第3話 ヨシュアという神官

「待って、もう駄目」


 切なげに、しかしはっきりと吐かれた彼女の拒否の言葉にヨシュアは動きを止めた。


「……分かった、ごめん」


 埋めていた胸肌から漆黒の髪を離し、触れていた肌の奥からゆっくりと指を離す。

 こちらを見上げている彼女と目を合わせ、ヨシュアはとろけそうな笑みを浮かべた。

 息を飲む彼女の唇の輪郭を指でやさしくなぞり、囁く。


「……また、明日」


 こくん、と頷く彼女を確認し、その額に自らの唇を押し当てたヨシュアは彼女の身体から離れた。

 あられもない姿で放心したような彼女を木陰に置き、ヨシュアは歩き去る。――


 ここはマスカダイン山にあるロウレンティア「紫神殿」の裏の森。

 五柱の神霊がおわす「真の神殿」の在り処は、実はこの場所でこそあるのだが、霊力の低い者にはただの森にしか見えない。


 十九歳になるヨシュア下級神官は、仕事の合間に度々この場所で息抜きをしていた。

 神官の真白な長衣に身を包んだ彼は稀に見るほど整った容姿だった。


『……ヨシュア。あの女、次には喰えるナ』

「下品なこと言うなよアラン。こんなとこで」

『こんなとこで下品なことをしてンのは誰だヨ』


 けけ、と兄であるトギが笑い声をたてる。


『結局、賭けはお前の一人勝ちかヨ』

「連戦連勝。そうだな」

『チクショウ』


 ワノトギであるヨシュアは生まれた時には先に亡くなった兄の霊に憑かれていた。赤ん坊の時に試練を受け、ワノトギになったヨシュアの例は初めてである。

 トギである兄をアランと呼び、ヨシュアは今まで双子のごとく育ってきた。


「供物を持ってきた娘と、何していたの」


 低木の繁みから聞こえた高い声に、ヨシュアは驚いて歩みを止めた。

 振り返ると、一人の少女が繁みの奥から出てくるところだった。


「これは、ミラルディ様」

「口にあの娘の紅がついてるわよ、ヨシュア神官」


 ミラルディは金属を司る神霊ユシャワティンの眷属だ。神霊になり損ねた者の成れの果てである。

 見た目は十歳の少女だが実際には何年この世を生きているのか。

 濃い菫色の髪と虎目石の瞳を持つ美少女だった。

 背の高いヨシュアを見上げるあどけない表情に、ヨシュアは微笑んだ。


「遊びですよ。息をどちらが長く止めていられるかというゲームです」

「ゲーム?」

「ええ。口を合わせてズルをしないように」


 ヨシュアはにこやかに嘘を告げる。


「勝った方が、お菓子を食べる」

「……ふうん、へんな遊びね。その年になって、そんなこと」


 ミラルディは眉をひそめてヨシュアを見つめる。


「暇ならマスカダインを探すのを手伝って。ユシャワティン様がご所望なの」

「わかりました」


 とき流しの菫色の髪を揺らし、背中を向けて歩き出したミラルディの後をヨシュアは大人しくついていく。マスカダインという名の葡萄は、神霊と融合した器が唯一口に出来る神聖な果実であった。


