第二話 俺の彼氏を探せ!
いつも通る駅前通り。いつも見かける風景。極端に短いスカートを翻して制服の女の子たちが歩いて行く。
ベージュのジャケットの裾からわずかに覗く、茶を基調とした暖色系のスカートのチェック柄が可愛い。これは立花のえるが通う聖華女子高等学校の制服だ。全国的にも群を抜く短さのスカートは、おどろくべきことに学校標準指定なのだそうだ。
私立高校では生徒数を稼ぐために制服のデザインを若者の人気に合わせて変更することがある。聖華のスカート丈はまるでダーウィンの進化論を証明するかのように、生徒の意向に合わせて年々短くなってきたのである。
そのスカート丈はわずか二十二センチ。長身の女生徒が履いたら最大で膝上三十センチにも達するスーパーミニだ。ジャケットからわずか数センチだけはみ出すスカートは、下半身を覆うものが下着だけではないことを証明する機能しかない。
標準のソックスもくるぶしが隠れる程度の丈なので、スカートの裾からソックスまで距離が長いため、肌の露出面積が異様に広い。学生服であるにも関わらず、露出度の限界に挑戦しているように見えてしまう。
そんな聖華女子の制服は当たり前ながら鑑賞する側である男性にも好評で、雑誌やテレビ、インターネットで頻繁に紹介され、写真を撮りに地方から訪れる制服マニアも後を絶たない。弟の純次も聖華女子の制服の大ファンで、聖華の生徒を彼女にすることを悲願にしているくらいである。
純次のことを思い出したら、今朝見た悪夢まで思い出しちまった。今度会ったらリアル金的蹴りを食らわせてやる。
女生徒からは可愛く、男性達からは扇情的に見える魅惑の制服。それを今、俺は着ていた。
趣味でもなければ罰ゲームでもない。聖華女子に通う生徒が聖華の制服を着ている。ごく当たり前の光景なのだ。
そう、この俺……佐々木雄一は突然なのか必然なのか、女子高生と心が入れ替わってしまったんだ。
原因? そんなものわからない。何かの衝撃を受けたようなおぼろげな記憶はあるが、気がついたらこんなことになっていたんだ。
何がどうなっているんだかわからないこんな状況で、この体の元の持ち主である立花 のえるは俺に言ったんだ。親が心配するから自分のフリをして生活してくれと。
そして俺は昨晩のえるの部屋で眠り、のえるの制服を着て、のえるが在籍している聖華女子に向かう通学路を歩いていた。
聖華生の朝は早い。通勤ラッシュの前に最寄りの駅にたどり着くためである。この制服で満員電車に乗ってしまうと確実に痴漢の被害に遭ってしまうからだ。乗っていい電車といけない電車についても、のえるからキッチリと指示されていた。
駅の階段やエスカレーターはカバンを尻に当てて上る。手でスカートを抑えた程度では、見上げる視線から下着を隠すことはできないのだ。だったら丈を長くすればいい話なのだが、生徒も学校側もミニスカートであることで恩恵を受けているわけだから長くなろうはずもない。
風が太腿だけじゃなく下着の上を撫でて行く。普段は学生ズボンを履いている俺からすれば、まさに下半身裸で歩いている感覚に近い。否が応にも意識は下半身に集中させられるため、下着を衆目に晒すようなことにはならなかった。
登校中に悩まされるのは何も下半身だけではない。今更話題にするのも遅きに失する感もあるが、ご存知母性の象徴たるバストである。昨晩鏡に写して見たときはそれほど大きいという印象はなかった。いや、どちらかというと慎ましやかな程度に思っていた膨らみだが、いままでなかったものが突然現れるとこれが実に邪魔なのだ。
