98.好きなもの
私には好きなものがたくさんある。
そのどれもがかけがえのないもので、一生大事にしたいと思っている。
だから好きなものは大事に大事にしまっておくのだ。
「理名!またあんたは押し入れの中に、ここちゃんを閉じ込めたでしょ!何度言ったら分かるの?可哀そうでしょ!!」
「えー。」
私はお母さんの怒鳴り声を聞き流しながら、頬を膨らませた。
今は、ソファに寝転がってゲームをするのに忙しいのだ。
お母さんの小言に耳を貸している暇はない。
そう思ってゲーム画面に集中していたら、勢い良く頭をはたかれた。
「いたっ!何するのよ。暴力反対。」
「何言ってるの!今は話の方が大事でしょ!」
痛みを訴えている頭を抑えながら、お母さんの方を恨みがましく見る。
しかしお母さんは、更に怒った顔をして睨みつけてきた。
「はいはーい。分かりました、気を付けます。」
「次やったら分かっているでしょうね。」
そして腕に抱えていた犬のここちゃんを撫でながら、そう言い残すと足音荒く部屋を出ていく。
私はゲーム画面に意識を戻しつつ、ポツリと呟いた。
「だって好きなんだもん。」
私のお気に入りの場所。
それは部屋にある押し入れだ。
押し入れには、私の大事なものがたくさん詰まっている。
時間をかけて、用意したものだ。
小さい時から、好きなものをたくさん入れてきた。
それはキラキラと輝く石だったり、お気に入りのお人形、おばあちゃんからもらったお守り。
大事にしたくて、人に見せたくなくて、そして仕舞う事を覚えた。
そうすれば私だけのものになる。
たまにお母さんに気づかれて、そこから出されてしまうが。
たまっていくのを眺める時が、とても楽しい。
しかし上手くいかない時がある。
それは確か小学生の時だった。
私にはその時、大好きな野良猫の子がいた。
「まあちゃん。可愛い、可愛い。」
家に帰る途中の空き地にいる三毛猫。
まあちゃんと名付けたその子が、私はとても大好きだった。
いつも帰りに撫でて、たまに給食で余った魚をあげる。
そうしていればまあちゃんも私に懐いていた。
「まあちゃん。うふふ。大好きだよ、大好き。だから一緒に行こうか。」
だからそんなある日、まあちゃんを抱きかかえて私は家へと帰った。
そこからは大惨事。
あまり詳しくは言えないが、その後しばらくはお母さんに押し入れの使用を禁止された。
しかし私は納得がいかなかった。
好きなものは最後まで面倒を見るつもりでいたのに、お母さんは私から取り上げた。
今でもまあちゃんの事を思い出すと、悲しくなってしまう。
押し入れに入れていいものを、お母さんに制限されている今。
私は満足していないが、我慢しておく。
お母さんを怒らせると、全て捨ててしまわれるのでそれは避けたい。
少しずつ地道に、しかし確実にためていく。
それでどうにかするしかない。
「あーあ。あー。」
しかし最近、何だか物足りないと思うようになってしまった。
何かは分からない。
ただ、気が付くともやもやしている。
解決策が分からないので、どうしようもないのだ。
「やっぱりここちゃんを入れるべきなのかな?でも怒られるしなあ。」
私は家に1人という中だからこそ、大きな声で言った。
押し入れを眺めていても、満たされない。
顔をしかめて、唸る。
好きなもので埋め尽くしているつもりなのに、物足りないとはどういう事か。
「あー、あー。何でだー。」
色々と考えるが、答えは見つからない。
そんな時に思い出した。
「今日の帰り道、変なおじさんにもらった手紙!」
慌ててカバンに駆け寄る。
不審者みたいな人だったが、面白そうだからもらったやつ。
「悩んでいる時に見れば、答えは見つかるかもね。」
それだけ言って、さっさとどこかへ行ってしまったあの人。
やっぱり面白そうな人だった。
私は期待に胸を膨らませて、手紙を開ける。
そして首を傾げた。
「これだけ?」
手紙には大きな文字で、『嫌いなもの』とだけしか書かれていない。
「何だこれ?意味分からない。」
また唸りながら、私は考えた。
それはもう明るかった外が、少しだけ暗くなるまで。
そして考え付いた先が、正しいのか分からない。
しかし今はもう、それだけしか考えられなくなった。
私はいつの間にか、寝転んでいた体を起こす。
「よし。やるか。」
目指す先は決まっていた。
一人娘の奇行には慣れてきたつもりだった。
何でも仕舞うのが好きで、生き物でも何でもお構いなしに自分の部屋の押し入れに入れる。
最近では飼っている犬を入れようとしているのだから、困ったものだ。
随分と前に野良猫を入れた時の事を思い出せば、絶対に止めさせなくてはという気持ちが強くなる。
しかし最近、何だか大人しい。
それが逆に不気味だった。
変な事を考えていなければいいが。
「ただいまー。」
仕事から帰ってきて、玄関を開けると真っ暗だった。
靴があるから、帰っているのは確実なので私は大きな声を出す。
「何で電気を点けてないのー?何してるの?」
返事は無い。
一抹の不安を感じたが、構わず私は中へと進む。
しかしその瞬間、すさまじい臭気を感じて私は鼻を押さえた。
「本当、何したの?」
私は娘の部屋へと、速足で向かった。
そして勢いよく開け放つ。
更に強くなった臭いに、私は顔をしかめた。
娘の姿はすぐに見つかる。
押し入れの前で、楽しそうに笑っていたのだ。
「何してるの!」
私がその体を掴み、無理やりこちらに向けさせる。
少しぼんやりとしていた彼女は、焦点をこちらに合わせた。
「あは、おかえりー。」
締まりのない顔。
そして私の手を外し、押し入れの扉に手をかけるとゆっくりと開けた。
私はその中を見て驚き、そして気持ち悪さから膝をつく。
「どうしたの?大丈夫?」
娘は私の背中をさすり、心底心配そうな顔をしている。
今の状況に似合わない。
「あれ、何?」
私は震える体を抱きしめながら、吐き気を抑えて聞いた。
背中をさすり続けていた娘は、また楽しそうな顔をする。
「すごいでしょ!私気が付いたの。ただ好きなものを入れるだけじゃ駄目だって。嫌いなものをぐちゃぐちゃにして一緒においておけば、自然と好きなものが輝くでしょ。だからこれからこうしていこうと思うの。」
私は何も言えなかった。
胃の中から込み上げてくるものを、抑えるのに必死でいた。
「おかあさんもいれてあげる。」
だから娘がする事を防げなかった。
きっと私もあの中に入れられるのか。
それはどんな形でなのだろう。
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