幕間
俺たちがセツナの元に着いたとき、そこはもう『森』ではなかった。大きく地面が抉れクレーターのようになり、所々何かが焦げたように、プスプスと煙が上がっている。けれど体感温度はとてつもなく低くて、元々暖かい森にいく予定だった班のメンバーは、装備の薄さが災いして殆どがブルブルと震えていた。
「……寒い! めっちゃ寒い!」
緊張感もなくそう言って騒ぐのは、一班の中で一番若いルミ。
「うるさい! お前が寒い寒い言うからこっちまで更に寒くなってきただろ!?」
ルミの一言に反応して早口で捲し立てるのは、クリス。
「……」
一人無言のアリアは、いそいそと上着を着ていた。
それぞれが異なる反応を見せながらも、きちんと警戒はしている。ただ、クレーターの真ん中でセツナが羽の生えた魔族に捕らわれながらも、俺たちに近寄るな、と目で示していたから、全員近づくに近づけないのだ。
セツナの忠告を聞かないときは、決まって大変なことになる。それは、俺たちが決して短くはない時をセツナと過ごしてきて出した結論である。緊急時だからこそ彼女の忠告は聞くべきだ、と身をもって知っていた。
「《レオ》」
という少年の囁くような声と同時に、俺はものすごい殺気を感じた。
「え、《レオ》!?それって……」
少年が発する殺気ではなく、その言葉に驚愕したルミが思わずこちらを鑑みてしまう。
その一瞬が、致命的なものになった。
ルミがこちらをちらりと見た瞬間、セツナのすぐ側にいた少年は、彼の目の前にいた。
「……っ、」
咄嗟にルミを引っ張って庇おうとしたが、少年のスピードはとんでもなかった。
そんじょそこらのガキに速さで負けるような、そんなたるんだ人間じゃない、と思い込んでいた少し前の俺を殴りたくなる。自信があっただけに、自分の速さが10くらいの齢の少年の足元にも及ばないということは、俺にとっては大きなショックだった。
少年がルミを吹っ飛ばす直前、俺は少年と目があった気がした。その血走った目は、狂気を匂わせながらもどこか救いを求めるような、そんな陰りを感じさせた。
俺が伸ばしかけた腕は、すぐ側にいたルミの体に、触れることすらできなかった。
軌道上の木を薙ぎ倒しながら後方に飛んでいくルミ。骨が何本かやられたかもしれないが、俺はルミのことよりも、すぐ隣にいる、ルミを吹っ飛ばした姿勢のままでいる少年のことで頭がいっぱいだった。
「……っ、しぐ、れ」
微かに聞こえた掠れたセツナの声に、ピクリと反応する少年。
どうやら少年は、俺たちがここにたどり着く前にセツナにだいぶなつき始めていたらしい。
「……刹那さん?」
少年の動揺するような、呻くような声に、俺は心臓をかきむしられるような心地がした。
少年の声には、それを聞く者の注意を無意識のうちに集めてしまうような、そんな危うさがあった。
少年がゆらりと体を起こしたかと思うと、俺を一瞥して、ただ一言。
「……手伝え」
そのまま地面をトンッと蹴って、ふわりと宙に浮き上がる。
ヒュッという音が聞こえたと思ったら、少年はもうそこにはいなかった。慌てて刹那の方を見ると、何故か地面に倒れている。
しまった。完全に見失った。
そんな心境を察したのか、アリアがポツリと教えてくれる。
「ドルジ、上よ」
上。そう言ったアリアの視線を追って空を見るも、何も見えない。
……いや、速すぎて見えにくいだけだ。
目を凝らせば、辛うじて悪魔が殴られているのが見えた。
「おいおい、正気かよ。」
アリアを気配で探ると、どうやら身体強化魔法で一時的に動体視力をあげているようだった。
……そりゃあ、肉眼で見落とすわけだ。
そもそも悪魔なんて、課の中で一番の実力といわれる俺らの班ですら仕事の受注を許可されなかったほど、稀かつ強力な存在だ。
それを一方的に痛め付ける少年は、本当に何者なのだろうか。
少し考え事をした瞬間、サボるな、と言わんばかりに少年に猛スピードで飛ばされてくる悪魔の体。咄嗟に俺の得物を顕現させ、弾き返す。その先にいる彼は、悪魔を待ち構えるようにして異空間への入り口を広げている。
……確かに異空間に飛ばしちまえばこっちのもんだ。でもーー
悪魔とは、彼らが持つ莫大な魔力と、それを扱う技術を恐れて古代のヒトが付けた名だ。
それを侮っちゃいけない。
入り口に吸い込まれるかと思われたとき、悪魔は案の定抵抗を見せた。グニャリと空間と共にねじ曲げられそうになる体を正常な状態に戻し、あっという間に安全な距離まで離れてしまう。
[ふ~、危ない事するねぇ]
呑気な声でいいながらも、その目は笑ってはいない。そっと少年の様子を伺うが、その表情からはなんの感情も読み取れず、ただ悪魔をじっと見ていた。
が、張り詰めていた空気がフッと緩んだかと思うと、その小さな体は操り糸を切ったかのように落ちてくる。慌ててアリアが落下速度を緩める魔法をかけ、クリスが彼を受け止めた。
[ふふ、その子もそろそろ限界みたいだね。まあ、僕も相当ダメージ食らっちゃったし、今回はこれくらいにしておこうかな]
言い終わると同時に、悪魔はセツナを担ぎ、どこかへ去ってしまった。その動きが滑らかで急だったから、機敏なアリアでさえ追跡魔法をかけるので精一杯だったようだ。
ーーーー
悪魔が去った後、俺はすぐに少年の元に駆け寄った。
「大丈夫そうか? この子」
「ええ、ただ意識がないだけよ。ちゃんと息もしてるわ」
アリアの言葉に、酷く安心する。セツナが面倒を見た子を傷付けようものなら、後からセツナにこってり搾られるのは目に見えている。
悪魔がセツナを連れ去った理由はまだわからないが、セツナならどんな状況になってもうまくやってくれる、という信頼があった。それは、今までこの班を引っ張ってきてくれた彼女にこそ抱ける物で、多くの知り合いがいる俺でもセツナと同じくらい頼れるやつはそうそういない。
生ぬるい風が頬を撫で、誰からともなく立ち上がり、町へと歩き出す。
途中で動けなくなっていたルミを見つけ、そのまま俺たちが元々滞在していた宿へと戻った。
少年が目を覚ましたのは、俺たちが宿についた日から二日後の朝だった。
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