05 夢 (1/15改稿)
眼下に広がる、深い緑。所々、キラキラと月光を反射する小川が見える。
それらの景色は、我が両翼を動かす度に、後方へとあっという間に過ぎ去ってしまう。
それでも、表皮に感じる冷めた空気がとても気持ちよく、思わずグルグルと喉を鳴らす。
『ご機嫌ですね、父上』
『む、そう見えたか?』
『まあ、はい。父上が喉を鳴らすところなど、ここ数百年見ていませんから。』
すぐ後ろを飛んでいる二匹の竜は、我が産み出したものだ。といっても繁殖能力の無い竜が赤子を産むことなどできるはずもなく、正確に言えば「作り出した」かもしれない。二匹は両方とも火と風の魔法を得意とするが、片方だけでは普段の半分の魔力も使うことができない双子だ。彼らは自分達を《欠陥品》だと呼ぶが、我からしてみればむしろ欠陥の無い生き物などいないし、欠陥があるからこそ愛着をもてるのだ。
『確かに、ここ最近笑ったことなど無かったかもな。最近我もお主らも、いろいろといそがしかったからな。』
クスクスと笑いながら言うと、ムッとしたように片方の竜ーーアルが言った。
『父上はあいつに甘すぎるのです。我らが忙しかったのはあいつのせいでしょう』
それに呼応するように、アルの片割れーー双子の弟、ウルも我を咎めるように言う。
『兄上の言う通りです。我らはあいつのように、父上の手を煩わせたりなどしなかったでしょう。我らの時と同様、放っておけばよいのです』
確かにそうなのだ。アルやウルに留まらず、我が最初に作った「兄弟たち」は、我の手を煩わせはしなかった。
でも。
『そもそも、お主らとあいつでは我が求める役割が違う。いつも言うておろう。お主らは我の「兄弟」だと。あいつは我が作った「子供」だ。もちろん生まれたときの体格も、精神年齢もお主らとは違う。生まれてから暫くの間、自力で何もできないのは必然であろう?』
グッと押し黙ったアルとウル。……彼らの気持ちもわからなくはないのだ。自分達を蔑ろにされているのではないか、とか、自分達は捨てられてしまうのでは、などと疑心暗鬼になっているのだろう。そんな事、我がするはずもないのに。
ムッとしている二匹を横目にクツクツと笑っていると、眼下の森が途切れた。そして現れたのは、ぐるりと大河に囲まれた丸い島。
その上空では、我の兄弟や、その子供たちがのびのびと飛んでいた。
『とうさまー!』
突如、落雷のようなスピードで飛んできた小さな白い塊を、空中でくるくると回転しながら受け止める。
『おい、行儀がなってないぞ。父上に対してその態度はなんだ』
早速説教を始めるアルを宥め、我は腕の中の幼竜を見る。
『セツ、あそこまでスピードを出せるようになるとはな。我らが出掛けている間、また腕をあげたのではないか?』
『そんな、せつなどまだまだです。そんなことより、せつはまたとうさまに上の方まで連れていってもらいたいです!』
上の方、とは雲の上のこと。まだ翼が小さいセツは、速く飛ぶことはできても高く飛ぶことはできないのだ。
『はあ……。おまえ、父上を困らせるのも大概にしておけよ』
ウルがじろり、とセツを睨み、我の腕の中にいるセツはビクッと動きを止めてしまう。
『やめよ、ウル。我は別に良い。雲海を眺めるのも気晴らしになるしな。アル、先に戻って今回の進捗を纏めておいてくれぬか?久々とは言え今回で三度目の遠出だし、石に刻むことくらいお主ならできるであろう?』
『……わかりました』
不満を滲ませながらも渋々と頷く彼らを少し気の毒に思い、我はポツリと言った。
『……いつもすまぬな。だが、あと数千年もすればセツも大きくなる。それまで、我の右腕として動いてはくれぬか?』
我の言葉に目を瞬いたあと、彼らは苦笑して、こう言った。
『父上はいつもそれですね。あと少し、とか、あと数百年、とか』
『今回も、我が代わりに記録を書いておきます。その代わり、帰ってきたら我と一戦頼みますよ』
アルとウルは条件を取り付けたあと、くるり、と身を翻して島の方へ飛んでいった。
『さて、セツ。我らが出ている間、お前は兄様たちからなにを習った?』
腕の中の我が子を振り落とさないように気を付けながら、我は上へ、上へと上っていく。
『んーとね、魔法の使い方とか、この世界がどうやってできたか、とか? 兄様は一生懸命教えてくれたんだけど、せつはとうさまのような魔法は使えなかったの……』
初めは楽しそうに話していたセツだが、魔法の話になった途端、しゅん、と落ち込んでしまった。
『……なんの魔法を習ったんだ?』
『兄様は「最初だから」って言って、土で器を作ったり風で物を飛ばしたりする魔法を教えてくれたんだけど、せつはそういうのじゃなくてーー 』
『まさか、我と同じ魔法を使おうとしたのか?』
『うん……でも、できなかった。とうさまは、魔法で地面を下の方から揺らせるでしょう?でもせつは、地面の上の方だけしか揺らせなくて……』
その瞬間、ボフリ、と音をたてて雲を抜けた。その日は、きれいな満月が出ていた。
『セツ』
『なあに?とうさま』
『セツは、我のようになりたいか?』
『うん! とうさまのような、立派な竜になりたい!』
『……そうか。では、決して道を誤るなよ。心の底から信頼できる者を一人、見つけるんだ。……他の奴等は信じるな。』
『……とうさまは、信じられる生き物がいないの?』
つぶらな目で聞いてくるセツに、誰が真実を話せるだろうか。
我は苦笑し、こう言った。
『さてな。少なくとも、兄弟たちは敵じゃないと信じてるさ』
ーーーー
その後、セツが満足するまで空を飛び、明け方になってからやっと島に帰った。もちろん兄弟たちから遅すぎる、と小言をくらい、その後ちゃっかりしたアルと魔法で一戦を交えた。
……彼らも常に成長し続けているようだ。少しとはいえ兄弟たちとの遊びで我が本気を出したのは初めてだった。
ーーーー
ふと気付くと、目に入るのはごうごうと燃え盛る火の海。
その中央には、見知ったシルエット。なぜ、どうして、と思うけれど、その思いは届くことはなく、我は猛烈な眠気に逆らえず目を閉じた。
ーーーー
誰だ、お前。
薄情な、我を忘れたか。片割れよ。
……レオ?
うむ。
お前、そんなに大きかったか?
そんなことはどうでも良い。
そろそろ目覚めよ、片割れーーいや、時雨と呼ぶべきかの。
目覚める?
そなた、覚えておらぬのか?まあ良い。刹那とやらの友が、お主の目覚めを待っておる。
あまり待たせるでないぞ。
その言葉を境に、俺の意識は急速に覚醒に向かう。
石のように重い瞼を開くとそこは見知らぬ天井で、どこからか何かが焼ける香ばしい匂いがしてくる。
何か夢を見ていた気がするのに、具体的な内容を思い出せない。ただ、心を満たす満足感と、ちょっとした哀しみ、それと、心を覆ってしまいそうなほどの絶望。その一見矛盾する感情だけが、グルグルと頭の中をめぐっていた。
「お、目が覚めたか」
目だけを動かして声の方を見ると、至近距離に厳ついオジサンの顔が。
恐怖だった。
むしろそこで止まらなかった俺の心臓を褒め称えたいくらいである。
竜の絆 孤川 海鈴 @Kogawa-misuzu
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