その造型は魂にも似て

道化屋

序章

プロローグ 


 ――まあ、裏切り者は俺なんだけどな。


 醒めた呟きは、心の中に留めておく。

 目の前でいくつもの背中が揺れている。深夜の路地裏を走り回る男集団。道端ですれ違っても視線を合わせたくない風体の人間ばかり。残念ながら、その中には俺も含まれている。

 さて、何故夜更けに駆け足に勤しんでいるのか? この荒々しい息遣いと、乱れた足音を聞けば誰でも解るだろう。


 逃げているのだ、必死で。


「くそっ!」


 前方から忌々しげな呟きが流れてきた。俺は集団の一番後ろを走っている。


「どうして、こんなことに!」


 そうだな。毒づきたくなる気持ちも解る。

 今の今まで順調だったもんな、誘拐計画。

 要人の息子をさらって、そいつの命を盾に投獄された組織の幹部を釈放させる。使い古された手法と、新鮮味のない目的だ。

 誘拐作業は滞りなく実行された。形跡ひとつ残さず七歳になる貴族院議員の御曹司を連れ去った。ミスは誰も犯さなかった。完璧だった。後は要求通りに幹部が解放されるのを見届け、人質を適切に処分し、姿を眩ますだけ。

 だってのに――。


「奴ら、狙い済ましたかのように襲ってきやがった!」


 成功を目前にした期日の前夜――つまり今夜になって潜伏先のアジトが急襲された。

 人質はあえなく奪還され、メンバーも既に半数近くが捕縛されてしまった。


「わからねえっ! 問題は何もなかった! 俺らの居場所がバレる筈はねえんだよ! 空の月が告げ口でもしねえ限りはな!」


 情緒のあることを言うもんだと、言葉に釣られて空を見上げる。建物の隙間からのぞく狭い夜空に月がひとつ浮かんでいる。ああ、今日は青月が随分と大きく見える。


「決まってんだろ!」


 すぐ横を走る男が砂粒を噛み潰したような苦り顔で答えた。


「連中、創作家クリエイターだった。奴らの中に鼻の利く手品を使う奴がいた。そういうこったろ!」

「今だってそうだ!」


 派手な音がした。通り抜けざま、脇に置かれていた樽を蹴り倒したのだ。


「あの隠し出口は簡単に見つけられる代物じゃねえ。脱出路はそれなりに入り組んでた。だってのに一向に撒けやしねェ!」

「どこまでも反則まみれの奴らめ」


 苛立ちを煮詰め切った声。


「だから嫌なんだ、創作家クリエイターって奴は!」

「でもよ、いくら何でも出来過ぎと思わねェか?」


 先頭を走る人物が疑問を呟く。髪の毛を全て後ろへと流した、実業家然とした小奇麗な身なりの長身。この誘拐計画の指揮を執っていた割と頭の切れる四十路の男だ。


「こっちだって無策だったワケじゃねェ。嗅ぎ付けられる可能性だって考えてた。だからこそ一人用意してただろ、創作家クリエイターをよ。野良とはいえ、そこそこ腕は立つ。だってのに」

「ああ」


 首魁の疑問を肯定する頷き声。


「奴ら、奇襲かけてきやがった時、真っ先にアイツを潰しやがった。まるで一番厄介なのが誰なのか、前もって判ってたみてえに」

「だよな。こいつはどう考えても――畜生! 行き止まりだ!」


 袋小路。土地勘のない人間が地図を失った挙句、闇雲に走り回れば当然こうなる。まして今は夜だ。

 引き返そうと全員が踵を返し、



「観念なさい」



 闇に凛と響き渡る、高い声。

 女だ。

 路地の真ん中に、女が立っていた。夜に映える銀髪が印象的。


「追いかけっこは、ここで終わり」


 誰が見たって異様な光景だった。

 深夜の路地裏。屈強な男数人の前に立ちはだかる役者として十代の華奢な女はいかにも不足している。昼時の華やかなカフェテラスを賑わせるのであれば、これ以上の適役もいないだろうが。