『……お子様はちょろいもんだぜ』


 けけ、とアランがヨシュアに囁いた。――



  *  *  *  *  *



 今回の神官登用試験受験者を記した木簡に目を走らせていたヨシュアはある名前を見つけて、目を留めた。


『オイオイ……親父殿、今回も登用試験を受けるのかヨ?』


 問うアランの声に


「ああ、そうらしい。もう、これはあの人の意地、というか信念だな」


 自らの父親であるラィズリの名前を認めたヨシュアは苦笑して答えた。


 紫煉瓦で建てられた神官たちの住まう神殿の薄暗い一室で、下級神官であるヨシュアは近々行われる登用試験についての下準備をしているところだった。

 父のラィズリは過去に七回、いや、去年も受けたから八回、神官登用試験に落ち続けている。


「……実際、親父殿の霊力はかなり高いんだがな。センスがなくてそれが発揮できない。磨けば光ったのに。それに気付けなかった過去の神官たちは見る目がなかったな」

『お前と違ってはるかに真面目で勤勉な親父殿をねえ。落とした昔の試験官は大馬鹿野郎だナ。ヨシュア、お前、出世して親父殿をコネで登用してやれヨ』

「あの親父殿がそれを受け入れると思うか?」


 声に出してトギの兄と会話していたヨシュアはある気配を感じて口を閉じた。

 ややあって、予想通り上司である年嵩の神官がその場に顔を出した。


「ヨシュア。ミラルディ様がお呼びだ」


 ヨシュアは軽く目を見開いた。


「はい」


 返事して木簡を丸め、紐で縛り片付け、上司のもとへ赴くと、その背後に清廉な美少女がいた。


「ネママイア様のお使いできたの。お付きのムヨッサが死んでから、あたしがネママイア様とユシャワティン様のお世話を兼任してるのよ」


 ミラルディは薄い胸を張り、誇ったようにヨシュアに言い放つ。


「あたしについてきなさい、ヨシュア神官」


 上司である神官への挨拶もそこそこに、ヨシュアは彼女に付き従う。


 紫煉瓦の神殿を出、神聖な裏の森へと二人は向かった。ミラルディと共に歩んでいるヨシュアには「真の神殿」の姿を捉えることができた。真の神殿は自然と同化しており、ただ人なら通り過ぎてしまうところである。眷属やワノトギ、死霊に憑かれた人にしかその姿は見えぬのが神霊の御座す神殿の特徴である。


「貴方がアガニに抱かれて試練を受けに来た時のことをあたし、覚えているわ。あたしが案内したんだもの」


 ミラルディが振り向かずに背中で言った。


「貴方、とっても可愛い赤ちゃんだった。心の中であたし、試練が失敗しないようにだけ祈っていたわ。アガニもそれを心配していた。二人も子を喪いたくないものね。ああ、そうそう、アガニが試練を受けに来た時もあたしが案内したのよ」


 ヨシュアはその言葉に驚いた。

 想像よりはるかにミラルディは年上らしい。


「貴方がワノトギになってしまったのは想定外みたいだったわね。複雑な顔で貴方を抱いて帰ったわ。無理もないけど。……ネママイア様の力を持つトギなんて滅多にないわ。今、ヒヤシンスに居る透視持ちのトギ以来ね」


 自然と同化した複雑な造りの真の神殿に入ったヨシュアは岩棚を伝い、朽ちた木の橋を渡り、神霊ネママイアの処へと導かれる。


「貴方が大きくなってこっちに戻ってきた時、びっくりしたわ。だってあんな赤ちゃんがまさかこんな良い男になって帰ってくるとは思わないじゃない? 神官の服、よく似合ってるわね」