腕を動かすと必ずぶつかり、その度に柔らかな弾力を持って変形する。早足で歩いたり階段を降りたりするとブラの中で上下に動いて、違和感が半端ではない。走り出そうものなら、もはやそれは運動機能に対する抵抗勢力以外の何ものでもなく、身体にかかる加速度によって縦横無尽に暴れまわり、ブラから飛び出しそうになる。
決して巨乳とは言いがたいのえるの胸でもその自己主張は激しい。特にブラ着用時には胸が前方に張り出して足元の視界がブロックされる。もちろん腰を屈めば見えるが、スカートの丈を気にして背筋を伸ばして歩いていると足元の段差に躓いて転びそうになる。
漫画に出てくる天然ヒロインがドジで転んでばかりいるのは、おそらく大きな胸で視界が制限されるからだろう。あれは実にリアルな描写だったというわけだ。
そうこうしているうちに学校にたどり着いたが、まだまだ気を抜くわけにはいかない。当たり前の話だが、クラスメイト達はみんなのえるのことを知っている。しかし、俺にとっては全員が初対面なのだ。昨夜、のえるのメールと入学式の写真を見ながら名前を覚える練習をしてみたが、一クラス三十人を超える同年代の女の子の顔と名前を一晩で覚えるのはとても無理だった。
まあ、仲がいい友達を除けば挨拶と連絡事項以外、それほど会話があるわけじゃない。その代わり、普段ののえるをよく知っている友達とは休み時間や放課後ずっと一緒にいることになる。
この体はのえるの体そのものだし、声も彼女のものだ。何と言ってもこの世の中にこの体以上の本物はいないのだから、少しぐらいおかしなマネをしても偽者だなどと看破される心配はない。第一、中身だけが入れ替わっているなんて本当の事を言ったとしても誰も信用しないだろう。
しかし、俺は自分がのえる本人じゃないことを知っている。だからいつ偽物だと糾弾されるかと恐れて頭がおかしくなりそうだった。
「……なあーんて言ってんだよ、マツジュンがさぁー。あれってさあ、マジどっかのオンナのことでしょおー? ヤバイよねえー」
仲がいい生徒が楽しそうに喋っている。名前は確か『
「んー? 何無視してんのよ、のえるー。聞いてんのおー?」
「ごめーん祥子お。考え事してたあー」
「ナニソレ、ダッサー!」
君が話しかけている友達の中身は性別までも偽って女の園に潜入している変質者かもしれないんだぞ。
「のえるは彼氏のことで頭が一杯なんだよねー」
こちらは『
「彼氏って?」
突然、予期していなかった単語の出現に戸惑ってオウム返ししてしまう。
「とぼけてるなー。彼氏できたんでしょー」
やや眉間にシワを寄せた笑顔で否定も肯定もしない絶妙な表情を作りながら、俺の頭は猛烈に回転し始める。彼氏だって? のえるからそんな情報は聞いてないぞ。そいつが急に現れたらどうすればいいんだ。『誰アンタ?』とか言っちまいそうだ。
とにかく、自分の前に男が現れるたびに彼氏かどうか推察する手間を省きたいならば、その『彼氏』とやらの写真とかプロフィールを見つけなくちゃならない。
「彼氏だとおー。このリア充ヤロームカツクー!」
祥子が軽く握ったゲンコツで俺のアタマをぽかぽかやり始める。痛くはないがうっとおしい。
「あたしも彼氏ほしいーぞおー」
紗江もポカポカに加わる。こっちはゲンコツを振り下ろす度に胸がポヨンポヨンと弾んでちょっと可愛い。
普段の俺なら彼氏に立候補してもいいくらいだ。
「イーカゲン彼氏の写真くらい見せろよおー」
「そーだあー! ハクジョウだぞーのえるうー」
ポカポカが加速する。ついでにポヨンポヨンも激しくなる。
頭をポカポカやられながら、どうしたら彼氏の情報が得られるか考えているうちに授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
授業の内容は大したことはなかった。俺は罪悪感と戦いながら、のえるのカバンの中を掻き回しはじめる。客観的には自分のカバンを漁る女子高生なのだが、俺的にはもう完全に変質者だった。
