第18話:碧が、燃えている

「う、うわあああ!!」

 浅瀬は混乱して、思わず叫んだ。そして反射的にその見知らぬ手から距離を取ろうとした。

 しかし、ビンっといやな弾みがあり、浅瀬は手の方へと引っ張られた。服を掴んだその手がびくりともしなかったからだ。

「お、あっ!」

 浅瀬は反動で体勢を崩し、その場で片膝をついた。床がひんやりしていた。小さな手は変わらず彼の服の裾を掴んでいる。ささやかな指で。

「浅瀬さん!? どうしたんですか!?」

 木田が慌てて引き返してくる。

「浅瀬さん!? ど……――ッ」

 ゴッ!! と嫌な音がして、彼の言葉は強制終了された。引き返し、走ってきたところにちょうどよく正拳が突きだされており、彼の腹部が思いっきりぶつかったのだ。まるで、硬い硬い鉄骨に突き刺さってしまったかのような衝撃を受け、彼は勢いよく後方へと吹っ飛んだ。そして、ガーンと後頭部を床にぶつけ、そのまま気を失ってしまったのだった。

「き、木田……!?」

 浅瀬には何が起きたかはわからない。けれど、何かにぶつかったような大きな音が二度して、木田は声を失った。不測の事態が起きていることは、本能的にわかっていた。

「さて……」

 手の主はその小ささに相応しい幼い声だ。

「誘拐犯さん、覚悟はいい?」

「あ……、うあ……」

 白い煙の中、ふわりと彼女は姿を現した。

 白い肌。色素の薄い髪の毛。人形のような顔立ちに大きなみどりの瞳。

「ひ……!」

 正体不明。どうしてここにいるのか、全くわからない。これが誰なのか、全くわからない。浅瀬は突然現れた美少女に、心底混乱した。

「別に抵抗してもらっても構わない。私は痛くもかゆくもないし、力比べだって多分負けない」

「な、なにを……、何を言って……」

「ただ、私の手はとても『』し、とても『』なの。殴ったら多分、意識は吹き飛ぶと思う。……本当は記憶まで飛ばしてあげたいけれど、そう都合よくもいかないでしょう」

 少女は淡々と何かを語っていたが、これもまた、浅瀬には全く意味がわからなかった。

「あなたは、本当に愚かよ」

 少女の眼は、怒っているようだった。みどりが、燃えている。

「こんな呪いに、希望を持って。こんな呪いに、期待して。こんな呪いに、正義を語って……」

 唇が震えていた。

「どいつもこいつも……莫迦ばかばっかり!!」

 ――違う。

 浅瀬は気づいてしまった。

 彼女は泣きそうなのだ。泣いてしまいそうな感情を、押し殺しているのだ。

 ぼんやりと、そう思った後、彼の意識は途切れてしまった。強烈な痛みとともに。

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