第一章 プラチナアカデミーギルドクラブ

超常のエリート集団

 ポリシュドへの出発当日。ある程度の身支度を整えた僕は、首から下げている十字架を手に取って眺めていた。


 黒金色の鈍い光沢が美しい特注品だ。僕が初めて魔物ハンターになった時に、ギルド長である父からプレゼントされた大切なものなんだよね。その十字架を裏返すと、隅に刻印が彫られているのが見える。


 Cross FamilyクロスファミリーShadow Crossシャドウ・クロス


 前半は僕が所属しているギルド名で、後半は僕の名前だ。


 十字架は、罪人を磔にするための刑具だ。だからなのだろうか、世間の連中は、刑具の一種なんていう物騒なもんぶら下げた僕達を異常視しやがる。僕にはわからない。刑具とは、悪しき存在を裁く聖なる道具だ。そして僕は、魔物という悪しき存在を討ち倒す魔物ハンターだ。つまり、僕が十字架を身に着けるということは、僕自身が魔物を討ち倒す存在にならんとする覚悟の表れに他ならない。それが、そうして分からないのだろうか。


 と言っても、魔物については分からないことが多い。そもそも、魔物がどこからやってきたのかすら判明していない。ある人が言うには、現世と異世界が天体の異変により重なり、その歪みから生じたそうだ。魔法も同時にそこから生じたらしい。


 だが、僕の住む王国であるグランツールは、諸外国と戦争している真っ最中。国同士でドンパチしている真っ最中に、魔物なんていうイレギュラーな存在に対処出来るわけがない。だから、王国政府は有志の魔物ハンター達に対処を依頼した。要は、国では無理だから民間で何とかしろってわけ。全く自分勝手な話なのだが、個人の力だけじゃ無理がある。そのため、彼らは幾つかの集団を作って活動するようになった。それが、ギルドの起源だ。


 ふと、僕は出発の時刻が迫っていることに気が付いた。近くに掛けられていた黒革のジャケットを羽織る。これも、特注の逸品だ。


 鏡を見ると、背中に施された刺繍が目に入った。刺繍が映える金の十字架と、金の線だけで縁取られた黒の十字架が、×の字を描くように交差している。クロスファミリーの紋章だ。


 昔のデザインは、一本の黒い十字架だけだったんだけどね。デザインの変わるきっかけを作ったのは、とある伝説のギルドだ。


 ――かつて、ゴールドユニオンというギルドがあった。稀代の天才と謳われた魔物ハンター、ブライト・ゴールドによって創立されたギルドだ。その力は国境を超えるほど絶大で、『覇権ギルド』とさえ呼ばれていた。けれどもある日、解散寸前とまで言われるほど勢力を小さくしてしまった。それが、今から一年くらい前の話。


 重要なのは、その後の話だ。ゴールドユニオンが支配していた一帯に、僕達を含め、計六つのギルドが頭角を現すようになったんだ。


『超常のエリート集団:プラチナアカデミー・ギルドクラブ』


『炎に導かれし革新派:炎神会』


『堅牢なる不敗の軍隊:ノヴォグラード退魔旅団』


『光と影の兄弟:クロスファミリー』


『狡猾なる反骨の徒:インデペンデントオーダー』


『唯我独尊の無法王:ルミナスローグ』


 それらの頭文字を取って『P.E.N.C.I.L』と呼ばれるようになった六つのギルドは、『ゴールドユニオン』が衰退した後の覇権を巡って、互いに競うようになったんだ。


「おい。まだか、兄弟! まさか、まだ寝てんのか⁉」


「起きてるよ! ちょっと待って」


 突然、兄弟がドアを叩いてきた。僕は身辺の最終チェックを済ますと、ドアを開く。


 声の主――僕と同じく黒革のジャケットを身に纏った、金髪の映える眉目秀麗な男――兄弟が、目の前にいた。首から下げている十字架は、僕達クロスファミリーの片翼に相応しい純金製。無論、兄弟の十字架にもギルド名と名前の刻印が彫られている。