一番彼氏の写真がありそうな携帯の待ち受け画像はネコの写真だった。可愛らしいグレーのスコティッシュホールドの仔猫の写真は、たしかに女子高生のハートを奪う最有力候補だが、これを彼氏だと言い張るのはまともな精神状態とは言いがたい。
携帯のメールボックスの中をくまなく探してみたけれど、二人の友達と母親以外にはダイレクトメールしか見当たらない。アドレス帳には女性の名前のアドレスが沢山登録されているが、そのほとんどとメールのやり取りをした形跡がなかった。入学時に片っ端からアド交換をしまくっただけなのだろう。もちろん男の名前なんて見当たらない。
アルバムアプリを開いてみたけれど、男の写真はなかった。
カバンの中から手帳を見つけた。女の子の手帳を覗き見ることに罪悪感はあったが、のえるを演じるためなのだから仕方ない。そう決心して開いて見た。しかし、その中にも彼氏に関係ありそうな記述は一切見つからなかった。
しかたない。本人にメールで聞くか。
俺は、祥子や紗江との会話で彼氏の存在を知ったこと。情報がないとボロが出る危険があることなどを書いてのえるにメールした。彼女は今頃学ランを着て、俺が通っていた東高にいるハズだ。東高では授業中に携帯を出すと教師に没収されるから、返事が来るのは休み時間以降になるだろう。
そう思って待ったが、放課後になってものえるからの返事は来なかった。
のえるが彼氏とどんな付き合い方をしているのかはとても重要な情報だ。高校生のカップルだったらキスくらいはしているかもしれない。人によってはセックスだってありうる。学生の本文は勉強であるなどとは言わない。そんなことは俺がとやかくいう問題じゃない。でも、一つだけとても大きな問題がある。のえるの代役として俺がそれをやる必要があるのかどうかということだ。
挨拶したり、一緒に登下校するくらいなら構わないが、キスやそれ以上のことまで俺が代わりになんてできやしない。そんなもの頼まれたってゴメンだ。
のえるが彼氏とそういう付き合いをしていたなら、二人の仲を壊さずに回避するうまい方法を考えなくてはならない。
放課後、どこにも寄らずに帰宅すると、俺はのえるの部屋に篭った。
机の上にあったノートパソコンを開いて掲示板を検索する。なにか困ったことがあったり、知りたいことがあった時にネットの向こうにいる人たちが親切に答えてくれる掲示板があるのだ。以前、弟の純次が女子高の制服の情報を教えてもらっていたのを思い出す。
のえるから情報が得られない以上、できるだけ多くの意見が聞きたかったが、俺の友達に相談するにも俺の携帯はのえるが待ってるし、この声では電話をかけるわけにもいかない。
かと言って、のえるの友達に気軽に相談するわけにもいかない。
『彼氏とのエッチを断わる時に何て言ったらいいですか? 普段からよくエッチしてる関係です』
質問掲示板に載せた俺の書き込みに一時間もしないうちにいくつもの解答が寄せられた。
『生理だと言えばいいよ』
『やりたくないってハッキリ言ったらいいんじゃない?』
『俺は生理でもマジ無問題』
『そういう奴いるよね。拒否られてるのわかんないで無理やり迫ってくるの』
『いるいる。そういう奴とは別れちゃいなさい!』
『普段からエッチしてるのに何で拒否るわけ? 自己中じゃね?』
『↑こんなこと言ってる奴って童貞でしょ。経験してから来なさいよ』
『何だと! クソ
『あれれー? 図星だったあ? ごめんねー』
それから後は祭り状態で有効な回答は一つもない。結局は何の解決にもならなかった。
しかも、昨夜の悪夢を再び思い出してしまった。気分はサイアクだ。純次め、振られてしまえ!
