第4話:壬鷹

「だ、誰!?」

 間宮と鷺沼夫人は同時に叫び、身体をのけぞらせた。鷺沼夫人に耳打ちをした男は、ひらりと身体を起こし、にっこりと笑った。明るい茶髪に、まつ毛の長いつり目。女性らしさも感じる美形な男だった。

「十分遅刻よ。ジェミィ」

 朝霧が強めの口調で混乱した空気をかち割る。

「ごめんなさい朝霧。道が混んでいてね。それから、この男が少し遅れて行ったほうがタイミングが良いって聞かなくって」

 店の戸口で派手な幼女が鈴を転がしたような声で弁解する。

「ジェ、ジェミィさん! こ、この人は……?」

 間宮が思わず立ち上がってジェミィに問いかける。

「私の連れよ。ごめんなさいね、接客の邪魔しちゃって。壬鷹ミタカ。こっちへ来なさい」

 壬鷹と呼ばれたその男は「はあい」と、甘ったるい返事をしてへらっと笑った。そしてもう一度鷺沼夫人の耳元に顔を近づけて、耳打ちをする。

「ごめんね、お姉さん。驚かせちゃって。でも、多分、

「え? え?」

 夫人はすっかり混乱し狼狽えるが、彼はにこっと笑って彼女の傍を離れ、ジェミィの横に並んだ。

 フリルがたくさんついていて「ご令嬢」そのものなジェミィの横に、黒のパーカーにサルエルパンツと、かなりラフな格好をした若い男が並ぶ。この二人が一体どういう関係なのか、はたから見ればわからない組み合わせだった。

「……誰?」

 朝霧が眉間にしわを寄せていぶかしむ。

「相変わらず、可憐なお顔が台無しね。掛けても?」

「どうぞ」

 朝霧が不愛想に着席を促す。

「ああ、ごめんなさいね、間宮。こっちのことは気にしないで続けて?」

 ジェミィがカウンターに腰かけながら、間宮と鷺沼夫人の会話を促すが、二人は「はぁ……」と力なく答え、ぎこちなく顔を合わせるほかなかった。

「…………み、皆さんにお茶、持ってきますね」

 そしてついにこのいたたまれなさに耐えきれず、間宮は工房のほうにお茶を沸かしに引き返したのだった。


「さて、で、誰なの」

 朝霧が小さく男を睨み、それからジェミィに問う。言い方的には「問い詰める」と言ったほうが正しいかもしれない。

「壬鷹。オルテンシアで宝蟲石の鑑定を行っている、占い師よ」

「占い師?」

 怪訝。

「そんな似非えせさげすむような眼をしないで? 朝霧。彼は本物よ。あなたのように、むしは見えないけれどね」

 朝霧は改めて壬鷹と呼ばれる男をじっと見つめた。

「そう。それは幸運ね」

 朝霧のその言葉は、揶揄やゆではない。心底、思ったから言った言葉だったが、ジェミィ達にその真意が伝わったかどうかは定かではない。

「はじめまして、壬鷹。私は朝霧。『名前のない宝石店』の研磨師よ」

「はじめまして、朝霧ちゃん。ジェミィさんから話は聞いてて、ずっと会いたかったんだ。会えて嬉しいよ」

 社交辞令なのか何なのか、計りかねた朝霧は無表情のまま押し黙った。こういう時、槇ならきっとうまくいなすのだろう。

「それで、一体何の用なの。まさか挨拶だけって訳じゃあないでしょう?」

「えぇ。お願いしたいことがあるのよ」

「話の内容によるわ。まどろっこしい。何?」

「彼を、テストしてあげてほしいのよ」

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