第15話:完全な変化

「良子、なんかいい感じに変わったね」

 その言葉に顔を上げる。目の前で微笑む大学時代からの友人、由香里の表情は嘘偽りなく鷺沼夫人を褒め称えていた。

「そうかな」

「うん。久しぶりに会ってから、もう数回会ってるけど……会うたびに生き生きした表情になってる。どんどんおしゃれになるしさ。好きだったもんね、そのブランドの服。似合ってる」

「ありがとう」

 夫人は友人の祝福にも似た言葉に、少しだけ泣きそうになった。

「自分でも不思議なんだけどね。少し前までは、こんなの私にはもう似合いっこないって思ってたの」

「へぇ? なんで」

「自分に自信がなかったんだと思う」

 夫人はくるくると巻いた髪をふいっとつまみ、この間までは考えられなかった自分の姿を再確認した。

「由香里みたいに、働いて自立してる人を見ても、羨ましいな、自分が情けないなって思っちゃって、苦しかった」

「なによ。おかげでまだ独身なんですけどね? 私」

 由香里は夫人をなじるような眼で自虐気味に笑った。

「あはは、ごめん。ううん。でもそんなの、勝手な被害妄想だったんだなあって」

 そう。被害妄想。自分を落としていたのは、自分だ。そのことに完全に気付いてしまった。

 由香里はそんな鷺沼夫人の穏やかな顔を見て微笑むと、時計を見た。

「今日、この後予定あるんだっけ?」

「うん。実は少し前に行った美容院の美容師さんと気が合ってね。今日はその人とディナーなんだ」

「えっ、それって、男? 女?」

「男の人」

「ええっ!? 良子それ、ちょっとまずいんじゃ。旦那さんは?」

 率直で純粋な懸念。由香里は既婚者の鷺沼夫人をいさめるように問いかけた。

「いいの」

「いい……って、良子」

「今、私自分が好きなんだ。前よりも」

「う、うん」

「けど、そんな私を、あの人は嫌いみたいなの」

 由香里は複雑そうな彼女の背景を察知し、困り顔で黙り込んだ。

「でも、その人は自信を持って変わろうとしている私のことが、好きなんだって言ってくれたんだ」

「……良子」

「あのね、由香里」

 鷺沼夫人は少し痩せ細った左手の薬指に触れた。そこにはあのガーネットの指輪が光っていた。

「私、少し前に家を出たんだ」

「え、べ、別居ってこと?」

 超展開の告白に由香里はついていけなくなっていた。目の前にいる友人は、この数日で完全に変わってしまった。変わり果ててしまった。異常なスピードで。

「というか、家出に近いんだけどね」

「い、今、どこに住んでるの?」

「マンスリーマンションを借りたの。仕事もびっくりするくらいとんとん拍子に決まってね。来週から働くんだ」

「……驚いたわ」

「私も」

「超展開過ぎて、まだ頭がついていってない」

 鷺沼夫人はくすくすと笑った。本当に自分も、まだ信じられないのだ。

「背中を押してくれた女の子がね、いたの。すごく手が温かくって。多分今の自分があるのは、彼女のおかげなんだ」

 夫人は間宮の手の温かさを思い出し、ゆっくりと瞬きをした。

「自信を持つってすごいのね」

「え?」

「なんでもうまくいく気がする。もちろん、失敗だってするけどね」

 そう言った鷺沼夫人の眼は、間違いなく輝いていた。

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