第8話:感覚を失う呪い

 髪の毛をほどいてタオルで髪の毛を拭き、制服を叩いているとなんとなく寒気を感じ始めた。

 あぁ、緊張のあまり全身の感覚が薄れていたんだな、と間宮は思った。そしてある程度納得のいく理由を見つけて、少しだけ安心した。

 外を見るとすでに雨は止んでいて、きらきらと夕日が窓から差し込んでいた。

「……帰ろう」

 間宮はゆっくりと階段を下り、昇降口へと向かった。そのまま校門まで行くと、知っている背中が見えて、間宮は立ち止まった。

「姫野……?」

 姫野だった。

 そして姫野と対面している幼い女の子が見えた。肩から掛けた革のカバンや、レースのついた可愛いお洋服は、童話から飛び出したかのような愛らしさがあり、よく見たら顔も非常に可愛らしい。いっそ浮世離うきよばなれしていると思うほど。


「どういうこと!?」


 突然、姫野が叫んだ。

 聞いたことのない親友の荒げた声に驚いて、間宮はつい門の陰に隠れてしまった。

「言葉通りよ。石との相性によるけれど、石に持ち主として認められたら確実にその効果が出る。信じる信じないは任せるけど、早ければそろそろ体に異変が出ているはず。石はいつプレゼントしたの?」

「……二日前」

「なるほど。すでに手遅れかもしれないけれど、回収して返品することをお勧めしするわ。だけど、こちらは一度渡してしまったものだから、無理やり返品を求めることはしない。判断はあなたにお任せする。私の仕事は、正しく納品をすること。だからこの正しい石を、あなたに渡します」

 朝霧が持っていた箱を開けると、薄いエメラルドにとこどころ赤が指す不思議な色合いの石が入っていた。中身を確認した朝霧は、呆然とする姫野の手にその箱を握らせた。

「よし。納品完了。もしもブローチにはめたものをご所望ということであれば、それを含めて後日来店してクレーム係の店長にクレームを入れて」

 朝霧は自分の仕事は完遂したと、いう顔をしてぺこりと頭を下げた。そして雨が止んでいることに気づき、パチンと傘を閉じてきびすを返した。

「では、今後ともどうぞ『名前のない宝石工房』をご愛顧ください」

 そう言って、朝霧はすたすたとその場を去っていった。

 取り残された姫野は、晴れて光指す空の下、傘をさしたまま呆然と立ちすくんでしまった。その様子を陰から見ていた間宮が、恐る恐る姫野に近づいて声をかける。

「姫野……?」

 姫野は明らかにびくりと肩を震わせて、ゆっくりと振り向いた。

「ま……間宮……」

 その声は震えていた。間宮は明らかに動揺している彼女に思わず駆け寄った。

「どうしたの姫野、大丈夫? さっきの子何?」

 間宮が心配そうな顔をして、姫野の肩に触れて向き合う。

「間宮……私、どうしよう。いや、そんな馬鹿なことないって、わかってる。わかってるけど……」

 今言われた話を信じるわけじゃない。けれど、朝霧があまりにも自信満々に『確実に感覚を失う』と言ったことが恐ろしくて、うまく間宮の顔を見ることができなかった。姫野はごくりと息を呑むと恐る恐る間宮に触れ、傷つけるのを覚悟で彼女の肩に思いっきり爪を立てた。

「姫野、大丈夫?」

 絶対に痛いはずの強さでやったのに、間宮は顔色一つ変えずに首をかしげるばかりだった。


 確信した。

 彼女は、


 間宮の制服にきらりと光る黄色い石のブローチを見て、姫野はぼろりと涙を落とした。

「えっなに、どうして泣くの姫野!?」

 間宮には何が何だかわからない。

「ごめんなさい、私……!」

 堪えきれなくなった姫野はどすっと間宮を突き飛ばし、そのまま走り出してしまった。

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