第23話:よろしく、ビジネスパートナー

 槇は壬鷹が帰った後の薄暗い店の中で、少しの間ぼうっとしていた。『名前のない宝石工房』。ライカが入って店の内装は変わったが、この店の雰囲気は店を始めたころから一切変わっていない。その空気に身を沈めていたくなったのだ。

 人を呪って利益を得る。考えてみればなんという悪どい商売だろう。

 もちろん、人を幸せにする可能性のある呪いを選んで販売しているつもりだ。けれど呪いは呪いだ。人を不幸にするケースもある。そしてそれを、どうこうする力を持ってしまっている。それって非常に、罪深いことではないか?

 槇はふるふると首を振って悪い思考を吹き飛ばすと、すくっと立ち上がって荷物を取り、店を出た。良くない考えに頭が支配されそうなときは、何も考えないように努めることが一番だ。さっさと帰って、シャワーを浴びて寝てしまおう。そう思った時だった。

「槇」

 声をかけられた。

「朝霧?」

 朝霧にだ。槇は目を丸くして道で佇んでいる朝霧に駆け寄った。

「どうしたの? 忘れ物?」

「槇を待ってた」

「え?」

「……いいから。槇の家に行くわよ」

「え?」

 朝霧はぎゅうっと眉間にしわを寄せ、口をとがらせた。

「いいから、あんたの家で、夕食をおごりなさいって言ってるの」


 ――空から、隕石が降ってくるかと思った。


 夕食といっても大したものはないのだが、槇は出来合いのものをテーブルに並べると朝霧と向かい合って座った。

「珍しいね? こっちにくるの」

「別に。たまにはいいでしょう」

 ますます珍しい。朝霧が用もないのに槇の家に来るなんて。

「間宮さん、『音を拾う』石と相性がよさそうでよかったね」

「そうね」

 この話でもないらしい。そっけなくそう答えたきり、朝霧はもくもくと夕食を食べながらいっそう眉間にしわを寄せていった。相変わらず可愛い顔が台無しだ、と槇は思った。

「……後悔していないか、聞いておきたくって」

「え?」

 不意に、彼女の小さな唇が動いた。

「私とあの店を始めたこと、後悔していないかと思って」

 朝霧と目が合わない。いつもなら「目で刺殺しさつされそうだ」と感じることさえあるその大きな瞳が、槇の顔を一切捉えない。

「…………。どうして?」

 槇は優しく尋ねた。

「人を呪う稼業かぎょうだから」

 今さら? って言葉は、きっと地雷だろう。今だからこそ、朝霧はその疑問を槇にぶつけたのだろうから。

「朝霧はしてる?」

「質問してるのはこっちよ」

 槇は「そうだね」と、ははっと笑った。

「後悔なんてしないよ。だって僕は」

 じっと見てくる。朝霧の眼が。少しだけ震えながら。

「君とこうやって生きていくことが正しいと思って、あの店を始めたんだから」

「…………正しい?」

 頷く。

「人を救う石を生みだせる君の人生を支えたいと思った。僕の呪いならそれができると思った。まぁ、トラブルも多いけどね」

「人を……救う石」

 朝霧の瞳の中の光がゆらりと揺れた。少しだけ、うるんだようにも見えた。

「朝霧は? 後悔してる?」

 朝霧は少しだけ俯いて瞬きをする。けれど、槇にはわかっていた。彼女が、強いこと。

「しない。始めたことを途中で投げ出すことの方が、正しくないって思う。間宮の呪いを緩和かんわさせる石を探し続けたい。ライカが満足できるような石を探し続けたい。槇の……人生を滅茶苦茶にしたって……思われたくない」

 それは、まるで自分に言い聞かせているような決意だった。槇は微笑んで立ち上がると朝霧の傍まで歩み寄り、くしゃりと彼女の髪の毛を撫ぜた。

「うん。最後のは多分絶対大丈夫だと思うけれど。朝霧がそう言うなら、僕は一生、君を応援するよ。どうか、傍で頑張らせてほしい」

 朝霧は槇を見上げながらコクリと頷くと、頭に乗せられた手を取った。


「よろしく、ビジネスパートナー」



『宝石の蟲』 完

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