階下から呼ばれて夕飯を食べる。ダイニングには母親しかいなかった。四人掛けのテーブルの対角線上の位置に座る。
『いただきます』 と 『ごちそうさま』
それが立花家の夕飯時の会話のすべてだった。
この母親が、のえるの彼氏のことを知っているとは思えない。
自分の机の中を念入りに調べてみて気がついた。
抽き出しを引き抜いた奥に、白い革張りの手帳が隠されていた。表紙に鍵穴がある。これはのえるの日記帳だ。間違いない。
俺は鍵を探した。家の鍵がついたキーホルダーにはそれらしいものはついていない。抽き出しの中にも見当たらなかった。
散々探して諦めかけていたところに、のえるからメールが入った。今日のスキンケア、ヘアケアの指示と、明日の体育の授業についてだ。彼氏のことには一切触れていない。聞かれたくないのだろうか。
ため息をつきながら持ち上げた携帯に沢山ぶら下がったストラップの中に、俺は探していたものを見つけた。
日記は突然始まっていた。
2月12日
祥子とシブヤに買い物に行った。帰りに一人になった時にウザい男に絡まれた。キモい勘違い野郎のくせにしつこくつきまとってイヤだった。電車を降りてもついてきて恐くなって逃げたらソイツも走って追いかけてきた。
大通りから入った路地でムリやり車に乗せられて男達に押さえつけられた。
大声出して暴れてたら両手に手錠掛けられて口に何か詰め込まれた。
もうダメって思った時に誰かが車の窓を割って助けに来てくれた。その人はたった一人で三人をやっつけたの。チョーカッコ良かった(はぁと)
制服着てたからあたしと同じ高校生だと思う。
でも、パトカーがくる前にその人はいなくなっちゃった。
あたしは制服をビリビリに破かれてて誰かに上着を借りて震えてたから、あの人の名前も聞けなかった。
その後、警察に連れて行かれていろいろ聞かれた。親が呼ばれて、あたしは何も悪いことしてないのに、あたしにも非があったとか言い出してウザかった。
でもね、これはホントの運命の出会い。あの人があたしの王子様なら絶対にまた会えるはず。
3月4日
今日は朝から予感がしてた。
駅のホームであの人を見つけた時、心臓が止まるかと思った。やっぱりあたしの王子様だったんだ。
近づいて一緒の車両に乗ったけど、すごい混んできて王子様がどこの駅で降りたのかわからなかった。
でも諦めない。運命だったら何度でも会えるはず。
3月16日
以前見かけた駅で王子様を発見。
この時間帯は電車がすごい混んでて、毎日お尻とかいっぱい触られちゃったけど、王子様と出会うためだから全然平気。
今度は絶対に見失わないように真後ろにピッタリくっついて電車に乗った。
そして王子様の学校までついていっちゃった。
でも告る勇気はない。
王子様の顔が見たくてズル休みして校門の前で待ってたらショクシツされて学校に電話された。
今度も親が呼ばれて、あたしはまた怒られた。
でも、学校がわかっただけでも大シューカクだよね。
3月17日
駅のトイレで着替えて、王子様の学校の近くのドトールでミハリミハリ
放課後まで待ってたら同じ学校の人がいっぱいドトールに来てビックリ
それから一時間くらいして、やっと王子様登場
ずっと待っているというのに一体なにやってたのよ。王子様でしょ!
あたしは怒ってるのよー
まあ、怒っても仕方ないのでビコービコー
そしてついに王子様のおうち発見! これで王子様の名前がわかっちゃった!
紗江に相談したら、告るなら早い方がいいとアドバイスしてくれた。
時間が経つと忘れられちゃうって。
そんなもんかなあ。
3月20日
王子様がいつも通る道でマチブセ。
今まで言えなかったお礼を言ったら、大したことないよって言ってくれた。
もう、今しかないって感じで、がんばって告白したの。
そしたら照れながらオーケーしてくれた。
あたしの王子様は、今日からあたしの彼氏になりました。
のえるの運命の王子様。そして最愛の彼氏さん。佐々木雄一さん。
ありがとう。そしてこれからものえるを守ってね。
日記はそこで、始まりと同様に唐突に終わっていた。後のページをめくって見たが、ただ罫線が引かれた白紙が続いているだけだった。
ああ、そうだった。俺はゆっくりと二人の出会いを思い出す。のえるの危機に偶然出くわして助けた俺は、彼女と付き合うことになったのだ。
二人の精神が入れ替わってしまう前から、俺たちは出会っていたのだ。
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