 Cross FamilyクロスファミリーFrash Gold Crossフラッシュ・ゴールド・クロス


 この苗字からお察しだと思うが、僕達の血は繋がっていない。話せば長くなるが、今言えるのは、父の名はブライト・ゴールドで、兄弟は実家を酷く憎んでいた。そして、その確執が原因で僕達とゴールドユニオンの間で争いが起こり、それが原因でゴールドユニオンは衰退した。兄弟がクロス姓を名乗り始めたのは、その後だ。クロスファミリーの紋章が黒十字と金十字の交差に変わったのも、ちょうどその時。


 下の階に降りると、受付嬢のノアがいつもの場所にいた。とりあえず、ちょっと出かけて来るよ。と声だけかけておいた。「特に依頼は来てないけど?」って確認されたけど、先行調査だよとか適当な理由をつけて答えることにした。彼女が優秀なのは承知しているけど、「誰のおかげで依頼が来てると思ってんの⁉」とか説教されるのは、今は御免だからね。


 黒と金の十字架が交差する紋章がぶら下がる玄関をくぐると、さわやかな空気が僕達を出迎えてくれた。


 クロスファミリーが拠点とするグーボンブ地方は、平地は農場、山は鉱山、と自然の恵みが豊かな土地だ。少し歩くだけで、草木をなでる風の音や、野生の動物達の鳴き声が聞こえてくる。遠くを見れば、野山や湖の雄大な自然が目に入ってくる。こんなにも雄大な自然の風景とか、僕達がこれから向かおうとしているポリシュドはもちろん、ここから南下した所にあるグランツール首都、サンブレイズじゃ絶対に見られないよ。


 とまあ、ポジティブに景観を表現してはみたものの、身も蓋もないことを言うと『何もない地域』なんだよねえ。だから、ポリシュドのような遠方へ行くためには、『これ』が必要になる。


 地面の上に魔方陣を描く。僕とフラッシュ、それぞれの陣より召喚されたのは、鋼の駿馬――重厚かつ大柄なボディのフロントにはカウルが無く、正面から見ると、前輪を支えるフロントフォークと持ち手を支えるグリップが、まるで十字架のように見える。シート手前の燃料タンクとシート後部のシートカウルには、呪文のスペルを彷彿とさせる奇怪な紋様が描かれていた。


 要は、バイク。で、正面十字架が黒色で紋様が銀色なのが僕の『カラスバ』で、代わりに十字架も紋様も金色なのが兄弟の『ヤマブキ』だ。名付け親はノア。そのセンス、僕は結構気に入ってる。


 車体と同時に召喚されていたヘルメットを被り、僕達はカラスバとヤマブキにそれぞれ乗る。ヘルメットもまた、クロスファミリーの交差十字が描かれた特注仕様だ。安全確認の後、僕から出発する。


 ゆったりと座りながら風と振動を感じて走行するのがなんとも心地良い。クルーザーという種類に属する僕達のバイクは、長距離移動に適したバイクと呼ばれている。魔物ハンターとして各地を転々と活動する僕達の移動手段としては、最も適当な乗り物ではないだろうか。


 しばらく街道を走っていると、のどかな農村だった景色が少しずつ変わり始め、背の高い建物が次第に視界に入るようになってきた。グーボンブ唯一にして最も繁華な町、コバデフに差し掛かってきた証だ。


 休憩のため適当に訪れたコバデフの喫茶店にて、僕達は知っている人物に出会った。


「これは、クロスファミリーの兄弟ではないですか。今日もまた、依頼でどこかへ?」


 猟師風の身なりをした若い男の人が、僕達に声をかけてくれた。四角い大きな箱を背負っているようだが、中には恐らく猟銃が入っているのだろう。


「ジェスターさん! ――そうなんだよ、これからポリシュドへ行くとこなんだ。でも、依頼じゃないよ。ちょっとした先行調査さ。そっちは?」


「私はこれから、依頼で魔物討伐に行く予定です。どうやら近くの農場に出たようでして。で、その準備としてここで食事を取ってました」


 なるほど、どおりでジェスターが座ってる卓の上に、料理がどっさり乗っかっていたわけだ。


 ジェスターは、元々は魔物ハンターではなかった。篝火報道と呼ばれる、国の報道機関のインタビュアーを務めていた。けれども、例のゴールドユニオンの事件が原因で会社から命を狙われてしまい、結果として退職したという過去がある。その後はクロスファミリーに所属していたんだけど、しばらくしてから僕達の傘下組織の一つである『ネイチャーバレット』に籍を移した。今ではそこで、グーボンブの農産物を脅かす魔物退治を専門に行っている。


