだ。実は、テトラの許可が下りた後、僕達はずっと礼拝堂の中に閉じ込められていたんだ。と言っても、礼拝堂には地下室があって、風呂とかの設備がかなり充実していたんだけどね。ま、閉じ込められたのが気に食わなかったんで、備蓄されていた食料は全て食べてやった。
「まあ、悪くは無かった。おかげさまで、久々に兄弟と一緒にぐっすり寝られたしな」
「ちょっと待って金十字クン何それどういうこと?」
おい待てテトラなんだその微妙な食いつき具合は。
「もう一つ。なんでこいつもいるんだ?」
礼拝堂にいた男は、兄弟に親指で乱暴に指されてもなお、特に眉を動かすこともせず、無表情でこちらを見ていた。なぜ兄弟が彼を『こいつ』呼ばわりしたのかというと、彼が僕達と顔馴染みだから。
サンケ・トママエ。アミティ・ジョーに並ぶ、ギルドクラブの四元素王の一人だ。
「決まってるじゃない。ボディガードの一人や二人、こっちにもいなきゃダメでしょ」
テトラはあっさりと即答した。
このサンケってやつ、出身地が出身地なだけに、見た目がコッテコテの軍人。ミリタリーパンツもさることながら、履いてる靴もミリタリーブーツ。上着こそプラチナアカデミー共通のジャケットだが、筋肉の凸凹が浮き出るほどぴっちぴち。歩く度に生地のこすれる音が聞こえてくるんだが、筋骨隆々の肉体が常に闘争を求めているように見えて、なんか不気味。というか、会う度に思ってるんだが、デカいサイズの買えよ。
けれども、テトラの答えに兄弟は納得していなくて。
「俺はてっきり、水野郎を隣に置くと思ってた。あいつの性質から察するに、水野郎の方が良かったんじゃねえのか?」
「いいじゃない、別に。それとも、説明しないとダメ?」
「いや、特に理由がねえなら遠慮するが」
「何よ、聞いておいて。ま、簡単な理由よ。あんた達も遭ったと思うけど、アミティには彼を慕う荒くれ者達がいるの。彼には私の警護よりも、そっちの統率の方に集中して欲しいのよ。それだけ、分かった?」
いや、言うのかよ。と、兄弟は驚きと不満の表情。ま、僕も僕で、なんでアミティじゃなくてサンケが一緒なのか気になってたし、とりあえず納得したよ。
町の中央にあるプラチナアカデミーなだけあって、周囲を歩いているだけでポリシュドの様々な表情を見ることが出来る。
一番区を通っていた時は、二番区にあった古い町並みの代わりに、現代的な美しい建物ばかりが目に付いた。一番区は行政区だが、あれと同じような街並みを僕は首都サンブレイズで見ている。行政区の造りを首都に似せるとか、あくまでグランツール王国に従いますよ。ってメッセージのつもりだろうか。二番区特有の人と人情にあふれたウエットな雰囲気が失せ、なんともドライな空気が漂っている気がした。
やがて、そんな街並みを変わっていき、建物の代わりに増えてきたのが、木。
街路樹的なノリで木々が増えてきたなー、と思いきや、辺りは緑一色に染まっていた。少し前まで魔導車などの喧騒が聞こえていたはずなのに、そんなにぎやかな音は今の僕達には届かない。建物のような人工物の類はまるで見られず、ここが人の手の加わっている場所だと伝えてくれるのは、整地するためにばら撒かれた足元の砂利だけだ。
「おい、ここはどこだ。どこに向かってんだ?」
「昨日、黒十字クンが見せてくれた目的地に決まってるじゃない。怖い顔しないで、金十字クン」
テトラの答えが気になって、僕も小さな魔方陣――携帯地図を展開して確認してみた。例の目標地点までの距離が、出発した時よりも短くなっている。成る程、彼女の言ってることは間違っていないようだ。
「黒十字クン、その目標地点、どんな場所だか知ってる?」
「うお⁉」
思わず声が出た。いつの間にか、テトラが僕のすぐ目の前にいたのだ。小柄な体格故に成せることだが、レンズを介さずに上目遣いで見られると非常にビビる。おまけに、目を逸らすために視線を下げようとすると、今度は彼女のトランジスタグラマーな体系が視界に飛び込んできて、猶更、目のやり場に困ってしまう。嫌いじゃないんだけどさ。
「知らないよ。けど、まともじゃない場所だとは思ってる」
僕の答えに、テトラの目がまた細まった。僕からさっと離れると、森を先導しながら再び口を開いた。
「黒十字クン、ポリシュドで危険な場所って、どこだか知ってる?」
「危険な場所? そうだな。危険な場所っていうか、怖い場所と言われているのは、
「あ、なんだ。知ってたのね。なら、話は早いわ。私達が今から向かってるのは、そのどちらかよ。ま、賢い黒十字クンなら、どちらか察せられるよね?」
テトラの答えに、僕は愕然とした。
「どうした。兄弟。顔色が悪いぞ?」
けれど、
「マジか。僕達が向かっているのは、プラチナアカデミー旧校舎かよ」
僕は憂鬱になった。旧校舎については伝聞程度の知識しかないが、行きたくない。すごく、行きたくない。
「なにー? もしかして、怖いのかな? 黒十字クン」
テトラのからかうような視線が、とても腹立つ。
「なんだよ。ただ、あそこ魔物が棲んでるよね? あそこにいるようなやつ、面倒臭いから嫌いなんだ」
僕の答えに、彼女は何も言わない。そんなすました態度が、なんか腹立つ。
まあ、いいさ。重要なのは、例の発光が起きた場所で、一体何が起きているのか、なのだから。
でも、僕の気持ちは、行く先に広がる森の奥のように、暗鬱となっていた。
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