「……ちっ」


 しかし男たちは、緊張を解くどころか一層体を強張らせる。

 たった今、思い知らされたばかりなのだ。この女は創作家クリエイター。そうである以上、性別年齢に関係なく、半端に訓練を積んだ兵士よりもずっと脅威になり得る。


 ――ぐるる、と低い唸り声が聞こえた。


 女の背後から、一匹の犬がすっと姿を現した。黒茶色の短い体毛に覆われた、しなやかさを感じさせるスマートな輪郭。明らかに戦いに向いた犬種だった。


「無駄なの」


 女は無慈悲に告げた。


「どこへ逃げても無駄なの。例え地中深くに隠れようと、地の果てまで駆けようと、世界の裏側に潜もうと、これ・・は絶対に見つけ出す」


 これ、の下りで傍らの犬を掌で指し示した。


「そういう模型モデルだから」

「道理でな。撒けねえワケだ」


 俺の隣にいた面長が、石畳を何度も何度も蹴りつけた。


「これだから、これだから創作家クリエイターって奴らはよぉッ!」


 こちらの狼狽には構うことなく――。

 女が、何かを叫んだ。


「なんだ?」首魁の男が眉を寄せた。「何を言ってる?」


 ……おい待て、ちょっと待て。

 女の言葉をただ一人正しく理解した俺は思わず頭を掻いた。まだ早いだろ、その台詞は。

 何が『大丈夫? 無事でいる? 今終わらせるからね』だ!

 あの大間抜け。そういう言葉は実際に片付け終わってから言うもんだ。ほれ見ろ、今の今まで全く問題なかったのに、お前のせいで――。


「そういう、ことかよ……」


 事の真相に気付いてしまった連中が、顔に憤怒を浮かべて、一番後ろにいた使い走りの小僧――つまり、俺へと振り返った。


「おかしいおかしいと思っちゃいたが、内通者がいたってか」

「だとすれば新参のてめえしかいねえよな、クソガキが」


 ああ、バレちまった。面倒なことになった。


「してやられたぜ。酔っ払い共が寄って集って私刑リンチ食らわせてた汚ねえ若造が、よもや連中の手先とはな」

「……その節はどうも」


 我ながらふてぶてしい声だった


「助けて頂いて感謝しています」


「ざけんなア!」

「仕込みだったわけか」

「随分と仕事熱心だなァおい!」


「動かないで下さい!」


 連中が俺を取り囲んだのを見て焦ったか、女が警告を発した。


「大人しく投降すれば、手荒い真似はしません。けれど抵抗するなら!」

「白々しい」


 定型句を口にした女を振り返って、首魁の男が舌を打つ。


「捕まれば、どのみち縛り首だろうが。けっ、分かってるともさ。俺たちはもう逃げられねえ。終わりだ。だけどな」


 ぎろり、と恨みを滾らせた瞳が俺を捉えた。


「騙したツケは払ってもらうぜ、小僧ォ!」


 逃げ場を失った男たちは最後の悪事の標的を俺に定めた。せめて、自分たちを陥れた間諜スパイは道連れにしてくれる。

 それぞれが握り締めた武器を振り上げた。


「っ――コジロウ!?」


 女が俺の名を叫ぶ。何を心配そうな声、上げてやがる。お前の迂闊が招いた窮地だろうが。


「死に晒せえええッ!」


 俺は、動じない。

 ただ体内に満ちる幻料ファテを、認識する。


「――――なっ!」


 今まさにナイフを振り下ろさんとしていた男たちが動きを止めた。狼狽し、後退あとしざる。

 何故なら、空中に、星が浮かんでいる。


「てめえも……」


 歯軋りの音が聞こえた。


創作家クリエイター、だったかよ」


 応えはしない。

 そして夜の裏路地で、一筋の星が――流れた。


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