 ゴールドユニオンの衰退後、数多の魔物ハンターギルドがクロスファミリーの傘下に入った。ゴールドユニオンから不当な扱いを受けていた零細ギルド、ゴールドユニオンから独立した小さなギルド、ゴールドユニオン衰退に伴い失業した魔物ハンター達――グーボンブ地方に点在する様々な組織の頂点に、僕達は君臨するようになったんだ。


 別に僕達は傘下に入れだなんて命令も提案もしていない。んだ。ま、正直な話、こっちに危害が来なけりゃ、周りがどうなろうが、別に知ったこっちゃないんだけどね。


 ここでおもむろに兄弟が話題を振る。


「なあ。ここ最近で面白い魔物の情報とか無かったか? 普段見ねえ魔物が出たとか、強い魔物が出たとか、そういう話だ」


「そうですねえ……。特に変わった魔物が現れたってのは私は知りませんが、害獣の類が魔物に置き換わるほど、魔物討伐の依頼が激増しました。ほら、ネイチャーバレットは魔物討伐の他に、害獣駆除の依頼もよく受けますから」


「魔物の数が増えた? マジか。やっぱりそっちにも変化があるんだな。なあ、兄弟」


 そう言って兄弟がこちらを向いたので、僕は首を縦に振った。


「そうだね。ジェスターさんの所でも魔物の数が増えていたんだ。実は、僕達がこれからやろうとしてる調査は、それと関係がありそうなことかもしれないんだ」


「そうなんですか? やはり、魔物が最近増えているのは気のせいではなかったとかですか?」


「多分ね。で、それを確かめるに、僕達はポリシュドへ行くんだ。興味深い手がかりがあったんでね」


 その情報に、ジェスターは目を丸くしていた。しかし、そっちもそっちで魔物に関する依頼が増加していたとはね。こういう興味深いことが知れるから、魔物ハンター同士の情報交換ってのは重要だよ。


 その後も何回か会話を済ませた僕達は、飲み物の注文をするなり談笑するなり英気を十分蓄えた所で喫茶店を出発した。


 ★★★


 コバデフから東に伸びた街道を道なりに進めば、ポリシュドへ行ける。気付いた時には、グーボンブ特有の農耕地帯が薄れていき、背の高い木々が至る所で目に付くようになってきた。これが、ポリシュドに近付いている証だ。


 目的地まではまだ距離があるから、これからポリシュド及びプラチナアカデミーについて、僕の知っていることを語りたいと思う。その為には、まず僕達を含めた『魔法士』というものを昔の人はどう思っていたのかについて説明する必要がある。


 まだ魔法というものが世間一般に定着していなかった頃、魔法を操る魔法士という存在は、人々にとっては魔物に準ずるほど不気味な存在だった。そりゃ、そうだよな。だってあんな奇怪な紋様を使って、不可思議な現象を沢山起こせるんだもの。所見でなんとも思わん奴の方がむしろおかしいくらいだ。


 てなわけで、当時の魔法士の扱いは散々だった。遠い遠い森の奥深くに建てられた古城に幽閉された者もいれば、聖なる炎で者も少なくなかった。それが、今から数百年くらい昔の話。とにかく、魔法士は忌み嫌われた存在で、人類の文化圏から出来る限り隔離すべき存在だったんだ。


 だが、現国王であるペンシル王が誕生された時、転機が訪れた。ペンシル王――本名が長いので、それぞれの名前の頭文字を取ってペンシル王と呼ばれている――には、生まれつき高い魔力があったんだ。つまり、生まれながらにして、王族であると同時に魔法士だったってわけ。でも魔法士は、当時はかなりの嫌われ者だ。そんなもんに、あろうことか国家元首の子供がなってしまった。相当な大事件だったことは、想像に難くないよね。


