1.ようこそ、山根寮へ
「暑いなぁ……」
お母さんから送られてきた地図を見ながら、大通りの交差点をいつもの通学路通りに進む。4月の午前中のくせに夏のような気温。少し汗ばんだYシャツの中にパタパタと風を送り、大きなトランクを引きずって坂を上っていく。その横を近くの高校の運動部らしき集団が駆け足で追い越していった。土曜日なのに朝から大変だなぁ……。
私の大学の近くには、2つの高校があるのだけれど、地図によるとその2つの高校のちょうど中間あたりに山根のおじさんの家があるらしい。私の家より大学に近いのは嬉しいかも。
「アリスちゃんかい?」
それから少し歩くと、山根のおじさんは家の前に立っていた。昔から全然変わっていないと言ったら語弊で少し白髪が増えているけど、きちっとしたスーツを着こなし、背筋もピーンだ。確か70歳くらいだったはずだが、とても還暦を越えているとは思えない……。
「久しぶりだね、
私は深くお辞儀した。
「ご無沙汰しております。これからお世話になります。」
「どーもどーも、さすが智子ちゃんの娘さんだ。昔から礼儀正しいのは変わってないねぇ。」
そう言っておじさんは笑顔を見せたが、すぐに真剣な顔になると、いきなり私を抱きしめた。
「お、おじさん……?」
「智子ちゃ…いや、お母さんのこと、大変だったね。」
―それは余りにも唐突で。予想だにしていなくて。
「昨日の事で不安だろうに、来てくれてありがとうね。」
私はお母さん譲りの素早さで気持ちを整理できていたと思っていた。でも、この優しさには耐えきれず、涙がでた。たぶん無自覚のまま我慢していたのだと思う。おじさんは私が落ち着くまで頭をなでてくれていた。
―その手はとても暖かかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私はおじさんに連れられて家の門まで来た。小さい頃はおじさんが私たちの家まで訪ねてくるだけで、おじさんの家を見たことはなかった。そう、家を見るのは今日が初めてだったのだが……。
そこには目も疑うような豪邸が建っている。
「え、ここですか?」
驚く私に、おじさんはニコッと笑って、そうだよとうなづいた。
まるで中から王子様が出てきそうな感じ。ここは日本かと疑うほど芸術的なその建物の周りには、たくさんの木々が立ち、花が咲き乱れ、噴水のある広い中庭がある。
「実はね、ここ、おじさんの家でもあるんだけど、アリスちゃんの通っている大学の男子寮でもあるんだ。」
「男子寮……?」
そういえば大学でうわさを聞いたことがあった。あまりにも現実離れした変な男子寮があって学生は近づかない、と。そして、そこに住む学生も同じく……。
その寮の名前が―
「アリスちゃん、ようこそ」
「山根寮へ!」
ってことは私、これからここで生活するってこと……!?
その時、豪邸の方から誰かが走ってくる音が聞こえた。
「山根さーーーん!!」
「やっと来たのか!ノブ、開けてくれ。」
門の反対側で、暗い茶髪にメガネをかけ、礼服を着た男性が焦ったようにカギを開ける。ゆっくりと開いた門の先で、おかえりなさいませと上げた目は綺麗な水色に輝いていた。とても綺麗……!
「ノブ、こちらは今日からここで一緒に暮らすアリスちゃんだ。」
ノブと言われた男性は私を見て笑顔で一礼した。
「はじめまして!
「はじめまして、西野アリスです。今日からよろしくお願いします。」
三月さん、良い人そう!
「で、昨日言った部屋は片付けておいてくれたかね?」
山根さんのその言葉に三月さんは、うっと顔を歪めた。
「えぇとですね、まだ途中でして……。すみませんっ!!」
やっぱりと山根さんは笑うと、私に言った。
「アリスちゃんの部屋なんだけど……、まだ準備できてないからリビングで待っててもらってもいいかな?」
「あの、私あとやりますからいいですよ!私が借りさせていただくんですし。」
私は居候させてもらう身、出来ることならそれ以上の負担はかけたくない。
「そう?じゃあ、部屋に案内するよ。」
こうして山根寮の敷地に入った私。その姿をカーテンの隙間から見ている人物がいた。その瞳は猫のように鋭く光っている。
「へぇ、新入りちゃんは女の子かぁ……」
もちろんそのことに私はまだ気づいていない。
居候アリスはメイドとなって yuyu @yuyu728
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