2-3 素直で率直な感想を
木製のドアを慎重にノックする。ノブには手をかけない。以前、勢いでドアを開けた途端、着替え中だったリーフィに、部屋にある全ての小物を投げつけられた記憶が苦い。失敗は成功の母。同じ過ちは繰り返さない。
暫く待っていると、やけにくぐもった声で「いいよ、入って」と返事があったので、ようやくドアを押し開ける。
明るい色の木材が使われた、ほぼ真四角の空間に入る。かつては宿泊用として使われていた部屋。そういう意味では俺の部屋も同じだが、リーフィが住むここはより上客向けだったのだろう。細かいところの意匠が凝っている。日当たりが良いのも羨ましい。
家具はベットに加え、何をそんなに入れるものがあるのかと首を捻りたくなる大きな三つの収納棚。ベッドの上にはやけにファンシーなクッションだかぬいぐるみだかが転がっている。
と、そんなことはどうでもいい。問題は肝心のリーフィの姿がないということだ。
「ごめーん、ちょっと待ってて」
声がした。長窓の向こう側からだった。どうやらベランダにいるらしい。ぱん、ぱんと何かをはたくような音。ああ、なるほど。洗濯物を干しているのか。
別に急ぎじゃない、気長にやってくれと生返事をする。ぼけっと突っ立ってるのも何だし、腰を下ろそうと部屋を見回して、
「……おい待て。ちょっと待て」
硬直した。真冬のストゥルト川に放り込まれたかのごとく。
だって、ほら、なんか落ちてんだよ。薄っぺらいというか、頼りないというか、とにかく白い布切れが、床の上に、ぽつんと。
凝視しかけて、すぐに我に返り、額に手を当てて慌てて視線を逸らす。
「ねー」
「な、なんだよ」
ベランダからの声に、軽く動揺しつつ答えた。
「思ったんだけど、コジロウが自分の戻る力に気づいたのって、三ヶ月ほど前じゃない?」
「ん?」
意表をつかれ、額から手を放す。
「なんで知ってる?」
「だってその頃だよね。コジロウが
「覚えてたのか」
鼻の頭を指で撫でる。
「そりゃあ、不自然だったもの」
当然、といわんばかりの口調だった。
「元々
「その質問、確か二度目だよな」
同じ質問をされた覚えがある。
「前は俺、なんて言い訳した?」
「威力を少しでも上げる為、だったかな?」
そんなこと言ったっけか。ま、それも動機の一端なんだがな。余計な機能を増やせば増やすほど
「もう少しで終わるから」
がさごそと音がした。
「なるほどね。指示しない限り相手を撃たないよう作り変えたのは、量産した【星】を一斉に落とすための仕掛けだったわけだ」
「ご名答」
相変わらず、数字以外に関しては頭の回転の早いことで。
「作った端から撃ち込んでいくのも手だけどな。ひとつひとつは【盾】で防がれかねない威力だし、いっそまとめて落とした方が威力範囲共に効果があると踏んだ」
「うん、的を射てると思う。実際に受けた身だから言えるけど、あれ、かなり怖いもの」
ガラガラと長窓が開いた。向こう側から空になった籠を抱えたリーフィが現れる。
「ごめんごめん。ちょうど洗濯物を干してたところだったから」
洗濯物――あっ。
ヤバい。そういえば今、部屋の中には、アレが。
「そうですか。別に気にすんなよ」
「なによう、硬い声出しちゃって。後ろめたいことでもあるの?」
クソ、今はその察しの良さが恨めしい。
どうする?
