第9話:店長兼クレーム対応係
夜八時。間宮の家の電話が鳴った。姫野の家の人からの電話だった。
電話を取った時から予想がついていたが、それは姫野が家に帰っていないという連絡だった。
「この時間まで帰らなかったことが、今までないので……。もし連絡が来たら、教えてくれますか?」
姫野の母親は本当に心配しているようで、声が震えていた。
それもそのはずだ。姫野はいわゆる箱入り娘で、連絡がない時を除き六時が門限だった。無断で八時まで家に帰らないなんて、緊急事態だ。
間宮は顔をしかめて受話器をおろし、放課後の姫野の様子を思い返した。あれはどう考えてもおかしかった。
間宮はあの後すぐに追いかけなかったことを後悔し、姫野が行きそうな場所を一生懸命考える。
――そういえば、直前に会っていたあの女の子。
あの少女と話している時の姫野は、特におかしかった。珍しく声を荒げていた。少し考えればあの少女がトラブルの原因であることは明白だ。そして、少女は確かにこう言っていた。
『名前のない宝石工房』をご愛顧ください。
「お母さん! ごめんちょっと出かけてくる!」
間宮は急いで小さなカバン一つを掴むと、玄関から飛び出した。後ろの方で母の声が聞こえたが、聞かないふりをした。
そして自転車をこいで例の工房へ向かい、営業時間外にもかかわらずまだ光の灯っていた店に飛び込んだ。
「夜分遅くにすみません!」
店のドアが乱暴に開かれたので、小さな鐘が激しく鳴った。
「いらっしゃいませ」
そこにはやはりあの男、槇がカウンターに座っていて、先日と全く同じ口調でそう言った。
「あのっ、この、このブローチを買っていった女の子を! あの……!」
何から話していいのかわからなくて、うまく言葉を紡げない。間宮は弾む息を整えながら店内を見渡したが、少なくとも此処には姫野はいないようだった。
「落ち着いてください。どうぞ、掛けて」
彼はゆっくりとした仕草で、間宮に椅子に掛けるように促した。
「いえ、その、それどころでは……、このブローチを買った子のところに、今日この店の女の子が来たと思うんですけど!」
「えぇ、必要であれば呼んできます。ですがまずは、お話を聞かせてください」
「お話って……!」
「申し遅れました。私は槇と申します。この店の店長で、クレーム対応係です」
槇はにっこりと微笑み、指を組んだ。
「いただいたクレームに対して、我々は必ず。あなたの納得のいく結末にいたします」
間宮は一瞬、不思議な国に迷い込んだのかと錯覚するような、キツネにつままれたような気持ちになった。
にもかかわらず、気付けば槇の申し出通り、椅子に腰かけてしまっていた。
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