2-2 信じてもらえず
「どうやって二人を言い包めたのやら」
執務室を辞して広間に出ると、ケラケラと笑い声が聞こえた。軽薄に笑う声の主の姿に一体誰だと一瞬眉をひそめる。日に焼けた浅黒い顔――リヒトか。大胆に髪型を変えているせいですぐに判らなかった。
俺たちを胡散臭そうに見るのは、その隣に立つクライセン。
「リーフィ」
似非淑女が俺の隣に視線を据えた。
「見損ないましたわよ。コジロウにわざわざ勝ちを譲るだなんて。そこまでして幼馴染に箔をつけたかったんですの?」
「なっ――!」
途端、リーフィの顔が紅潮する。
「誰がそんなことを」
「コジロウがあなたに勝った、ですって? 残念ながら、嘘を吐く才には恵まれなかったようですわね」
クライセンがリーフィに向けて首を振る。
「本当です」
「信じられるものですか」
吐き捨てた。
「野蛮な殴り合いならばともかく、
「何と言われようと、本当なんです」
「そうでしょうね。それが手心を加えた結果だとしても」
「偏見です。私は本気で」
「親しい相手に全力を尽くせる性格だったかしら?」
「コジロウが私に勝ったことが、そこまで信じられませんか」
おい、何だこの面白い光景は。負けた本人が勝った相手を必死で擁護してるぞ。リーフィ、それじゃ駄目なんだよ。お前が強く主張すれば主張するほど信憑性は失われていく。一番効果的なのは、私だって負けたくなかったと泣いてみせることじゃないのか?
「まー、絶対に有り得ない話ってわけでもねーだろ」
意外なところから援護が来た。リヒトだ。
「コジロウが勝つとしたら速攻を仕掛ける他にない。状況にも拠るだろうけどさ。リーフィが
「……ふん」
クライセンが俺を見下した。道端のゴミでも見るような目だ。
「奇襲と身の軽さで勝ちを拾ったというわけですわね。本当、
どうぞどうぞ、好きに罵ってくれ。
「それでも私には想像が出来ませんわ。有り余る
団長と同じ疑問。当たっている。実際、切り札を出さなきゃ俺は勝てなかった。
「それはっ!」
リーフィが説明しかけたのを見てぎょっとする。しかしすぐに思い留まったらしく、口は閉じられた。俺の異常な体質については他言無用。たった今釘を刺されたばかり。
「だーから、速攻で勝負決めたんだって。もしくは決闘成立したのがよっぽと近い距離だったんじゃねーの? 間合いが遠いと滅法強いけど、肉薄されるとボロ出す時あるし」
ちらりと横を窺うと、リーフィが口を尖らせていた。図星を突かれて悔しいのだろう。並みのチンピラなら簡単に転がせる程度に体術に通じちゃいるが、後がないところまで追い詰められると、妙な勝負弱さを見せることがある。
「………」
男爵令嬢は、納得いかないという表情のまま顔を背けた。
「しかしなんでまた、お前ら二人が決闘したかね? こっちの予定じゃ、こうして執務室から出てくるのはコジロウと、あのボンボンだった筈なんだが」
「リヒト」
「いーじゃん。隠す意味もないだろ。どうせ勘づいてんだし」
だよな、と言わんばかりの視線に眉を寄せる。
「そう睨むなよ。こっちは失敗したんだ。どうあれリーフィに勝ったんだ。自信もついただろ?俺らからすりゃ、逆効果もいいとこだ」
相方の軽口にクライセンは乗ってこない。シュレンをけしかけた企みについては、そこまで乗り気ではなかったのかもしれない。
「てなわけで、安心してくれ」
降参とばかりに両手を挙げて、リヒトが言った。
「しばらくは大人しくしてるさ。少なくともお前をここから追い出そうと企むのは、お預けだ」
そう言い残すと、二人は入れ替わりに執務室へと入っていく。俺とリーフィは顔を見合わせ、互いにため息を漏らした。
○ ○ ○
ベッドの上で無造作に寝転び、ぼんやりと考え続ける。とうとう他人が知るところとなった自分の力についてだ。
「やっぱ、相当変なんだな……」
顔の上に翳した掌を見ながら独り言ちる。ずば抜けた回復力だとは思っていたが、副団長の反応を見て改めて実感した。
俺の体に
だからといって、否定する気持ちはない。容量がほとんどない俺にとっては、谷底で掴んだ蔓糸のようなものだ。ただし不気味であることに変わりはない。
問題は――どう付き合っていくかだよな。
仕方なく団長と副団長には明かしたものの、正直、まだ自分だけの秘密にしておきたかった。珍獣扱いされて体を調べ回されるのは御免だ。発動するにはちょっとした前提もあるしな。
「相談、してみるか」
どうせバレちまったんだ。一人で考え込んでいても仕方ない。少しばかり過保護な幼馴染に意見を求めてみるとしよう。さっき部屋に帰ったばかりだから、まだどこにも出かけてはいない筈。
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