 ヨシュアは多少、居心地の悪さを感じた。

 外見上は少女のミラルディからまるで親戚の叔母さんのように自分の幼かった頃のことを言われるのは妙な気分である。


「ネママイア様の方を見ないで。お許しが出るまで顔をあげてはいけません」


 最後に注意事項を告げるとミラルディは、ヨシュアをネママイアの部屋前で残してあっさりと去った。


「来たのかえ?」


 間を置かずに部屋の中から自分へと向けられた声がする。

 繊細な木のビーズカーテンで仕切られた部屋の向こう側に神霊ネママイアが鎮座している。

 ミラルディに言われたとおり、ヨシュアは顔を垂れたまま近づくと膝をついて座った。


「神官ヨシュア、ただいま参りました」

「吾の欠片を内包する二人のうちの一人じゃな。お主は確か赤子だった」


 ネママイアの器はうら若き乙女だ。よって、その声は話し方とは合わない高くて美しい女の声だった。


「吾はもうすぐ代替わりする。その前にこの器で欠片を与えた者と話をしてみたくてな。聞けばそのうちの一人は神官としてこのロウレンティア紫神殿におるとの事……」


 ネママイアがふと言葉を止めた。

 暫し間が流れ、再びネママイアの口が開く。


「……お主、吾がかつてのダフォディルのチム=レサのように器のない存在になることを願っておるのか」


 く、とヨシュアは笑いを堪えて肩を揺らした。


「面をあげよ、吾の顔を見よ」


 ネママイアの言葉にヨシュアは片眉と口の片端を上げた顔でビーズのカーテンを覗き込む。


 美しい。

 思ったのはそれだった。


 オーキッドの柔らかな紫色の髪、白磁の肌、何ともそそる口元の黒子。

 神霊ネママイアを身体に降ろし、器になった当時、彼女はおそらく今の自分と同じような歳だったのだろう。


 なんと勿体無い。

 ……と、今思った自分の声もネママイアに聞こえたのだろうか、とヨシュアは考えて可笑しくなる。


「流石のネママイア様のお力。私などの考えは筒抜けということですか」


 目の前の美しい女性は責めるような様子もなく無表情でヨシュアのことを見つめている。自らに欠片を預けた神霊の中でも特殊な「予言、透視、暗示、操作」能力を司る神霊ネママイア。

 ヨシュアは微笑みながら続けた。


「そのお力はネママイア様にこそ許されたもの。……人の想いや考えを透視する、思考や行動を操るなど、全て罪の行為です。そうは思いませぬか」


 ヨシュアは言葉を切った。

 これ以上話すのは神霊に対して無礼になるのではと思ったからだ。

 しかし、相手はネママイアである。自分の思考を読まれているのならばとっくに手遅れである。


「……風や、水、火、土……自然の力を司ることとは違います。人の世に本来あってはならぬもの。害にしかならぬ力です。厄介なことにこの能力は目に見えない。その上、さらに厄介なことには、能力を悪用すれば私はトギ堕ちで悪霊と化すため、私が能力を悪用するわけがない、と周囲の人間が信じていることです。……ともすればつまり、私が示唆したことは常に正しく、神霊様の御意志そのものということになる。それは私の能力の有無関係なく周囲の人間がそう思えばそうなるということです」


 一度、せきを切った言葉は止まらなかった。ヨシュア自身、ネママイアにこそ語りたかったのだ。


「……子供の頃、こういうことがありました。集落に二つのパン屋がありました。一つは繁盛し、もう一つはふるわなかった。私はふるわない店の女の子が好きになり、その子の店でしかパンを買わなかった……一年後、店の立場は逆転し、繁盛していた方の店は店をたたんで集落を出て行きました」


 ヨシュアは淡々と続けた。


「まだあります。夕食を盗んだ近所の泥棒猫を、私は勢い余って殺してしまったことがあります……一週間後、集落に猫は一匹も居なくなっていた。私を真似た子供たち、また、その親たちが猫という猫を殺してしまったからです。……人は、自分の意志ではなく、他人に指示された……もしくは指示されたと思い込んだ行為は歯止め無く行ってしまうもの」

「だから、ここに来たのか」


 ネママイアの問いにヨシュアはすぐに答えなかった。自分の考えが読める相手にわざわざ答えるのも阿呆らしいと思えたからだ。


「私と同じく貴方から欠片を頂いた透視能力を持つトギは、ヒヤシンス神殿のそばにいます。おそらく私と同等の考えを持ったからでしょう。自らの力の恐ろしさに怯えたかもしれない」

「お主は……一生、その力を使わないつもりなのだな」

「使わないのではなく使えないのですよ」


 ため息と共にヨシュアは自嘲した。


「私とトギの霊力、感性は両親譲りです。折角ですが、貴方様から譲りうけた偉大なお力を使いこなす能力が私にはない。……しかし、周囲の人間はそうは思わない。恐ろしいことに自らの行動が私の能力によって為されたものだと人は思い込むのです……奇妙ですが、私は無力でありながら能力を持っているのも同じなのです」


