「もうこんなに大きくなったよ〜! 胎動もボコボコうるさいくらい!」

 バーからの帰りの電車でスマートフォンを開くと、姉から写真付きでLINEが来ていた。

 横向きに立ち、顔だけカメラ目線。突き出たお腹をワンピースの上から片手で押さえ、片手でピースしている。撮影者は幹英さんか。

「すごいねえ♡ すっかり妊婦って感じだね。名前決まったら教えてね!!」

 わたしは今の気分にそぐわぬテンションで返信する。賑やかになるようにスタンプも送る。

 和佐からは、「寝ないで待ってる」と一言だけ届いていた。

 わたしはLINEを閉じて、なんとなく着信履歴をスクロールする。

 真先くんは、会社近くに迎えに来てくれていたのだろう。それはもう、疑いようがなかった。土曜日にアサミとの対面を果たすと知らせていたので、心配して様子を聞こうとしてくれたのだろう。

 なんだかすごく悪いことをした気がして落ち着かず、わたしは何度も脚を組みかえた。

 早く帰宅して、真先くんに電話をかけ直そう。

 そう思ったけれどもう0時近くで、「兄の恋人」から電話がかかってくるにしては遅すぎるであろう時間帯になっていた。

 かたんかたん。電車の振動の心地よいリズムに身を預け、わたしは酒の余韻を感じながら目を閉じる。


 店を出た直後、志賀さんはまた唇を寄せてきた。

「ちょっ、ちょっと」

 傷つけないように少し笑いながら、わたしは志賀さんの胸を押し戻した。

 志賀さんは例の見つめかたでわたしを見つめた。酒が入って、より目力が増している。初冬の夜風が火照った頬を撫でていく。

「わたしまだ、彼氏いるんですから」

「『まだ』ってことは、いずれ別れるんでしょ? 前倒し前倒し」

「前倒しって」

 思わず笑ってしまったけれど、「別れる」という言葉の響きにわたしの胸は音をたてて痛んだ。

 別れるのがあたりまえなのだろう、この状況は。わかってる。

 けれど、諦めきれるのだろうか。和佐なしで生きていけるのだろうか。9年半も一連托生でやってきた人と、別々の人生を歩むのだろうか。

 うつむいて言葉を探していると、抱きしめられた。

 志賀さんのコートは、煙草のにおいがする。わたしと飲んでいる間、煙草を吸うの我慢してくれていたのかな。

 そう思うと少々強引なこの人がやっぱり憎めなくなって、わたしは「優しくしないでください」などと言ってみた。

「優しくするよ、好きだもの」

 志賀さんはようやくその言葉を口にした。

 強く抱きしめられたまま、わたしはこっくりと黄色い月を見上げていた。


 丹羽さんの言葉を借りれば、わたしは和佐に一矢報いたことになるのだろうか。

 もやもやとまとまらない気持ちを抱えたまま、きんと冷えた鍵を鞄から取りだして部屋のドアに差し込む。

 その瞬間、ドアノブが内側でがちゃがちゃ回されてばたんとドアが開き、寝間着姿の和佐が飛びだしてきた。

 ものすごい勢いで抱きしめられる。

「よかった。帰ってこないかと思った」

 和佐はいきなり涙声で言った。

 不思議なことに、抱きしめられた瞬間に酔いがすうっと醒めたような気がした。

「由麻、酒くさい」

 何も言う気になれない。

 あんなに愛おしそうな目でアサミを見たくせに。出会ったその日に付き合うことにしたくせに。ふざけんな。ばかにすんな。

「あれ、ちょっと煙草くさい?」

 和佐の言葉を無視してその身体を押しやり、わたしは靴を脱いで部屋に入った。

 寝間着や下着、タオルを手早く準備して、バスルームに向かう。

「由麻」

 いつかのように入浴中に入ってこられないように、わたしは内側から鍵をかけた。

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