追及はカフェテラスで


 とあるカフェの、日よけがあるテラス席で、熱々のカフェモカを飲む。その横でバクは、メニューをしきりにめくり目をキラキラさせていた。一緒に注文したチーズケーキは、既にコイツの腹の中だ。


 そこで気づいたことだが、私以外の人間にバクは見えていないのはもちろん、バクが触れているものも視認できなくなるらしい。その証拠に、お冷を持ってきた店員は、テラス席に一つずつ常備されているはずのメニューが無いことに首を傾げ、「申し訳ございません」と新しいメニューを差し出した。私の隣の席でメニューを舐めるように見ているバクには一切気づくことなく、だ。



「次来る時は『フレンチトースト』もいいなあ、パフェもすごく美味しそう! この『タルト』は期間限定なんだねえ」

「アンタは食べる事ばっかりだね」

「ぼくの趣味なんだっ」



 一通り眺めたあと満足そうに頷き、メニューをその小さい背中に隠した。



「泥棒だ」

「気にしないでっ」

「どこに隠したの、消えてるんだけど」

「ぼくの参考資料にするんだっ。それより唯ちゃん、あそこが『事故現場』なの?」



 『無かったこと』にしたいらしいコイツは目を合わさず、私の後ろに見える交差点を指さす。元々問い詰める気もなかった私は肩をすくめ、軽く頷いた。



「今は人通りが少ないけど、夕方から混んでくるんだ」

「ふうん、じゃあ死んじゃったのもその時間帯だね?」

「そうなるね」

「じゃあじゃあ、唯ちゃんが『両親の身体』に会ったのは夜の病院だねっ」



 当たりでしょっ、と言わんばかりのドヤ顔らしきものを無表情で見つめ返す。

 気遣いなんてものを微塵も持ち合わせていないらしい人外のコイツは、戸惑うことなくストレートに聞いてくる。その遠慮のなさが心地いい。感情が揺れることなく、ただ淡々と事実を思い返す。



「唯!」



 返事をしようと口を開いたと同時に大声で名前を呼ばれた。振り向くと、驚いた顔をした幼馴染が歩道に突っ立っている。



あきら……」



 まさかこんな所で会うとは思わなかったので、久しぶりの挨拶はスムーズに出てこなかった。

 晃はカフェに入り、店員と少し会話をしたあと、このテラスに向かってくる。私とバクはそれを視線で追う。



「だあれ?」

「幼馴染」

「ふうん……『幼馴染』ってやっぱり、異性であることが王道なんだねっ」

「言ってることがよく分からない」



 こちらに近づいてくる晃は、やはり私しか視界にとらえていないようだった。カフェモカのカップで口を隠し、「大人しくしててよ」と小声で釘を刺す。



「唯、お前」

「あー、久しぶり。帰ってきてたの?」

「夏休みだからな。いやそれより、お前なんでここに……」



 目の前に座った晃は、交差点をチラリと見る。とっくに乗り越えたというのに、相変わらず過保護というか。



「通りがかった花屋で向日葵が綺麗に咲いてたから、供えに来たんだ」

「あれは唯が供えたものだったのか……」



 ラッピングもせずに一輪だけ置かれた向日葵は、知る人でないとその意味が分からないだろう。まあ、それでいいのだけど。


 それより今一番の問題は、じっくりと観察するように晃の周りを飛び回っているバクだ。何が気になるのか、しげしげと眺めている。大人しくしていろと言ったのに、見えないからといって好き放題しすぎだ。



「あー、最近どうだ?」

「どう、って。どうもしないよ」


 晃の周りを飛び回る人外の存在を除けば。


「適当に答えるなよ。まあこれがお前の普通だと考えたら……」



 何やら考え込む晃をよそに、やっと席に戻ってきたバクを眺める。今度は店員が持ってきたコーラに興味をそそられたようで、再度晃の横に飛んでいく。そしてさり気なく匂いを嗅ぎ、首を傾げた。



「ねえ唯ちゃん、この黒い水は美味しいの?」



 さあ、と小さく肩をすくめる。


 それよりも、晃は何をそんなに考えているんだろう。

 高校進学の際にこの地元を離れ、都心に近いところで生活を始めたにしては、まとう雰囲気はあまりにも変わらない。それが少し嬉しい。

 異性の幼馴染にしては近い距離にあったその存在は、離れてもあまり寂しさを感じさせなかったのに、こうして会うと充足感でいっぱいになる。まるでもう一人の兄弟だ。



 兄弟といえば。



「私と晃が夏休みってことは、向こうもその時期だよね。帰ってくると思う? いや社会人に夏休みはないのかな?」



 ぱちり。

 晃はゆっくりと瞬きをして、首を傾げた。



「誰のことだ?」

「誰って、兄さんのことだよ」



 晃が息をのむ音が聞こえると同時に、ピシリと空気が凍った気がした。

 どうしたの、そう言おうとした声がどこかに消える。それほど晃の表情は酷いものだった。どんどん青ざめ、そう、まるで幽霊でも見たかのような顔だった。

 横に視線をずらしてバクを見るが、さっきの私のように肩を竦め、無表情でこちらを見返してきた。

 また晃と目を合わせてみるが見つめ返されるだけで、横に浮かぶバクに気づいたわけでもなさそうだ。では何故か。



祐介ゆうすけさん、のことか?」


 喘ぐように問いかけられる。


「そう、祐介兄さん。どうしたの、気分でも悪い?」

「……なあ、唯。祐介さん、」


 目の前のひとみがゆれる。



「亡くなったじゃないか……


 3ヶ月前に、事故で」





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