 ヨシュアが告げ終えると、ネママイアは暫く沈黙した。


「……おかしなこと。お主の考えは読めるのにお主の未来だけはとんと見えぬ。何故か」


 神霊の声にしては動揺を交えた人間臭い声だった。


「お主の言うことは分かる。吾の能力を如何とするかはお前とトギ次第だ。お主の決断した生き方をしてもよかろう。……だが、ここは神殿だ。生温い生き方を求めた逃げ場所としてお主が此処に来たなら、甘く見られたものだ。吾々神霊、眷属に対する侮辱となろうぞ」


 ネママイアの声色に元来の威厳が帯び始めた。


「神殿に来たのならその意味を成せ。お主自身の能力の出し惜しみをするな。この神殿で、お主自身の力が何処まで通用するかこの吾に見せてみよ。それが、神官としての務めぞ。お主の父、ラィズリが生涯夢に見た生業ぞ。父親を失望させるな」

「……申し訳ありません」


 ヨシュアは下唇を噛んだ。

 まさか、父の名前を出して説教されるとは思いもよらなかった。


「心して考えよ。下がって良い。吾の言いたいことは言い終えた」

「……はい」


 ヨシュアが首を垂れ後退すると、傍らには既にミラルディが待ち構えていた。



 *  *  *  *  *



 真の神殿から紫の神殿への帰り道、ミラルディはヨシュアに話しかけ続けた。


「ヨシュア。ネママイア様は貴方が気に入ったのよ。ただの神官相手に神霊があそこまで相手するなんてこと、今まで無かったわ」

「そうでしょうか」


 自分を慰めようとしている少女がいじらしく思え、またそんな自分を道化のようにヨシュアは感じた。


「……なら、いいのですが」


 突然、ミラルディが立ち止まり、振り返るなりヨシュアの衣に絡みついた。


「ヨシュア。貴方にお願いがあるの。あたしと遊びなさい。この前の供物の娘としていたように」

「いいですよ、お菓子は何にします?」


 驚きながらもにこやかに告げて足下を見下ろしたヨシュアは、見上げているミラルディの表情に息を飲んだ。


「あたしのことを馬鹿にしてるの? あたしはもう今年で七十五になるおばあさんよ」


 ミラルディの目の奥がたぎるように燃えていた。


「中身も姿そのものの子供だと思っていた?くだらない嘘で誤魔化せると思っていたなら貴方は阿呆ね……言っておくけど」


 ミラルディの虎目石の瞳が怪しく艶めく。


「今まで喰おうとしたのは貴方だけじゃない……何年も前から遊んできたの。何の意味も為さない、ただの暇つぶしとしての遊びをね。時間を持て余す眷属の戯れよ。付き合いなさい」


 ヨシュアは目を見張ってミラルディを見返した。

 少女にしか見えなかった彼女が海千山千の悪女の貫禄で自分を見上げている。


「これは……気がつかなかった。すみません」


 思わず声がかすれた自分にヨシュアは普段のペースを取り戻そうと、軽く咳払いをした。


「……貴方が器になれなかったのが分かる気がします」


 いつものとろけそうな笑みを浮かべ、ヨシュアはミラルディの菫色の髪に手を伸ばす。

 途端に、ミラルディは眉を吊り上げて鋭くその手を振り払った。


「待って、貴方じゃない。交代しなさい」


 その拒絶に、ヨシュアは言葉を失い目を丸くした。


「知ってるのよ。貴方たち、度々交代していたでしょう?」

「……まさか、そっちをご所望とは。思いもよらず」


 チッと舌を鳴らし、ヨシュアは苦笑して呼びかけた。


「おい、アラン。今回は俺の負けだな」



 暫くして、ライラック色の燐光の粒がヨシュアの周囲に集まり始めた。くるくると彼の身体を取り囲んだあと、次第にそれは混ざり合って一つになり大きくなる。

 その塊は目を閉じたヨシュアの胸に飛び込んだ。


 ――ヨシュア、否、アランはゆっくりと目を開けた。

 何かに閉じ込められたような違和感の向こう側に、現実感のない世界でミラルディが自分を見つめていた。


「……母以外にバレたのは初めてです」


 ためらいがちにアランはヨシュアの声で小さく言った。


 トギであるアランがワノトギであるヨシュアに入ったからとて、普通の人間の感覚が備わることはない。ミラルディに触れたとしても全くの無感覚、触れているという事実をアランは認知するだけだ。

