第14話:君には言えない

 台風が来る。どんよりとしながらも雨が一滴も降っていない、そんな薄暗い日。

「……今日は、槇だけ?」

 朝一の薄暗い工房に入り、すでに来ていた槇を見て朝霧が問いかけた。槇は穏やかに笑って、「うん」と頷いた。朝霧はカウンターの裏に回り、工房の扉のドアノブに手をかけて数度瞬きをすると、意を決したように顔を上げた。

「ねぇ、槇」

「ん?」

「『売れない石』リストに、この間、ひとつ石を追加したんだけれど」

「ああ、クンツァイトだったかな。惜しかったね、すごく発色が良かったのに。でも『過去を忘れる』呪いなんて売れないからなあ」

「その時」

 朝霧が少しだけ声を張った。そんな話はどうでもいい、と言わんばかりに。槇はわずかに表情を固まらせ、朝霧の言葉を大人しく待った。

「……その時、リストの石を整理したのだけれど」

 次に来る朝霧の言葉を。

「ひとつ、石が無くなっていた」

 槇はわかっていた。

「どの石?」

 わかっていて微笑み返す。聞き返す。

「ブラックオニキス」

『死ぬ』呪いを持った宝蟲石。危険度でいうとSランクの呪い。絶対に流出させてはいけない呪いだ。下手に処分することも憚られる。そういう石だ。そしてそれは、槇によって朝霧を殺そうとした遠山に手渡された。つまり――彼女が死ぬ原因となった。

「どこに行ったか、知ってる?」

 朝霧がゆっくりと振り返って槇の顔を見つめる。睨んでいるようにも見えた。槇は相変わらず穏やかに微笑んでいた。

「あの石は」

 微笑んだまま口を開く。

「あの石は僕が処分した」

「……処分?」

「リストにあった中でも、一番危険な石だったから。ジェミィさんと相談して、とある筋から処分させてもらった」

 朝霧はあからさまに顔を歪めた。

「どうやって」

「それは言えない」

「相談もなく?」

「それは謝るよ。ごめん」

 朝霧の顔はみるみる白くなっていった。怒っているのだ。震えるほど。

「呪いが下手に返ってきたら?」

「僕が死ぬだろうね」

 朝霧の体中の毛が逆立つ。そしてその瞬間、彼女は何も言わずに乱暴のドアを開け、工房の中へと消えて行った。ひどい音を立てて。

「…………ごめんね」

 しんと静まり返った店内で、槇はひとり呟いた。

「君には言えない」

 そして槇は鋭い眼で、嵐が来そうな空を窓から見つめた。

 ――一生だ。

 槇は喉元まで来ている言葉をなんとか飲み込んだ。それはまるで灼熱のマグマのように食道を、胃を焼きつくし、ひどい吐き気を催した。それでも槇は飲み込んだ。


 ――これは一生、墓まで持ってく。君への想いと一緒に。

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