 で、当時のペンシル王は何をしたかと言うと、自分の力を国の役に立てるために、古城に幽閉されていた魔法士の所へ単身赴いて魔法を学んだ。そこにいた人達を『賢者』って呼んでね。やがて、学んでいくうちに魔法の有用性を確信したペンシル王は、その素晴らしさを国内に広めるべく、古城を改築して学校としたんだ。それが、プラチナアカデミーってわけ。


 プラチナアカデミーの開校に伴い、周囲の環境も整備されていった。特にメスが入ったのが、古城の周囲に鬱蒼と広がる森だ。木の幹や土壌が、まるで錆びた鉄のように赤茶けており、近隣の住民は『錆びた森ラスティフォレスト』と呼んでいた。彼等は、古城から立ち込める瘴気が原因でそうなったと信じていたらしい。ペンシル王と賢者達はその森を切り開き、プラチナアカデミーを中心とした魔法特区の町を作り始めた。


 王の命だからってのもあるのだろうか、森の開発はとにかく目覚ましかった。やがて、錆びた森ラスティフォレストなんて呼ばれていた地域も、サンブレイズにこそ遠く及ばないものの、繁華な新興都市へと大成長した。もう錆びてるラスティだなんて言わせない。研磨された地ポリッシュドだと断言できるレベルにまで発展したのだ。それが、ポリシュドの由来だ。


 ギルドクラブは、その名の通り、ギルド活動を行うクラブだ。と言っても、結成の目的が対魔物戦闘に有効な魔法の研究なだけあって、その実力は学校のクラブ活動のようなお遊びレベルを遥かに凌駕している。実際、ゴールドユニオン一強の時代でも、ギルド協会ではノヴォグラード退魔旅団と並んでそこそこの発言力を持っていたらしく、同ギルドが衰退した現在ではポリシュドの中で最も強大なギルドとなっている。


 連中の何が凄いって、グランツールの魔法の梁山泊によって結成されたギルドなだけあって、魔法のスキルがとにかく高い。特に、現ギルド長の『四つ尾』とその周囲に控える『四元素王』の強さは、国中の魔物ハンター達からも一目置かれている程だ。僕達も、可能ならば彼等とは戦いたくない。


 魔法という超常の力に選ばれた者達が、さらにその力を磨き上げるべく己を研鑽していく――ギルドクラブの強さはそこにある。そんな彼等を、人々はこう呼んだんだ。


 『超常のエリート集団』と。


 そう。エリート集団。エリート集団なんだよ。


 ……だから誰か説明してほしい。今のこの状況を!


「ここはお前らのようなヨソもんが来る所じゃねえんだよ。とっとと帰りな」


 旧錆びた森ラスティフォレストの街道のど真ん中で、男は乱暴に言い放った。


 男は、プラチナチェックの入ったスラックスに、右胸に『P』の形状のプラチナバッジが施されたジャケット――乱暴に着崩したプラチナアカデミーの学生服を身に付けていた。そして、そいつと同じような身なりをした集団が、そいつと同じように僕達の目の前を塞いでいた。


 いや、目の前だけじゃないな。上にも横にもいる。召喚獣だろうか、翼の生えたトカゲみたいな生き物に乗って見下ろしている奴や、樹木の裏からこちらを伺っている奴もいる。てか、改めて目の前の奥の方へ視線を移してみると、変な乗り物がたくさん停められている。大型のトラックと中世の戦車を魔法で融合させたかのような見た目の乗り物は、このグランツールではポリシュドでしか見られない。


 なんでこんな無法者みたいな連中が、魔法の学び舎にいるんだよ。まあ、心当たりは大体あるんだが。


「帰りな。とか、随分と酷い歓迎だね。僕達には、君達に構ってる暇はないんだ。事が済んだらすぐ帰る。だから、大人しく通してくれないかな?」


 僕が言うと、連中から帰って来たのは、苛立ちの籠った――失笑。


「……なあ、てめえ俺達を舐めてんのか?」


 男は、威圧感をたっぷり湛えた顔を、僕に近づけてきた。


「ここから先はポリシュド、俺達プラチナアカデミーの縄張りだ。てめえらクロスファミリーみてえなヨソもんが、土足で気安く足を踏み入れていい場所じゃねえんだわ。理由が何であれ、俺達のポリシュドに用があるってんなら、まずはそれなりの筋を通さなきゃいけねえなあ」


