9

学校が終わり、家に帰る。

「ただいま」

帰ってくる言葉がないのは知っている。

和室の部屋に入り、仏壇に手を合わせる。

「ただいま、ママ、パパ。おばあちゃん」

いつもの日課。

線香の香りが鼻腔をくすぐる。

「ただいま」

玄関のドアが開き、帰ってきたのは、

「輝流、ただいま」

「おにぃ」

スーツを着て髪をパリッとセットした兄の太陽(たいよう)だった。

「ごめんな、なかなか家に帰ってやれなくて」

私の隣に座り、両親たちに手を合わせる。




「いつも、遅くまでありがとう。

無理、しないでね」

テーブルに座り、久々に誰かと一緒に食べる家でのご飯。

「輝流、ちょっと見ないうちに痩せた?」

ご飯を頬張りながら兄が言った。

「よく言うよ!おにぃの方がどんどん痩せていくじゃん!

ちゃんと食べてる?ご飯」

「あんまり時間なくてな…」

「…もう、一人は嫌だからね」

兄までいなくなったら、私は…

「ごめん…気をつける。

ちゃんと家にも帰るようにするし、ご飯も食べる」

…だからそんな顔すんな。

テーブルの反対側から腕を伸ばし、私の頭をポンポンっと、叩く兄。

「…絶対だよ」

零れそうになる涙を堪え、ご飯に手をつけた。




「わかった!わかったよ」

電話越しの彼女に兄が苛立っていた。

食後、2人でゆっくりテレビを見ていた時に、

兄の彼女から邪魔電話がかかってきた。

「でも、お前と同じくらい家族も大事なんだよ」

仕事が早く終わったのに、自分に会いに来なかったのが、彼女はお気に召さなかったようだ。

「輝流には、俺しかいないんだよ!」

受話器からもれる彼女の金切り声は、

“私と妹とどっちが大丈夫なの?!”

って…

なんて、くだらない質問をするのだろうか。

「ユキ、お前。

俺が知らないとでも思ってるのか?」

兄の声が一段と低くなる。

「俺以外にも構ってくれる奴がいるなら、そいつといればいいだろ」

彼女に浮気されていたのを、気づいてたんだ…

「もう、終わりだ。別れよ」

その言葉を最後に、兄は電話を切った。


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