散らかり放題ならともかく、リーフィは綺麗好きの整頓好きだ。床の上に落ちてるアレは、さながら白色のキャンパスに滲んだ絵の具のごとくだ。本人が気づくのは時間の問題。つまり俺は、平和な内にこの部屋から撤退を――。
「っきゃああああああっ!」
思わず耳を押さえた。洗濯籠を床に置いて背伸びをしていたリーフィが、鼓膜をつんざく大音量と共に床の一点へと向けて猫のように飛びかかった。そこに何があるのか? 考えるまでもない。今の今まで俺を悩ませていた原因だ。
「見、見た?」
探るような声が飛んで来た。こっちもおそるおそる振り返ると、リーフィが、おそらくはアレを抱え込んだまま半眼で俺の様子を窺っていた。
「何を?」
白々しく答えた。つい瞬きが速くなる。
「……見たでしょ」
俺専用ウソ発見器、作動中。
「残念ながら俺は何も見てねーよ。そんなことより」
「ちょっと」
じろり、とねめつけられた。
「何か言ってよ。そんなわざとらしく話逸らされたら、まるで気を遣われてるみたいじゃない」
「気ィ遣ってんだよ、バカ」
面倒くせえ。
「何を言えってんだ。気の利いたコメントでも捻り出せって?」
「はあ!?」
リーフィが語気を荒げた。
「そんな軽口! そもそもコジロウに気の利いた台詞なんて言えるわけないでしょうが!」
「んだと」
カチンときた。
「そういうことなら、素直で率直な感想しか言えないんですがね? 構わないんですか? お嬢様」
「上等! 言ってみなさいよ、ほら!」
「本当に後悔すんなよ! 見たまま思ったままを言うぞ!」
「しない!」
「そんなに少ない布地で大丈夫なのかよ!」
「―――ッ!」
リーフィの顔が熟れた林檎のごとく赤く染まった。あ、ヤバい。虎鋏に足を挟まれた気分。
「この!」
腕が振り上がった。
「ドバカ! ドスケベ! ド最低! ド石頭!」
罵倒が連打で襲いかかって来た。流石にモノは投げつけてこない。だって今手にしているのアレだもんな!
「俺、悪くねえだろが!」
自分に言い聞かせているようだった。
「あとな! 何でもかんでも頭に『ド』をつけりゃ良いってもんじゃねえぞ!」
それこそどうでもいい。落ち着け冷静になれ。自分に命令するが全く体に行き渡らない。
「うっさい! このドドドドド、ど、ど……!」
「そこでネタ切れかよ!」
洪水みてえな音、出しやがって!
「知らない!」
ぐわんと圧迫感。おい待て、ちょっと待て! これってあれだよな! 近くで誰かが
「出てけ!」
リーフィが掌の上で作り浮かべた【小鳥】が俺に牙を、もとい嘴を剥いた。
「うおおおおお!」
ダッシュで廊下へと逃げ去る。ドアを閉めようと体を反転させたところで、つるん、と足が滑った。週に二度やってくる家政婦が、床磨きの仕事を怠けていないことをこんな形で実感する。仰向けに倒れると、今の今まで俺の頭があったところを【小鳥】が突き抜けていくのが見えた。
おい待て、ちょっと待て! 昨日の奴より鋭くねえか!? つまり何だ。俺の将来を案じるが故の怒りより、今の馬鹿げた羞恥心の方が上なのか!
「バカ、バカ、ドバカ! ドドドドバカ!」
追い討ちがきた。おい待て、ちょっと待て、本気で待て! せめて体勢を――。
――ぱんっ
気持ちの良い音と共に、眼前に迫った【小鳥】が破裂した。横から飛んで来た拳がリーフィの【鳥】を殴りつけたのだ。
「何をじゃれあってんだい」
尻餅をついた無様な格好のまま見上げる。そこには筋骨隆々女。我らが副団長がいた。
「……素手で叩き落すとか、どんな荒業ですか」
床に転がった情けない格好のまま、言った。確か【小鳥】は触れた相手を一瞬硬直させる
「ドタバタやかましいから、何事かと来てみれば」
呆れ全開といった風情の副団長は、部屋の中でへたり込んでいるリーフィと俺を交互に見比べ、鼻で笑った。うわ、すげえ屈辱。
「まあいいさ。コジロウ、ちょーっと顔貸しな。用がある」
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