「じゃあ、何をしろって言うんだい?」


 僕が尋ねると、男は歯を剥き出しにして答えた。


「土下座しろ。そしたら、通してやるか考えてやるからよ」


「馬鹿じゃねえのか、てめえ」


 イニシアティブを握り、自分の思うがままに相手を屈服させる――男の支配欲が最高に満ちる瞬間が、兄弟の一言によって大きく揺らいだ。


「俺達に土下座しろだ? てめえら、ギルドクラブの魔物ハンターだろ? 魔物ハンターなら、俺達に絡んでる暇あったら、この地域にいる魔物の相手をしろ。どうせ魔物に挑む度胸なんてねえ癖に、何かをボコる気力だけはあるザコはな、俺は大嫌いなんだよ!」


 うーわ、言っちゃったよ、兄弟……。


「んだとてめえ!」


 激高した男が兄弟に掴みかかろうとしたが、何かを掴む前に兄弟の中段突きが腹部に直撃し、男はその場にうずくまる。これが、街道に充満する一触即発の雰囲気に火をつけた。


 近くにいた別の男達が兄弟に襲い掛かる。それらの手には、魔法で生成された棒やらナイフやらマチェットやら。けれど、彼らが気付いた時には、武器の柄から先は無くなっていた。兄弟の光剣ライトセイバーが、瞬く間に焼き斬ってしまったからだ。続いて、兄弟が光の剣をグローブに変形させると、その場で渾身のストレート――光のグローブが爆ぜ、武器を失って呆気にとられていた男達を纏めて吹っ飛ばした。


 って、連中が襲ったのは兄弟だけじゃなかった。僕もだった!


 足元に魔方陣が生成されたのを見て、僕は思わず真横に跳び受け身をして回避した。細い触手のようなものが陣から何本か顔を出していたことから、緊縛バインドの魔方陣だったのだろう。危なかった。あと一歩遅かったら、僕は捕まって身動きひとつ取れなかった。


 僕を人質にするという思惑がばれたのか、今度は力ずくという手段を採用してきた。一際体格の良い大男が、身体能力強化の魔方陣を両腕に巻き付けて襲い掛かかる。が、タックルの勢いに任せて迫ってきた所を、あっさり横スウェーで回避されてしまったのが運の尽き。獲物を通り過ぎてしまった間抜けな背中を僕が蹴っ飛ばすと、男は為す術もなくそのまま目の前のガードレールに大腿を強打。慣性の法則で大男の巨体が吹っ飛び、周囲の味方を巻き込んで近くの樹木に全身を強打した。


 大男一人でダメならばと、今度は数人が駆け寄る。ある者は魔力で生成した剣を手にし、またある者は大男と同じく腕力強化の魔方陣に加えてメリケンサックまで握っていた。数は全部で五人。囲まれた状況だったので、とりあえず一番脆そうなのを前蹴りで蹴っ飛ばして移動する。


 案の定、追ってくる男達。あらかじめカラスバとヤマブキを避難させておいて良かった。幅の広い街道を大きく利用することが出来る。


 足の速い男が僕の前を先回りしてきた。足の裏が光っていることから、加速ヘイストを使ったらしい。でもそいつは、目の前にいたはずの僕がいきなり消えたもんだから驚いただろう。実際は消えたのではなく、足払いをしてやったんだよね。それに男が気付いたのは、転倒して地面に身体をぶつけた時だった。


