99.都市伝説
最近、私の周りで流行っている都市伝説。
町に住んでいるという怪しい人達の話。
1人目は山田。
本名かどうかは、誰も知らないらしい。
違う名前を名乗る事もあるという。
彼は困っている人の元に現れたり、相談しに来た人にアドバイスをする。
しかし後は、どんな結果になっても助けてはくれない。
良い人なのか、ただの愉快犯なのか分からない。
2人目は蓮杖月乃。
高校生である彼女の容姿は、格別に綺麗だという。
しかし彼女はその顔に似合わず、やる事は非道。
楽しんで人を蹴落とすのが好きらしい。
彼女のその美貌という毒牙にかかって、不幸になった人は星の数はいるという。
3人目の名前は知らない。
幼稚園生ぐらいの女の子という情報だけしかない。
その子はいるだけで周りを不幸にするらしい。
母親を始め、幼い彼女を引き取った心優しい人すらも亡くなっているという噂だ。
他にもたくさん怪しい人はいる。
しかし特に際立って、噂が出回るのは山田という男と、蓮杖月乃という少女だった。
新聞部である私は、校内で掲示する新聞のために彼らを調べる羽目になった。
本当はやりたくなかったが、当番だったのと先輩からの圧力で仕方なく引き受けた。
「それにしても、一体どこから何を始めればいいのか……。」
都市伝説の取材なんてやった事が無い。
まず何をして、誰に話を聞けばいいのか分からない。
私はしょっぱなから
「取材ったって、まず誰が噂し始めたのか分からないし。誰に聞いたってろくな収穫にならない気がするけど。」
メモ帳を見つめながらため息をついても、心配して声をかけてくれる人はいない。
自力で何とかするしかないのだ。
私はもう一度、大きなため息をついて動き出した。
こういった時、もしかしたら有益な情報を得られそうなのは誰か。
考えに考えて、たどり着いた場所は『ホラー研究会』。
活動しているかどうか微妙だったが、ここなら良い話が聞けるかもしれない。
さびれた扉を前にして、私は恐る恐るノックをした。
「どうぞ。お入りになって。」
「失礼します。」
中から声がして、私はほっとする。
この時間に人がいるという事は、活動はしているというわけだ。
少し緊張しながらも、私は中へと入った。
「こんにちは。話は聞いているよ。僕の名前は椎橋。よろしくね。」
「こ、こんにちは。東雲です。よろしくお願いします。」
私を待っていたのは、特に変わった所の無い男子生徒だった。
人の好さそうな笑みを浮かべながら、出迎えてくれる。
しかし部屋の中には彼1人しかいない。
もしかして他に部員はいないのだろうか。
私の視線で言いたい事が分かったのか、彼は苦笑した。
「本当は他にもいるんだけど、今日は帰ってもらっているんだ。だから遠慮なくくつろいで。」
「えっと、はい。」
手で彼の隣りを促されたので、私は少し嫌だったが渋々座る。
「それで、最近よく噂されている都市伝説について聞きに来たんだよね?」
「はい。今度の校内新聞でテーマにするんです。でも誰に聞いたら良いか分からなくて。」
正直に今の自分の状況を告げる。
そうすれば椎橋さんも、真剣な顔をして考え始めてくれる。
「そうだね。僕もそこまで詳しいわけじゃないんだよね。ホラー研究会だから、話題にのぼる事はよくあるけど。」
「何でもいいんです。他の人にあまり知られていない事なら。どんなものでも構いません!」
来る前よりも私の中で、彼の信頼度は上がっている。
何かいいネタを持っているはずだ。
私の中の直感が、そう告げていた。
「うーん。僕が知っているのは、彼等のどちらも会わない方がいいという結論に至るけど。聞いたら後悔するよ。関わっても良い事は無い。それでも良いの?」
椎橋さんはとても困った顔をする。
しかし、これならもう少し押せば何とかなりそう。
私は彼の元に、体を近づけた。
「知らないままの方が後悔します。だから教えて下さい。」
「そう、分かったよ。」
案外、すぐに折れてくれてほっとする。
私は背もたれに寄りかかった。
椎橋さんはどこからか写真を取り出し、私の前に置く。
「これは?」
写真に写っていたのは怪しそうな風貌の男の人と、とても綺麗な女の子。
誰だか予想はついていたが、私は一応聞いた。
「これが山田と蓮杖月乃だと言われている人。」
とても重要な事なのに、彼はあっさりと言う。
私は驚いてしまった。
「え。この人達は実際に存在しているんですか。」
まさか写真があるとは思わなかった。
こんなにも普通の人達だとも想像していなかった。
「そうだよ。」
私は写真をまじまじと見る。
別にものすごく変な所があるわけではない。
町にいれば、そのまま埋没してしまいそうだ。
これが都市伝説の正体。
「何だか、ふつうの人で拍子抜けしてしまいますね。」
私は素直に思ったことを口にした。
興ざめだ。
もう少し面白くなるかと思っていたのに。
これでは新聞に出来るか、怪しいものだ。
「まあ、それはね。でもそれが彼等の本来の姿とは限らないから。」
「どういう、事ですか?」
あからさまにテンションが下がった私を、椎橋さんはくすくすと笑う。
何だか馬鹿にされたような気がして、私は少しむっとした。
「彼等の姿は見た人によってバラバラだ。よく見られるのがそれなだけ。だからずっと同じという保障はないんだ。きっとその場その場に合わせて、姿も名前も変えてくるよ。」
「……だから山田なんかは学生かもしれない。」
私は椎橋さんの顔を見た。
彼の笑みは、最初に見た時と違くなった。
とても、嫌な感じがする。
「それは。」
「本当にこの学校にはホラー研究会なんてあるのかな?僕がここの生徒だと、君は自信を持って言えるのかい?」
自然と後ずさる、私の後を追うように近づいてくる彼。
私の顔は引きつる。
「言っただろう。聞いたら後悔するって。それを本気にしなかった君が悪いんだ。」
「あ、ああ。あ。」
上手く声が出せなくなった。
そして彼が近づくのを、ただ見つめていた。
「なーんてね。」
しかしあと少しという所で、パッと両手を広げ椎橋さんは離れていった。
私は呆気にとられる。
「え。ええ?」
困惑して、まだ上手く話せない私に申し訳なさそうな顔を彼はする。
「ごめん。少し脅かしちゃった。でも、本当にこの人達は危険だから。少しお灸を据えようと思って。」
やりすぎたかな。
そう言って落ち着かせるように、私の背をさすってきた。
それを大人しく受けながら、私は内心でほっとする。
不覚にも騙されて、本物だと思ってしまった。
その時の対処法を考えていなかったので、嘘で良かった。
私は少し余裕が出来てくる。
だから口角を無理やり上げて、椎橋さんに笑みを向けた。
「ご忠告、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。あの人達には敵いませんが、私もそれなりに色々やってきましたから。」
そして間抜けで気を抜いている彼に、それを打つ。
すぐに崩れ落ちた体を抱え込み、私は囁いた。
「関わっても良い事は無いんですよね。その言葉、あなたにそのままそっくり返します。」
持っていたメモ帳を机に置いて、部屋を去った。
メモ帳に増えた名前は、きっとすぐに噂として広がるだろう。
そしてそれが、私達の存在を確固たるものにするのだ。
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