 幾度か昔、ヨシュアの身体に入った時、母であるアガニの腕に抱かれているという事実をアランが認知した時と同じ。

 しかし、無感覚でありながらも、何とも言えないその事実にトギであるアランは満足したのだった。


 ミラルディが近づいた。

 虎目石の瞳は、憐れみを込めてアランの目の奥を覗き込んでいる。


「……貴方とは長い付き合いをしたいわ」


 ミラルディは言って、自らの衣を持ち上げると、ゆっくりと脱ぎ去った。

 少女から女へと羽化する途中の、危うい色香をまとった身体が現れる。


「共に慰め合いましょう……存在意義の無きもの同士」


 アランの手をとり口に含む。

 自らの指に舌を這わせる彼女の姿に、アランは顔を歪ませた。

 泣きそうにも見えるアランの顔を両手で包み、ミラルディは微かな膨らみを帯びた胸へと引き寄せた。――



 *  *  *  *  *



 紫煉瓦の長い長い階段を二人の老人と、顔色が悪い青年が上っている。

 そして神官ヨシュアが三人を先導して歩いていた。


「イオネツ様、ハルッシオ様。ペースを落としましょうか」

「いやいや、構わん、気にするな」


 振り返ったヨシュアにイオが応え、手を振った。

 イオネツとハルッシオという二人の老人は百を超えたワノトギであった。白髪白髭の矍鑠たる老人で、死霊に憑かれた青年を試練に受けさせるためにロウレンティア神殿へと連れてきたのだ。

 普通の人間より五十は寿命が延びるというワノトギ。段を上り続けている年齢に合わない彼らの驚異の身体能力はそのせいだろう。


「あんたが初めてワノトギで神官になった人か、会えてよかったよ」


 イオは言って、ヨシュアをしげしげと眺めた。ヨシュアは微笑み返す。


「……お二人とも、これを機に引退されては。他にもワノトギがいるではないですか。老体に鞭打つような真似をされなくても」

「いやいや、まだまだ現役でいけるぞい。これで辞めようなら、たちどころにボケそうでな」


 カッカッカッ、とイオは笑う。

 その様子にヨシュアは片眉と口の片端を上げた。


「それでは、この青年を真の神殿へと私が案内しますので」


 塔の入り口へとついたヨシュアは青年を支え、二人の老人を振り返り見た。


「ご苦労様でした。中でどうぞお休みください」

「うむ、頼むぞ」


 青年と連れ立って神殿の奥へと消えていくヨシュアを見ながら、終始無言だったルシオが突然、く、と喉の奥で笑った。


「イオ、お前。あの若者に気付いたか」

「おう?……なにをだ」

「気付かんかったか、まあいい」


 くくく、とルシオは顎髭を撫で、可笑しそうに笑う。


「あの若造、とんだ食わせ者だ」


 はあ、とルシオはため息をつき、その場に腰を落とした。やはり、年老いたこの身体にはキツい労作だったとみえる。

 ルシオは振り返り、それまで歩んできた軌跡を眺める。豊かな緑の風景が何処までも続いていた。


「これからはああいう生き方のワノトギも出てくるのであろうな」


 森の上空は高く晴れ、鳥が大きく輪を描いて飛んでいる。


「何の話だ」

「……いや何、儂の独り言だ」


 空は何処までも青く澄み切った色であり、影が薄いながらも確かに存在している真昼の月が白く浮かんでいた。

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