 気配を感じて僕が振り向くと、メリケンサックを握っていた別の男が、ちょうど僕目掛けて殴り掛からんとしていた時だった。襲い掛かるストレート。僕はそれを片腕で受け止め、回転。遠心力を乗せたカウンターの肘鉄を敵の懐に食らわせる。鈍い音がして、男がだらりとこうべを僕の肩の上に垂らした。それを掴んで僕が上半身を前に倒せば、男はそのまま前方に投げ飛ばされる。投げ飛ばされる先にあるのは、さっき僕が足払いで転ばせた方の男。


 これで二人まとめて撃破だ。立ち上がり、残りの三人と対峙する。


 まず攻めてきたのは、剣を手にしていた男。袈裟に振り下ろされんとした剣は、僕の蹴りで弾き飛ばされ、街道の樹の幹に深々と突き刺さった。次いで繰り出された僕の後ろ回し蹴りを腹部に食らい、身体がくの字に折れる。僕はそいつの頭部を掴み、渾身の膝蹴りを叩き込んでやった。


 間髪容れず、反対側にいた男に狙いを定める。シャツの腹部に足跡が見えることから、僕がさっき前蹴りを当てた男だ。さっきの僕に驚いていたのか、こちらに手を出すのが遅かった。ステップを踏むような二段蹴りを繰り出した後、空いた上段にバットのフルスイングの如き回し蹴りを叩き込んだ。男はもんどりを打って倒れる。


 あっという間に残るは一人。なんで剣を平気で蹴り飛ばせたのか不思議がってる顔をしているな。分かってないな。こちとら、魔物ハンターだぞ。トゲトゲの殻に覆われた魔物すら遠慮なく蹴り飛ばしてんだ。そんな僕が、たかが不良の作った程度に何を遠慮することがあるっていうのか。


 男の両拳は、魔力で構築された岩石に覆われていた。僕の二発の突きと右の上段蹴りは、固い両腕によって防がれる。けれども、続いて叩き込まれた中段への左後ろ回し蹴りは直撃した。その勢いのまま僕は右足を振り上げて男の頭部に踵落としを叩き込むと、男はその場に崩れ落ちた。


 次の瞬間、聞き慣れた技の名が聞こえた。


「『破壊光線ハヴォック・レイ』」!


 ぎょっとした僕が兄弟の方を見ると、今まさに兄弟の翳した手の先に小さな魔方陣が形成され、そこから一条の光線が放たれたではないか。光線は街道を塞ぐ乗り物に直撃する。乗り物は爆発し、周辺の人や物をまとめて吹っ飛ばした。


 てか、ちょっと待て。兄弟のまわり、やけに倒れてる人多くないか?


「ちょ、ちょっと待ってくれ、兄弟。いくら敵対勢力とはいえ、相手は魔物じゃないんだぞ。いくらなんでも殺人はダメだって!」


「いや、死んじゃいねえよ、こいつら」


 慌てる僕に、至って冷静な様子で答える兄弟。周囲を見ると、なるほど、確かに皆息はある。つまり、


「瀕死じゃないか! だから兄弟、人間相手には手加減しろって。これは最悪、後遺症出るパターンだぞ」


 魔物の脅威から人々を守るのが魔物ハンターの務め。だから、どんな者が相手であっても、人を傷付けすぎることはあってはならない。ってのが僕の心情なんだがな。どうもこれが、兄弟に伝わっていないような気がするんだよね。


 と、内心溜め息をつく暇なんてなかった。真上から殺気を感じたのだ。


 男を乗せた竜型の召喚獣が、こちらに火の玉を何発も吐いてきたのだ。僕と兄弟は、左右に分かれるように回避した。が、火を吐く程度では終わらぬ。今度は、僕に狙いを定めると、そのまま勢いよく急降下してきた。召喚獣の鋭い爪と牙が閃く。


 だが、僕は決して臆さぬ。両脚に巻き付けた魔方陣に再度魔力を込め、召喚獣へと跳躍する。


「『魔法士の旋風脚メイガス・トルネード』!」


 それは、空中の一回転が追加された上段前回し蹴り。体重と遠心力に加えて魔力によって強化された速度と筋力が込められた上段の蹴りは、召喚獣の首の辺りにカウンターヒットした。魔法の威力が付加された渾身の一撃は、召喚獣の巨体を吹っ飛ばすには十分だった。特大のサッカーボールよろしく蹴り飛ばされた召喚獣は、街道ですでにスクラップの山と化していた車両をボウリングのピンのように吹っ飛ばし、やがてアスファルトに残した轍の先で動かなくなった。


「おい、兄弟こそ手加減してねえじゃねえか」


「あいつは人じゃなくて召喚獣だからいいの!」


 兄弟からの突っ込みに即答する僕。別に間違ったこと言ってないよね?


