話し合いはリビングで



「ふわあ、美味しかった! 『ごちそうさま』、唯ちゃんっ」

「お粗末様。洗うから自分の食器運んで。お茶飲む?」

「飲む! あ、全部運んであげるねっ」



 ……この光景を写真に撮ったら、心霊写真になるだろうか。

 食器が宙を舞うことに慣れつつあるという事実から目をそらし、お茶を入れたコップを渡す。おかわりはご自由に、とハンディクーラーもついでに渡すと、ソファに向かうバクの後ろを付いて行くように飛んでいく。


 食器を洗っていると、テレビで動物園の特集が流れ始めた。喋るオウムが迎えてくれる動物園。それをバクは食い入るように見ていた。雑誌を読むくらいだ、テレビも好きなのだろう。

 そういえばテレビから出てくる人外、もとい幽霊もいたな。



「ねえねえ唯ちゃんっ、この動物園にバクはいるかなっ?」


 思わず手を止めて見つめ返す。


「……知らない」

「そっかあ」



 少しむくれた顔をして、画面のライオンに視線を戻す。

 人外の夢喰いバクと動物のバクは全くの別物だ。それくらい私だって分かる。

 もしかしてコイツ、動物のバクも自分の仲間だと思っているのか? いやまさか、そんな事はないだろう。意思疎通すら出来ないはずだ。……出来ないよな?



「唯ちゃん、終わったかなっ?」

「ああうん、終わった。……ねえバク、アンタと動物のバクって仲間なの?」

「えっ、まさか! そんなことないよっ。それよりはやくここにおいでよ! お話しよっ」


 腹立つ。



「まずは、唯ちゃんが眠れない理由からだねっ。眠れなくなった3ヶ月前、なにかあった?」

「待って、なんでアンタがそんな事知ってるの」

「うふふっ、秘密!」



 うざい。その言葉を飲み込む。引き攣る頬はそのままに、壁にかかったカレンダーを眺める。

 今日は7月30日。

 バクの言う通り、眠れなくなったのは大体3ヶ月前。つまり、4月。

 心当たりならあった。だけどそれはもう、とっくに乗り越えたはずでもあった。



「4月には……」

「思い出した?」

「4月には、両親の命日がある。けど、もう4年前の事だよ。原因にはならないと思う」



 中学に入学した嬉しさ、不安。沢山の感情がないまぜになった日々に、どうにか慣れようと頑張っていた時期だった。

 棚に飾っている写真を、なんとなしに眺める。入学式の日、校門の前で両親と一緒に撮ったものだ。私の中の両親の記憶は、この時期の彼らで止まっている。



「だから唯ちゃん、この家に一人で住んでるんだねっ。寂しくなあい?」

「ちっとも。離れて暮らしてるけど、兄がいるからね。一人ぼっちじゃないから寂しくないよ」

「一緒に暮らさないの?」

「仕事先が遠いんだ。ここから通うより、アパートを借りた方がいいんだってさ。私ももう高校生だし、子供じゃないんだ、一人で生活できる」



 これ以上優しい兄の負担になりたくなかった、というのが大きい。それに少し遠いが、歩いて行ける距離に祖父母の家もある。そういえば最近訪ねてないな。最後に行ったのはいつだったか……。



「ふうん……でもね、人間ってのはとーってもか弱いから、唯ちゃんが知らないうちに『寂しい』が積もり積もっているのかもしれないよっ。

 寂しいから会おうって、言ってみようよ!」

「言えないよ。少し前に、新しい企画を任されたと言ってたんだ。忙しくなる、って。私と会うくらいなら、アパートに帰って休んでいてほしい」

「うむむっ、難しいなあ」



 兄は、落ち着いたら連絡すると言っていた。だから私から連絡するのは止めようと思った。休みに訪ねてご飯を作ってあげようと思ったこともあるが、よく考えたらそれは兄の彼女の役割だ。……いるかは分からないけど。



「それじゃあやっぱり、唯ちゃんのお父さんとお母さんに会いに行こうよっ。ほらほら、なんだっけ、『お墓』っていうのに手を合わせて、お喋りをしに!」


 墓参りのことか。


「墓は父の地元にあるから、そう簡単に行けないよ。でもそうだな……」



 花を供えられるところなら、もう一つある。





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