第17話:小さな手

 声が出ない。驚きすぎて、だ。

「シーっ」

 自分を抱え込んで見下ろしているその男は、悪戯いたずらっぽく笑って口元に一本指を立てた。

「……み、壬鷹」

 ジェミィは数回目をしばたたかせ、彼の笑顔をまじまじと見つめた。

 一瞬の出来事だった。

 部屋を出たところで後ろに引っ張られたかと思うと、身体が宙に浮き、誰かの温かい腕の中に包まれた。白い煙の中、何が起きているのかわからないまま移動したかと思うと、さっきまでいた部屋の中に連れ戻されたのだ。

 しかし、どういうわけか犯人たちは追ってこない。ジェミィが困惑していると、壬鷹は少しだけ表情を歪めた。けれどその顔はすぐに見えなくなる。ぎゅうっと抱きしめられたからだ。

「壬鷹……?」

 温かい手で柔らかく頭も包まれる。彼の腕は微かに震えていた。

「良かった……」

 吐息のようにらしたその声は、本当に自分の身を案じてくれていたことを表していた。

「すみません、ジェミィさん。俺が……」

 ああ、とジェミィは悟った。

 彼は自分を責めていたのだ。守るためにひと時も傍を離れなかったにもかかわらず、目の前でさらわれてしまった。そのことを、悔やんでいたのだろう。

「いいのよ壬鷹。あんたはよくやってくれた。こうやって、助けに来てくれたじゃないの」

 ジェミィが優しくそう告げると、壬鷹はますますジェミィを強く抱きしめた。

「……苦しいわよ。ねぇ、泣いてるの?」

「泣いてませんよ」

 嘘か本当かわからなかった。

「馬鹿ねぇ」

 ジェミィはケタケタと笑った

「ありがとう壬鷹。私は良い部下を持ったわ」

 そして目を閉じ、壬鷹の肩を小さな手でぎゅっと抱きしめた。

「……ところで、どうして彼らは追ってこないの?」


 ――どうして。


「木田……待て!」

 浅瀬は浮かんできた疑問の正解を察知する前に叫んでいた。階段の手すりに手をかけようとしていた木田はその声にびくりと反応し、立ち止まった。振り向けど、浅瀬の姿はぼんやりとしか見えない。

「どうしたんすか!」

「……いや、なにか……、何かがおかしい!」

 浅瀬はそう言って後ろを振り返った。相変わらず白い煙が邪魔で視界不良だ。扉がどうなっているか、よく見えない。

 しかし自分の服の裾を掴んでいる小さい手はかろうじて見えた。ジェミィはいる。間違いなく此処に。では何故、扉が閉まったのか? ジワリと汗が出る。嫌な感じだ。いっそ、うすら寒い。この小さな幼女の手が強烈に違和感を放っている。

 その意味に気付いた瞬間。さらに浅瀬の背筋は凍りついた。

 ――この手は、ジェミィじゃない!

 だって彼女の手は、はずなのだから。


「動かないで」


 だってその声は、見知らぬ少女のものだったのだから。

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