 僕の旋風脚によって、塞がれた街道が切り開かれた。僕達は、再び避難させていたカラスバとヤマブキを召喚し、その場を後にしようとする。が、


「てんめえ……これで終わりだと思うんじゃねえぞ……」


 憎々しげな声が、僕達を止めた。声の主は、一番最初に兄弟が腹パンしてノックアウトさせた男。そいつは腹部を押さえながら、よろよろと起き上がった。てかそいつだけじゃない。他の奴等も、ゆっくりと起き上がっていくではないか。


「なんて、しぶとい。立ち上がれるほどの打撃をやった覚えはないんだけどなあ」


 なんて僕が言ってると、男は両腕を天高く上にかざした。そいつの足元に赤い魔方陣が展開されていく。その直径は、街道の幅とほぼ同じ!


「⁉」


 驚く僕達の目の前で、男がにやりと笑んだ。魔方陣の至る所から、炎の球が生成して浮き上がってくる。その光景は、僕には活火山から噴出するマグマのように見えた。炎の球は虚空で静止し、メラメラと燃え滾っている。まるで、僕達に倒された男達の恨みを体現するかの如く。


「これでも食らえ! クソ兄弟共が!!」


 男が叫んだ。炎の球が一斉に僕達を――


「そこまでだァ!!」


 空気を震わせるほどの怒声と、炎の球を瞬く間に沈下せしめる豪雨が降り注いだのは、まさにその時だった。


 上を見ると、森の空を覆わんばかりに巨大な魔方陣が展開されている。その上に雲などが見られないことから、空の魔方陣が雨を降らせているようだ。


 ふと、男の方を見ると、両腕を上げたまま固まっていた。顔の筋肉は固く強張り、つい先ほどまでの強気な笑みが消えてしまっている。明らかに「やっちまった」って表情。まあ、分かるよ。僕達も知ってるもん。こんな大規模な魔法が使える奴を。そして、そいつがどんな奴なのかも。


 男の背後で不思議な現象が起きた。


 降りしきる雨の粒が徐々に収斂し、浮遊する水の玉となったのだ。水の玉は更に雨水を取り込んでいき、瞬く間に巨大化していく。やがて、子供の背丈くらいの直径になると、今度はぐにゃりと形を変えて人間のようなシルエットとなる。それが、地面に瞬間、表面の水が落ちて『彼』が姿を現した。


 サメをモチーフにしたアクセサリーが、プラチナアカデミーの衣装の隙間から露になった筋肉質な胸元の上で煌く。左右を剃ったボリュームのあるオールバックが映える黒髪は水気を含んでおり、まるで飢えたサメの背鰭を彷彿とさせる。端正な顔は『甘いマスク』という表現こそ合いそうだが、目は全く笑んでおらず、口元からは鋭い八重歯が顔を覗かせていた。


「あ、アミティ……さん」


 まるで錆び付いたおもちゃのように首だけをぎこちなく動かして、男は現れた人物の名を言った。アミティと呼ばれた男は、そいつを無視すると、まず僕達の方を見た。肉食の巨大魚が、敢えて獲物の隣を素通りするように。


「ようこそ、ポリシュドへ。どうやら俺の部下が、真っ先に熱烈な歓迎してくれていたようだね」


「熱烈にもほどがある。部下ってんなら、こんなバカなマネさせんじゃねえよ」


「ははっ! 相変わらず、金十字の方はストレートに物を言うなあ」


「右に同じだよ。兄弟は本当に攻撃的な物言いをする」


 フォローがてら、僕も突っ込みを入れておく。


 ――アミティ・ジョー。それが、彼の名前だ。ギルドクラブの構成員にして、水の『四元素王』。つまり、幹部クラスの大物だ。


「さて、客人に迷惑をかけ、俺に恥をかかせたこいつらをどうしてくれようか」


 アミティは振り返ると、さっきまで固まっていた男の胸倉を掴む。その顔からはさっきまでの柔和な雰囲気は消え失せ、獲物に食らいつく捕食者のような獰猛なものに変わっていた。


「俺は言ったははずだよな? 敵が来たら倒せ、と。客が、ではないぞ。敵、と、客。もう一度、言うぞ。敵、と、客。流石のお前も違うって分かるよな?」


「……で、でも、相手はクロスファミリーですよ? 俺達の敵じゃないですか」


「は⁉ 俺達の敵は魔物だぞ。魔物。クロスファミリーじゃない。あいつらは味方じゃないが、魔物じゃない。魔物じゃないから、敵じゃない。それともなんだ? ブル・ロジメには、こいつらが魔物に見えるのか? ん? 他の奴等にも聞くぞ? お前らには、クロスファミリーが魔物に見えるのか?」


 そいつ、ブル・ロジメって名前だったんだ。


 アミティはブルの顎を強引に掴むと、そいつの顔を僕達へと強引に向けた。僕達を見るブルの顔は、恐怖で真っ青に染まっていて……。


「俺はこれから、お前らがしたことのケツを拭かなきゃなんねえ。お前らが余計なことをしたせいで、俺達のテトラが大変ご立腹なんだ。お前らのおかげで俺達がテトラに嫌われちまったら、お前らどう責任取るってんだ? ん?」


「す、すんません……、俺は、俺は……」


「言い訳は後で聞く! てめえら、まずはケジメつけろ!!」


 そう怒鳴るとアミティは乱暴にブルを突き飛ばした。アミティが足の裏で強く地面を叩くと、街道どころか男たちのいる範囲を全て捉えるほど広い魔方陣が、一瞬にして広がった。そして、小さな声でアミティは唱える。


「『魔渦の門スパイラル・ゲート』」


 男達の悲鳴が、森の中で響き渡った。何が起こったかというと、男達の足元に渦潮が発生し、そのまま中へ吸い込まれてしまったのだ。アスファルトや土壌といった固いはずの地面が、突如として渦に変わり、土の中へと引きずり込まれる。なんと恐ろしい光景だろうか。地面の渦に吸い込まれた彼らの運命は、僕達は知らない。


 男達の喧騒が消え、森は再び静寂を取り戻した。さっきの大雨といい、なんて強力な魔法だ。これだから、僕達は四元素王と敵対したくないんよな。


「さて、これで静かになったな」


「助かったよ、アミティ。おかげで、一時はどうなるかと思っ――」


「勘違いしてんじゃねえぞ、黒十字よお!」


 礼を言おうとした僕を遮るように、アミティが目の前まで急接近した。


「なんの用でポリシュドに来たのかは知らねえが、こっちもこっちで滅茶苦茶ピリピリしてんだ。余計な手間かかるのが嫌だから部下を退かしただけで、ぶっちゃけ俺もてめえには今すぐ帰ってほしいくらいなんだわ。要件なら俺達のシマで聞いてやる。だが万が一、俺達のテトラに手を出すってんなら、俺は真っ先にお前らを殺すぞ」


 凄い迫力でまくし立てるアミティ。とりあえず、その謎の素早い動きはなんなんだ。アスファルトの地面が少し波打っていた気がするんだが、それと何か関係があるのか。


「分かった分かった。僕達も君達と敵対する気は毛頭ないよ。ただ、要件を聞いてくれるだけでありがたいもんさ」


「水野郎、俺達はあの『四つ尾』に興味はねえ。だが、お前が兄弟に手を出すなら、その時は俺が容赦しねえ」


 あ、また兄弟、事態がややこしくなるようなことを……。てかアミティ、なんだその兄弟を見た瞬間の意味分からん笑みは。何を考えてやがる。


 やがて、ふんと鼻で笑ったアミティは、僕達に背を向けて言う。


「着いて来な。『行き』だけは安全に連れてってやるよ」

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